キョウビ
2026-03-04 18:17:00
3370文字
Public
 

退屈な人と暇な人

自創作キャラの性格やら設定を固めようとして書いた雑文。結局纏まらなかったのでここから消滅する設定は多分無限にある。

 ちゃりん、と硬貨が擦れる音が店内に響く。
「おにーさんありがと!」
「ん、また来てな。ってあぁそんなに走るんじゃない、車に気をつけるんだぞー」
「はいはーーい」
 仁科流歌にしなるかは、満面の笑みで駆けていく少年を見送ってからカウンターに戻ると、ふぅと頬杖をついた。この店は街の中心から少し逸れた場所にあるというのに、平日でも夕方になると不思議と客の入りが多い。流歌が人員か給料を増やせと嘆くたびに「その分昼間はほとんど人来てないのだから文句言うんじゃない」と店主兼友人にどやされているのだった。彼は店の経営や商品の仕入れを担当していた。流歌も時折手伝ってやったりもしていたが、彼が店番を代わってくれたことは、思えば一度も無かった。
「あいつ……思えばちゃっかりしてるな?」
 店内に誰もいなかったので、自然と独り言がこぼれてしまった。流石に純粋な少年少女がこんな奴に興味を示してしまう事態は避けたい。が、なぜか最近は「店長=ずる賢いお兄さん」と言う認識が一部で広まっているらしい。間違いではないし面白いので否定はしなかったが一体どこでそんな事を覚えたのだろうか。自分だろうか。


 
 そんな取り留めのないことを考えながら、昼下がりの微睡に落ちないように椅子の上でゆらゆらと揺れていると、誰かが店内に入って来た。この空間にやや似つかわしくない黒く長い髪、高い身長の男性。流歌の見知った人物だった。
「おっ仁織とおり、いらっしゃーい」
「流歌か、バイトお疲れ様」
「どーも。とは言っても今の時間は暇だからね。来たからには飴ちゃんか何か買ってってよ、代わりに話し相手ぐらいにはなってあげる」
「普通に言われずともそうするつもりだったのだが」
……仁織って見た目の割にかわいいとこあるよな」
「そうなのか?」
「平日の真っ昼間に駄菓子屋に来る成人男性はなかなか珍しいってことだよ」
 流歌がそう言い終わると、工藤仁織は店の奥へ行っていた。暫く悩んだ末に商品を幾つか見繕い、カウンターに持って来た。ハートや星型のチョコレート、アクセサリー類の入った食玩。ほとんどが女児向けの異様に可愛い選出である。
「近所の世話になっている女性の娘さんが誕生日なのだそうだ。あまり豪華だと変に気を使わせてしまうかもしれないし、このぐらいの塩梅なら良いのではないかと思った」
「なるほどねー。にしても仁織も結構上手になったよなぁこの辺り」
 流歌は電卓をかちかちと操作しながら言った。
「流歌、その……これは、俺が渡して喜んでもらえるのだろうか」
 仁織は目を伏せ自信なさげに言った。渡すものの是非ではなく自分が渡すという行為自体に不安を抱えているあたりに、彼の性格が滲み出ている。
「万人の万物の贈り物が必ずしも喜ばれる、なんて私は思ってない」
 流歌は顔を上げて仁織の方を見た。
「けどそれは何か別の感情が『混ざってる』場合の話だ。仁織がその子に喜んで欲しいって思ってさんざん考え抜いて選んだことは、たとえ子どもであろうとちゃんと伝わるんじゃないかな」
……そうか」
 そう言うと、仁織はほっとしたように胸を撫で下ろした。そのまま会計を済ませてすぐに帰ろうとしたので、
「えぇもう帰るの?せめて飲み物ぐらい出させてよ、あいつのやつならあるからさ」
「店長の私物に手を出すのってどうなんだ?」
「いーのいーの。元々私が買って来たやつなんだから」


 流歌は半ば強引にカウンターの奥の方から引っ張り出した椅子に仁織を座らせて、冷蔵庫をがばっと開けた。
「何がいい?それなりに色々あるけど」
「トマトジュース」
「流石にないって、このトマト狂人が」
 仁織のトマトへの執着は尋常ではない。ついでに言うとそれらは全てトマトジュースから派生しての好みらしい。
「お前が好きそうなのなえっと……コーヒー、スコールあっ、アセロラジュースとかあるよ」
「アセロラ?」
「知らない?酸味強めな赤い果物。あっ多分仁織これ好きだろ、色ついてるのだったら赤綺麗だし美味しいぞ」
 そう言って取り出したペットボトルをひょいと投げる。慌ててキャッチした仁織はそれを見た瞬間、目の色を変えた。
「流歌、これすごく綺麗だな!」
「あっそう?それは良かった」
「──うん、味も良い。良いものを教えてもらったようだ、ありがとう」
 そう言いながらペットボトルをカタンと置く。既に三分の一がなくなっていた。
「にしても赤いの飲んでないと落ち着かないとか、仁織も大変だな。それ聞いただけだとどー考えても完全に危ない奴だし」
「嫌いならともかく、俺は好きだからそこまで面倒でもない。それに毎日アルコールを摂るタイプの人間も一定数いると聞くし、誰だって案外そんなものなんじゃないか」
「私はそっちの方が余計分からないなー!お酒飲めないもん」
 流歌は顔を腕の中に埋めた。そしてうぅと呻いた。そんな流歌を見て仁織は、
「そうだったな」
 と笑った。



 それから十数分ほど他愛のない話をした後、仁織は椅子から立ち上がった。
「すまない、バイト中だというのに、随分と長話をしたな」
「いーって。私も休める時は休みたいし、誰も来なかったからね。というかどうせこれから仕事だろ?」
 ふぁいと、と流歌は気の抜けた声で激励した。
「ああ。それじゃあ失礼しよう」
 流歌に手を振り店を去ろうとした。と、その瞬間、たったっと軽やかな足音が聞こえたので思わず足を止めた。一人の小学校低学年くらいの少女が、百円玉をギュッと握りしめてやって来た。
「お姉さんお姉さん!!あのねぇ昨日お料理のお手伝いをしたんだよ、それでおこづかいもらったんだ」
「おー偉い、ぱちぱちぱち」
 流歌は小さく手を叩く。
「じゃあそれは自分へのご褒美用か、良いもん探していきな」
「うん!……ありゃ?」
 と言うと、少女は仁織に気づいたのかくるっと振り向いた。

「きゅーけつきのお兄さんだ」
 
「────!?」
 仁織は大きく目を見開く。困惑と、焦りの表情を浮かばせる。流歌も同じような顔つきである。
……その、だな。きみと俺はほとんど会話すらしたことがないと記憶しているのだが……どういう流れでそんな話になったのだ」
 仁織はなるべく平静を装い、言葉を一つずつ選ぶように言った。
「んーと、えっとねぇ。お兄さん、いっつもトマトジュースばっかり飲んでるってお姉さんから聞いたから、想像したら似てるなぁーって」
「流歌」
「うん、確かにこの子には言ったと思う」
 寸分の間も入れずに答える。
「あのな、俺がもし本当にそうだとしたら、今頃灰の山だ。けどそうはなってない、だろう?」
……確かにそーだ、じゃあちがうか!ちょうど読んでた本に出てきたんだー。かっこいいよねえ!」
 そう言うと少女は店の奥の方へ行ってしまった。時計の針が動き出すように、二人の間に流れていた張り詰めた空気が和らぐ。流歌はふう、と息を吐いた。
「びっくりした何この極端なストレスは、って仁織?」
…………
「しっかりしろ」
 流歌はショート寸前の仁織の目の前で手をしゃっしゃっと左右させた。
……何食べてどう生きたらあんな発想に至るんだ」
 幾分か落ち着いたような声だったが顔色は悪かった。
「ガキの発想力舐めちゃいけないよ、絶対にありえない点と点を繋げることもあるし。まあなんにせよ今回は偶々だったみたいだし、セーフじゃない?」
「そうだろうか」
 仁織はそう言うと、数秒の沈黙の後、
……もう全て、捨て去ることが出来たと思っていたんだがな」
 と小さく呟いた。溶けて消えてしまいそうなほどに、小さく。
「はぁ……仁織、あんまり昔に流されずに気楽に生きなよ。ただ忘れろってことじゃなくて、お前が『こうありたい』と思うように生きろってこと」
 流歌の言葉に仁織は虚を突かれたようにハッとした。
「──同じようなことを昔にも言われたな」
 そして、悲哀をかすかに帯びた表情で笑った。
「ははっ、そっか。被ったのは悔しいけどね」
 流歌がペットボトルを手渡すと、仁織は先刻よりも喧しくなった人の流れの中に今度こそ去っていったのだった。