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ぬす
2026-03-04 18:16:18
5664文字
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夜明けのコーヒーをあなたと
お題箱でいただいたネタで書いたもの。健全ですが、肉体関係を匂わせる描写が少しだけあります。
喉の渇きで意識を取り戻す。
体が妙に怠くて、不快感があって、少し肌寒くて。
まだ眠っていたい私がぐずって、毛布を手繰り寄せて身を縮こまらせる。
今は何時だろう。喉を潤したいが、身を起こすのが億劫だ。
スマートフォンを掴もうと探り探り伸ばした手が何かに触れて、そのまま掴まれる。
驚いて目を開くとぼやけた青色がうつって、昨日の出来事を思い起こさせた。
「
……
なんでいるの」
「目覚めた第一声がそれですか?」
その愛しい声が彼の輪郭を露わにして、緑色の目に見つめられていることを知る。
抱き寄せられた身体が、肌がなめらかに触れ合って心地良い。
素直に身を寄せてその胸に抱かれれば、彼が頭上で嬉しそうに笑うのが聞こえた。
「今日は甘えん坊ですね」
「
……
うん」
頭を預けて、とくとくと穏やかに流れる鼓動に耳を傾ける。
彼がここにいる
――
その事実が嬉しくて、ぬくもりを確かめてしまう。
彼は神出鬼没な男だ。
不意に現れて、人の心を惑わせたと思ったら、瞬きの後には消えている。
だから、この夜が明ける頃に彼の姿はないものだと思っていた。
一人分の空白を残して、綺麗さっぱり消え去るのだと。
「起きる頃にはいなくなってると思ってた」
「僕ってば、そんな酷い男だと思われてるんですか?」
「サンポだからね」
「そんなぁ」
僕を信じてください、と抱きしめられてあははと笑い声が溢れる。
私を離さないとでも言うような強い力だ。
苦しい、と押し返しても逞しい腕や胸板はびくともしなくて、抵抗のお返しとばかりにさらに力が加わって。
置いていかれたっていい、というのが私の信頼の証ではあるのだけれどそれは腑に落ちないらしい。
彼なりのプライドなのか、それともそれもまた私を喜ばせるための演技なのかはわからないが。
「あなたに寂しい思いなんてさせませんよ」
大きな手が、優しく髪を撫でる。
指先に絡まった髪をそっと梳いて、キスをして。
宝石でも扱うかのように丁寧な手つきで愛でられて、思わず頬に熱が籠って
――
そこにいるのが恥ずかしくなって、拘束の緩んだ腕の中から抜け出した。
どうしてだろうか。いかにも彼がやりそうなことなのに、彼らしくないと感じてしまう。
「なんか怒ってる?」
「ええ?どうしたんです、いきなり。そう見えますか?」
「わかんない。けど、なんかちょっと雰囲気違う
……
」
気のせいですよ、と丸め込まれてまた腕の中へと連れ戻される。
シチュエーションがそう思わせるのだろうか?
下ろした髪のせいか、それとも差し込む光がまだ頼りないせいか。
見上げた彼の目はこんなにも愛おしげに私を見つめてくれているのに、どこか暗く見える。
「悲しいの?」
「それも違いますよ。
目が覚めてすぐあなたに会える!そんな喜びを噛み締めています」
「ええ?本当に?」
「本当ですよ!
ですから、そんな訝しげな目で見ないでください」
そう言うと、これ以上見られたくないとでも言うように彼は私の頭をその胸に押し込めてしまった。
追求してほしいのかと疑うほどにわかりやすい隠し事だ。
だけど、その鼓動が早まっていないのなら悪いことではないのだろう。
これ以上問い詰めるのはやめて、黙って彼のぬくもりを楽しむ。
「もう聞かないんですね」
「なに、どっちがいいの?寂しがり屋さん」
「そう、サンポは寂しがり屋なんです」
表情は見せてくれないが、声色がやはり少し悲しげな気がして彼の背中に腕を回して抱き締め返す。
杞憂ならそれでいいが、彼の本心はいつも読めないのだ。
まさか、本当に寂しいなんてことは
――
おそらくないだろうが。
「もし本当に、起きた時隣に僕がいなかったらどうしますか?」
「また会える日を待つよ。あなたを探し出すのは難しいから」
「何故呼び出さないんです?
せっかくスマートフォンがある時代に生まれたのに」
「それは
……
」
少し考えて、それがあなたの意思を尊重した結果だと返答する。
夜を共にして、朝に姿を消す。つまりはそういうことだ。
求めたとして、得られるものはないだろう。
答えを聞いたサンポは大きな溜め息をついて、私を腕から解放した。
「なんて答えてほしかったの」
「この話はおしまいにしましょう!
それより、目が覚めてしまいましたね。コーヒーを飲みませんか?」
「
……
飲む」
そういえば、喉が乾いていたんだった。
淹れてきますよ、とごそごそとズボンに脚を通しながらベッドを抜け出したサンポを見送って、時刻を確認しようとスマートフォンを手に取る。
昨晩充電器に繋ぎ忘れたそれは案の定真っ暗な画面を映すばかりで、仕方なく私もベッドを出た。
裸の上からガウンを羽織って、白みはじめた空を窓越しに眺める。
まだ寝ていてもいい時間だ。こんな時間にサンポは私より早く起きていたのか。
キッチンから漂うほろ苦い香りに導かれるようにそこに向かって、彼の姿を眺める。
「座って待っててください。持っていきますから」
「ううん、サンポのこともうちょっと見てたい」
「珍しいですね。あなたがそんなことを言うなんて」
嬉しそうに微笑んだ彼の手で、二つのコーヒーカップに香り高いそれが注がれる。
叶うなら、ずっと彼の姿を見ていたい。
明日も明後日も目が覚めて彼が側にいてくれたらどれだけ幸せだろうか。
ベッドの中で足を温め合って、互いの眠気を取り払って、ただ一言おはようと挨拶を交わせたら、なんて。
それを口に出して願えるほど欲深くはなれないのだけれど。
「砂糖とミルク、こちらで入れても構いませんか?」
「ブラックでいい」
「あなた、ブラックは飲めないでしょう」
「
……
サンポと一緒がいい」
二人で過ごすこのひと時に舞い上がっているのだろう。
後悔するとわかっていて、テーブルの上に運ばれた真っ黒なコーヒーと向き合う。
平然とその苦い汁を飲むサンポを前に、ごくりと唾を飲み込んだ。
「まるで子供の我儘ですね」
「
……
悪い?」
「いいえ。僕はもっとあなたの甘える姿が見たいので」
コーヒーカップに口をつけて、恐る恐るその液体を口に含む。
舌を焼くような熱さと苦みに鼻先がツンとして、飲み込んだ時には目尻に涙が溜まっていた。
砂糖とミルクを差し出すサンポの表情はそれはもう楽しそうで、私はいい見せ物だったのだろうと自嘲する。
「無理しないでください」
「大丈夫
……
」
正直、とても美味しいとは思えない。
だけど彼と過ごすこの貴重な時間に、彼が好むものに触れたくて
――
彼の気持ちを知りたくて、また一口と口に含む。
「諦めて甘くしちゃいましょうよ」
私を見つめる彼の口元から、冷めるように笑みが消えていく。
どうやら、彼にとって面白いことではなくなってしまったらしい。
それでももう一口。
砂糖とミルクが誘惑している。だけど私は
――
。
「えい」
「あっ!?」
痺れを切らしたサンポが私のコーヒーカップにミルクを流し込む。
続けてスプーン一杯の砂糖を入れて、丁寧にくるくると混ぜて
――
サンポの好む苦い汁とは違う、甘くて優しいカフェオレの出来上がりだ。
ああ、なんてこと。彼と同じものが良かったのに。
「何てことするの」
「せっかく僕が淹れたんですよ?
それなのに、ずっと苦しそうに飲むんですから」
「それは
……
」
確かに、淹れてもらっておいてそれは失礼な態度だったかもしれない。
ごめんなさい、と謝ると構わないとでも言うようにカフェオレの入ったそれをこちらに押しやった。
手に取って一口飲むと、私好みのほっとする味わい。
思わず顔を綻ばせた私に、彼がじっとりとした目を向ける。
「あなたはいつもそうです」
「どういう意味?」
「僕はこんなにもあなたを想っているのに、あなたはサンポを求めてくれないのですから」
いまいちその言葉がピンとこなくて首を傾げる。
だって、サンポは求めてそこにあるものじゃない。
意思がある。そして、できれば自由であってほしい。
だから、私は重なり合った時を共に過ごすだけで満足するべきで
――
それが彼を尊重するということだと考えていたのだが、違ったのだろうか。
「あなたが口にさえしてくれれば、僕は何でもあなたの望みを叶えてあげられるんですよ」
「そんなこと言っちゃっていいの?
とんでもないお願いしちゃうかもしれないよ」
「ええ、どうぞ!何でもいいですよ、何でも」
ジェスターのように大袈裟な身振り手振りで唆されて、彼に望むことをひとつひとつ思い浮かべていく。
連絡は彼からもしてくれる。会いたいと言ってくれるし、会いに来てくれる。愛情表現もやり過ぎなほどにしてくれるし
……
と考えて、自分が思った以上に満たされていることに気付く。
これ以上を求めろというのは些か強欲が過ぎるのではないだろうか。
ちらりとサンポの様子を窺えば、期待した目でじっとこちらの答えを待っている。
「じゃあ次また一緒に寝るときも、こうして朝まで私を待ってて
……
ていうのは?」
精一杯のお願い。
瞬きの間に現れて、そしてまた行方をくらます彼を相手には欲張りすぎただろうか。
無理を承知で、でも少しだけ期待して目を合わせた私に彼は大きな溜め息をついて真っ黒なコーヒーを飲み込んだ。
「本っ当に、あなたの中のサンポってロクでもないダメ男なんですね」
「そんなことないよ。いっぱい良くしてくれる素敵な人」
「その素敵なサンポにするお願いがそれですか?涙が出そうです」
断るのかと聞けば、そうではないと首を横に振る。
それなら私は満足だ、と引き下がるのも不服らしい。
一体何を言えば彼は納得するのだろうか。
困り果てた私の手を、同じく困り果てた彼が優しく握る。
「もっと僕を信じてください。
それぐらい、毎日だって叶えて差し上げますよ」
そんなプロポーズのような言葉を、全てを嘘に見せるウインクで台無しにして。
その言葉がいつもの大袈裟な言い回しだとわかっているはずなのに、どうしようもなく顔が熱い。
頬を赤くした私の姿にしてやったりというような表情を浮かべる彼が少し憎らしい。
向かいに座る彼の足をつんつんと足でつついて抗議するも、笑って流されてしまう。
「あなたの忍耐力は美徳です。
ですが、それじゃつまらないでしょう?」
「つまらない
……
?」
「はは!もっと我儘を言ってください。
朝だけでなく、ね?」
どうやら彼は、ずっと物足りなかったらしい。
文句も言わずに彼を待って、その体温ひとつに喜んで
――
そういえば、彼に何かしてほしいと願ったことがない。
その前に満たされてしまっていた。
「さて、もう一度聞きましょう。
何か望みはありますか?」
――
いや、満たされたことにしてしまっていたのだ。
蓋をしていた欲望が沸々と湧き上がる。
そうだ。満足なんかじゃない。
私はもっと彼の側にいたいのだ。今日も明日も明後日だって。
だけど彼を縛り付けておくことはできないと手を引いて、利口なふりをしていた。
毎日は欲張りすぎだとしても、少しぐらい強請ってみてもいいのかもしれない。
「じゃ、じゃあ
……
次もまたコーヒーを淹れてほしい」
「勿論お安い御用です!他には?」
「シャワー浴びた後も待っててほしい、かも。
一緒に朝ご飯作って食べたい」
「いい調子です!続いて!」
「え、えっと
……
髪も乾かしてほしい
……
!」
あはは、と笑ってその全てを受け入れる。
その顔は楽しそうで、だけど少し悪い表情で。
私の欲は見透かされていたのだろうか?
どうも彼の手のひらの上で踊らされている気がする。
ここで怪しむのも可哀想だ。だけど、彼がただ純粋に恋人を甘やかしたいだけ、なんて考え方をするだろうか?
勿論お代はいただきますよだとか抜かして何か要求されてもおかしくない。
サービスを提供するばかりで終わってしまえばきっと「大損だ!」と叫ぶだろう。
「ああ、見返りの要求が気になりますか?
そうですねぇ、考えてはいますよ」
私の疑問も見抜いたかのようにそう言う彼に溜め息をつく。
そんなことだろうと思った。
さて、彼は何を欲しがるだろうか?
物か、それとも直球でお金か
――
そう考えて続きを待てば、彼は徐に自分の口元を指差した。
「キスしてください」
「えっ」
「えっ?じゃありませんよ。
いつも僕からしてばかりではないですか」
たしかに
……
と納得しかけて、それでいいのかとまた疑問を抱く。
彼が何度も積極的にキスをするものだからそれが当たり前になって、自分からキスを強請ったことすらない。
席を立って、そっと屈んで彼の唇に口付ける。
飲んだばかりのコーヒーの香りがして、少し苦くて。
彼の願いとはいえ自分からなんて少し、いやかなり照れ臭いものだ。
唇を離せば彼が名残惜しそうに手を引いて、今度は彼から口付けられる。
頭を後ろから支えられて、二度、三度と角度を変えて。
私からのキスを望んでおきながらどういうつもりか
――
その答えはすぐにわかった。
「ああ、これではいつまで経っても支払いが終わりませんね」
「というよりこれはもう、借金の返済じゃない?」
「おや、察しの良い!その通りです。
毎日朝晩コツコツと返していただきましょうか」
ああ、これが狙いだったのか。
あの情熱的な手口でずるずると彼に引き摺り込まれて、巣に捕らわれてしまったようだ。
彼の提供する美味い話には必ず罠が仕掛けられている、それを身をもって知ることになってしまった。
「毎日なんていないくせに」
「あなたが呼んでくださったら、いつでもどこでも現れますよ」
またずるい言葉を使って、逃げ道を塞がれる。
だけどこの罠が彼と過ごす理由になるのなら悪くはない。
もう一度キスをして、彼からのキスを強請って。
返し終わることのないそれを、目を閉じて静かに受け入れた。
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