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紫呉葛
2026-03-04 01:40:46
4013文字
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【オキラス】銀の河骨を飲み込んで
何でも許せる人向け。ラスティ視点。注意:モブ有り、オキの出番極小。危険な地下街に行くラスが店員と話すだけの小話
「断る」
即答だった。
真っ直ぐと向けられる眼差しは珍しく突き刺すような鋭さを伴っている。
そんなオキーフに対して、ラスティは口の端を吊り上げ見返している。
とある地下街に潜入する、その場所についての情報が欲しいと依頼した。
勿論、個人的な頼みだ。相場よりもかなり高い情報提供報酬まで提示した。
その上で最初の返答だ。
予想通りの反応ではあった。
何せ、知っていること自体がリスクになるアンダーグラウンドについてだ。情報を持っていようといまいと、そう簡単に口を開けはしないだろう。
ラスティとしては、出来れば事前に知れる物を掻き集めておきたかった。だからこそ、現時点で最も信頼できる男を頼った。
「ラスティ、これは警告だ。あの場所には関わるな」
彼にそこまで言わせるような場所か。
「それでも、行く必要がある」
ラスティは応えるように笑みを外し、獲物に狙いを定めるような真剣な顔付きになる。
全ては成すべきことのため。その為ならこの身を汚すことも厭わない。その覚悟は揺らがず、しかし己を使い捨てる真似もしない。
何を言おうと引かないと理解したのだろう、オキーフは頭痛を堪えるように眉間の皺をさらに深める。
「
……
俺は何も聞かなかった」
彼なりの最大の譲歩だ。協力はしないが阻止もしないのだと告げる。
「あぁ、わかっているさ」
元より危機にさらすのは己だけで良いのだと、ラスティは自然と微笑みを浮かべる。
これ以上、此処にいても得られるものは無い。
「今度、フィ一カを奢らせてくれ」
当たり障りのない言葉を送る。隠すことへの同意と礼を込めて。彼なら正しく受け取ってくれると知っているからこそ。
そうしてラスティはオキーフに背を向けた。
「ラスティ」
数歩進んだ足が止まる。
振り返れば、オキーフは引き出しを開けて鷲掴みした物を投げて寄越す。
片手で難なく受け止めたラスティの手の中には手のひら程の小さく軽い箱。
「着けて行け。返す必要は無い」
部屋に戻り、箱を開ける。
黒く上質な紙で作られた箱の中には、銀のピアスが一対。室内灯の明かりを受けて光を跳ね返している。
フープタイプで、螺旋状の二本の蔓が鎖を思わせる、花が一輪だけ彫られたデザイン。
金属で出来たそれは、探知機の類も何も仕込まれてはいないようだ。
オキーフが何の目的も無く寄越すとは考えにくいが、悪意も恐らく可能性が低い。今ヴェスパーの隊長格を失うリスクは彼だって承知のはずだ。
だが、確かに彼は「着けて行け」と言った。
手土産として使える程の上等品だ。最悪、これを取引の材料にでもしろ、という事かもしれない。
そう思うことにした。
贈り物だったならば、という考えは、余りにも滑稽だと笑いたくなってしまったから。
コンクリートの壁の廊下を抜けて、錆びた金網と厳重な鉄の扉の先に通される。
日の入らない場所でありながら真昼のような照明がスポットライトのように道だけを照らし、理性を引っ掻き回すような匂いの香水と紫煙で噎せ返りそうな霞みの地下街。
そんな場所をラスティは一人進んで行く。
服装は、潜入先のドレスコードに合わせて身体のラインを際立たせるものにした。
髪も目もメイクで仕立てるだけでなく、口元をベールで隠して、公開されている顔から曖昧さを施す。
上は背から腰の際まで大きく空き最低限の紐で留められて背の筋を引き立て、下は臍下から足首までを艶やかな布が扇情的に魅せる、パイロットスーツよりも薄く軽い衣装。
ラスティとしては、武器を仕込みにくくてあまり好みではない。
それでも、目的の為には蝶を誘う月光を演じなければならない。
服の胸元を大きく開ける柄の悪い男達やキセルを吸う露出の高い女達が、欲に塗れた視線を向けてくる。
堂々と歩いていると、お約束と言わんばかりに厳つい連中に道を阻まれる。
ラスティは浮かべたままの微笑みを崩さず、真正面に立つ者だけを見る。
囲む為に近付いてきた人数も、澄ました耳で把握した。
この程度の手合いならばどうとでも出来そうだ。
無駄な体力は使いたくない。そして、目的への道を探したい。
この連中が使えるかを賭けることにした。この手の輩を煽り此方のペースに引き込むことはそう難しくない。
大人しくしていれば良い思いが出来る旨の話を投げられるが、珍しくない文言だ。
「それはそれは、またとないお誘いだな。だが私には、急ぎの用があるんだ」
ラスティが首を軽く傾げる。髪の合間からピアスが光りを跳ね返す。
行けると思ってんのか?と従わないことに対して苛立ちを一人の男が見せた。
だが、それ以上は無かった。
やめとけ銀タグだ、と一人が制止する。
何のことか尋ねたいところだがラスティにそのタイミングは無かった。真正面に居る男は嫌そうな表情になり、舌打ちして離れていった。
それを合図に囲んで居た連中も、飼いネコか
…
と落胆し、こんな所に居るんじゃねぇと悪態をつきながら去っていく。
ラスティが道の真ん中でぽつんと佇む状態となった。
周りの連中も心なしか遠巻きだ。
やりにくくなったかもしれないな、と笑みで誤魔化すしかない。
気になる単語が幾つか飛び出したが、追求する手段が目下見つからない事に悩むことになった。
こうなれば、言葉と身体で都合の良さそうな人間を引っ掛ける方が手っ取り早い。
「ネコが一人で出歩くには此処は物騒ですよ」
不意に、近くから声が掛けられた。
丁度真横に建つ周りの色に埋もれた店、その鉄格子とカウンター付きの腰高窓で頬杖をついてラスティの方を向いている人物。
先程のやり取りを見た上で声を掛けてくれたらしい。
ラスティは声の主の前に寄る。
頭髪一本すら見せない、烏の仮面を被り、黒の革手袋にシャツもタイも全て黒な燕尾服の店員。
店に置いているのは、窓の奥に見える棚にはかなりの数の酒瓶、出窓には取り扱っている商品の名称が掛かれたメニュー表が置かれている。並んでいるのは装飾品と宝石の名。メインは酒のようだが雑貨屋のようなものらしい。
「ずいぶんと飼い主に大切にされているのですね」
店員の嘴の先が、ラスティの耳に向く。
見ているのは、オキーフに着けろと言われたピアス。
なるほど、なかなかに上等なパスポートだったらしい。
「おや、そう見えるかい?一人で散歩に追いやる主人なのだが」
首を少しだけ傾げ、わずかに上目遣いで、ラスティが言葉を返す。誘惑なぞ通用しない相手と見抜いた上で。
「縄張り外の者には些か厳しい場所ですからね。貴男、此処に来て日が浅いでしょう?どれだけの猛者であろうと、此処ではどうしようも無くなることが多いのです」
店員が親切にも警告してくれている。
どうやら、身の売り方にはもっと気をつけねばなならないようだ。
「昨日買われたばかりだが、ご主人様は、何も教えてくれないんだ」
全ては偽装だ。僅かな手掛かりを使って、支援も無くやって来た。
今はこの地下街の歩き方が欲しい。
カウンターに置かれたメニューから商品を選ぶように手を伸ばして、隠すようにそっと金を置く。
店員は軽く首を傾げる。
「さすがは『口枷の狼』、わかっていらっしゃる」
嘴の先から響く、ラスティにしか聞き取れない囁き声。どうやら、メイク前の顔を知っているようだ。
店員は「特別ですよ?」と前置きして、一つの木の箱を取り出し蓋を開け、中の商品を提示する。
どうやら、情報屋としても商売してくれるようだ。
実に分かりやすいセールストークにラスティは耳を澄ませる。
アンダーグラウンドの色欲区とされるこの区画では、体を売る者を『ネコ』と呼ぶ。
飼い主がいるネコは何の捻りもなく『飼いネコ』と呼ばれ、耳にタグ、つまり所有の証であるピアスをつける。
ピアスの素材は意味を持つ。
金は権力誇示や愛玩の意。
時々ピアスを引きちぎられ、盗られて他所に売られることもあるそうだ。
だが、銀は、盗人でも手を出そうとはしない。
「銀には魔除けの意味があるのを知っていますか?」
星外にはそのような文化があると知識としては知っている。
だが、ルビコンでは昔話ですら載ってない内容だ。
答えの代わりにラスティは店員に先を促す。
「毒も見抜く性質と錆びにくさから此処では重用を意味しています」
店員が商品である箱の中の銀の装飾を指さす。
厳重に硝子で囲われた一点しかないその金属は、販売の桁が陳列されている宝石全てを足しても及ばないほどだ。
「銀のタグ付きは、手を出せばお前を殺す、くらいの意味合いがあります」
実際、銀のタグの付いたネコに手を出した者がスクラップになっていましたからね、と店員が呆れたような声を零した。
「貴男のタグは、かなり純度の高い物ですね。星外でも滅多に手に入らない物です」
ラスティは口を閉ざす。
オキーフが、意味も知らなかったとは到底思えない。
本物の銀で作られた耳飾り。
この店員の審美眼は正しいだろう。次の言葉の声音に嘘が無い。
「それだけ飼い主がネコを大切にしているということです。悪いことは言わない。用が済んだら早く飼い主の下に帰ってやりなさい」
胸に重く響く、仁慈の声。
第三者から、相手に想われているのだと指摘されるとは。
笑いが込み上げてくる。
私も貴方も、踏み込めない位置に居るというのに
こんな形で攻めるなんて酷いじゃないか。
胸の奥が熱くて痛い。
「教えてくれないか?飼い主のことが大好きなネコは、どんな贈り物を選べば良いだろうか?」
やられっぱなしは癪だ。
仕掛けたのは、このピアスの送り主だ。
ならば、相応の返しをしたくもなる。
「ニャアとかわいく鳴けばいいのですよ」
店員の提示した商品に、ラスティは笑みを浮かべる。
覆うベールを引き上げて。
犬歯を見せつける。
「生憎、私は狼なんだ」
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