みずあめ
2026-03-03 22:38:50
2210文字
Public brmy
 

ろかきほ

勉強不足ですが書きたくなってしまったので。

目が覚めたら一人だった。眩しいくらい明るい部屋の中、ソファーで座ったまま眠っていたようだ。ぼんやりと眺めてここが芦佳の部屋で、さっきまで二人で飲んでいたんだと思い出す。といっても飲んでいたのはほとんど俺だけで、芦佳はジュースやらノンアルコールのカクテルやらで雰囲気に酔っていただけだけれど。
芦佳は、どこに行ったんだろう。ぱちぱちと瞬きをしてあたりを見渡せば、芦佳が着ていたシャツが床に落ちていた。ベルトがその向こう、靴下もぽとぽとと落ちていて、視線で辿った廊下の向こうからシャワーの音が聞こえてくる。どうやら酔っ払いでもないくせに行儀悪くそこらじゅうに服を落としてお風呂に向かったらしい。
芦佳の居場所が分かったから、俺はもう一度背もたれに体を預け、そのままずるずるとソファーに横たわった。テーブルの上には飲み散らかした後がそのまま。芦佳の好きな駄菓子はいくつも封が開けられ、中途半端に中身が残っている。そのどれかを掴めないかと腕を伸ばし、テーブルに届く前に力を抜いて、落ちた指先は冷たい床を撫でた。
……酔ってるな」
冷静に呟いてみて、深呼吸してから体を起こす。閉め切ってあるカーテンをザッと開け、音もなく開く窓ガラスを横に滑らせた。いつもそこに置いてあるサンダルを突っ掛けてベランダへ出ると冷たい風が頬にあたり、夜の静かな空気が体を包む。見上げた空には丸い月が上っていた。
いつもの癖でポケットに手を伸ばしたけれどそこに煙草はない。飲みながら吸って、芦佳にもあげて、空っぽになってしまったんだった。家にならストックがあるけれど今はないし、買いに行くほどどうしても吸いたいわけじゃない。両手をベランダの柵の上に乗せ、その冷たさにほっと小さく息を吐いた。
芦佳が風呂から出たことには、背後で窓が開かれるまで全く気が付いていなかった。ぼーっとしていたのもあるし、窓を閉めるだけでほとんど室内の音は聞こえなくなるから。
何をしてくるかなと思いながら振り向かずにそのまま待っていれば、サンダルがザッと地面を擦った音がして、芦佳が俺の隣にぴったりくっついてくる。風呂上がりの芦佳は、しばらく外にいた俺にとっては暖炉のように温かくて、俺は甘えるように芦佳に頭を寄せた。
「っ……髪、濡れてる」
「お風呂に入ってきたからね!」
跳ねる声の主は、濡れた髪をそのままにして肩にタオルをかけていた。ぽたっと垂れた水滴の行方を見ることなく、手を伸ばしてタオルを頭に被せてやる。ぐしゃっと優しく髪を拭うと芦佳は楽しそうに目を細めた。
……ちゃんと乾かしてきなよ。いくら芦佳でも風邪引くって」
「いくら僕でもってどういう意味かな?」
「ふ。ほら、部屋に戻ろう」
「ごめん、樹帆の時間を邪魔したかったわけじゃないんだ」
……ちょっと酔いを覚ましたかっただけ。もう大丈夫だから、一緒に戻ってくれる?」
「本当の本当に?」
「本当に。髪、乾かしてあげようか?」
「本当に!?」
見開かれて輝く瞳は、月が綺麗な夜空よりもよっぽど美しい。息を呑んだことに気が付かれないよう、俺ははぁとため息を吐いて笑みを浮かべた。
「本当に。ドライヤー持っておいで」
部屋の中に駆け戻って行った芦佳の背を見ながら俺も部屋に入り、芦佳が脱ぎ散らかしたサンダルと自分が脱いだサンダルをきちんと並べて置き直す。窓もカーテンも閉めてしまって、起きた時よりもすっきりした気持ちでソファーに座った。夜風に当たったおかげか、それとも芦佳のおかげか、どっちだろう。
ドライヤーを持って戻ってきた芦佳はテーブルを少しズラし、ソファーの前、俺の足の間に座り込んだ。ソファーに座ってもいいのにと思ったけれど、芦佳を見下ろすことのできるこの位置も悪くなかったから、特に何も言わずドライヤーのスイッチを入れる。
風の音で会話は成立しないから、無言のままただ芦佳の髪を丁寧に乾かした。水気が飛ぶと傷んだ毛先がぴょんと跳ねる。うなじを隠すほど長くなった襟足にも風を当てて手を動かせば目の前の肩がくすくすと笑うように震えた。芦佳の声が聞きたくなって、ついドライヤーのスイッチを切る。
「ん? 終わった?」
……もうちょっと。前髪の分け目が分かりづらいから、こっち向いてくれる?」
「おっけー!」
一度腰を上げて、芦佳は言われた通りに俺の方に向き直った。顔にかかる前髪を掻き分けてやると宝石みたいな瞳が嬉しそうに煌めいて俺を見つめる。顔に出ないタイプでよかったなぁと、鼓動が早まったのを感じながら思う。
「少しだけ目を閉じていて。ドライヤーの風で乾いちゃうよ」
「たしかにっ! りょうかい!」
ぱちんと素直に閉じられた瞼。白い肌は風呂上がりの体温を透かせてほんのりと淡く色づいて見えた。ドライヤーをつけて前髪を乾かしてやり、ほとんど出来上がったあと、ドライヤーのスイッチを切る前に芦佳の額にキスをした。なんて困った酔っ払いだろう。
ドライヤーを消して、目を開けた芦佳は、ぱちぱちと瞬きをしたあと俺の膝にこてんと寄りかかり、いつもと変わらない口調で「それだけ?」と言った。からかうでも、誘うでもない口ぶりだけれど、瞳はあきらかに色を濃くして俺を見上げていた。
長いまつ毛がもう一度伏せられた隙に、俺は背中を丸めて芦佳の唇にキスを落とした。至近距離で絡んだ視線だけで心臓を掴まれたようだった。