フリンズさんが隠し事をされた話


「ただいま戻りました」
……あっ、フリンズ。お帰りなさい。夜の巡回、お疲れ様でした」

 帰宅後、地下室への階段を降りながら彼女へ声をかけるのを習慣にしているのだが、最近気になることがある。トントンと降りていく最中に、なにやらゴソゴソと何かを隠している様子なのだ。僕と彼女の間で隠し事など……とは思うところではあるが、僕は寛容なのでそこは無理強いすることは無い、無かった。――しかし、気になら無いと言うのは嘘になる。
「何か変わったことは、ありましたか?」
……いいえ、特に何も」
「そうですが、それなら良かっです」
 ――良くはない。彼女はやはり、何かを僕に隠しているようだ。しかし僕は寛容なので、心が広いので、此処で彼女を問い詰めたりすることは無い、無い予定だ。
 …………ふむ。


 ***


「よぉし、やっと出来たぁ」
――何が、出来たのですか?」
「ひゃあー‼︎」

 彼女の手元を背後から覗き込んだタイミングだったので、彼女の大声を耳元で聞いてしまい、僕はとっても驚いて目を丸くした。いや彼女も驚いていたし、怯えていた。
 しまった、物音を立てずに帰宅し暗がりを移動して彼女の後ろに立ったのが悪かったらしい。急いで腰に下げていた僕のランプを手に取り、彼女へ向ける。ランプを光源にするため、いつもより炎を気持ち強めた。
「「……」」
 お互いの状況確認に数秒を要したが、ホッと彼女が息をついたのを見計らってから、僕は声を掛ける。
「帰宅していましたが、貴女に声を掛けるのが遅かったようです」
「あ、そういう……いや違うでしょ、絶対わざとでしょう⁈」
「ふふ、そうです。わざと声を掛けませんでした」
 もうバレてしまっているなら、白状するのは早い方が良い。正直に伝えはしたが、何故か彼女は頬を少し膨らませて怒っているようだった。

「それで、何が出来上がったのですか? 教えて頂けると、嬉しいのですが」
「え? あぁ、これね。もう、……本当はもう少し内緒にしておこうと思ったのに。はい、これですよ」
 差し出された彼女の手元に目線を向けると、何やらふわふわした布製品があった。少し縦長で、白と紫の布地なのが分かる。これは、もしや――
「ぬいぐるみ、です。ランプの形にするのは、初心者にはとっても大変だったんだよ?」
 そう言いながら彼女は、先程完成したと言うぬいぐるみを僕の前に掲げ、もう片方の手で僕が手にしているランプを指差した。
「なるほど。……ですが、ランプをぬいぐるみにするとは……ふっ、少々斬新な考えですね」
「笑われると思ったから、内緒にしてたのに! これでも色々考えてから、このランプ型にしたんだよ?」
 
 彼女が言うには、いまナシャタウンの女性たちの間で、好きな物を形取ってぬいぐるみにするのが流行っているんだとか。僕は全く知りませんでしたが、いつからの流行りなのでしょうか……
 しかし、その『好きな物』を考えた時に僕のランプを選ぶとは。相変わらず、貴女は可愛らしいですね。
「ランプ型を選んだ理由を、お聞きしても?」
「ぇえ、それ聞いちゃうの? ……フリンズの想像通りだよ、多分ね」
「そうでしたか、ふふ。ありがとうございます」
「お礼言われちゃった。まぁ、どういたしまして?」
 僕がそのように答えると、彼女は満面の笑みを浮かべた。その彼女の微笑みは、僕と同じ闇影を照らす灯りのようだ。

「フリンズは、巡回上がりだよね。これからお風呂とか晩酌? 私は明日も仕事なので、先に寝てるね」
 広げていた裁縫道具を片した彼女は大きな欠伸をして、のそのそと寝室へ移動を始めた。――ん?
……ちょっとお待ちなさい」
「なぁに? もう大分眠いんですけど」
「その、手の中のぬいぐるみは――どうするんですか?」
「これ? 一緒に寝るの。そのためにフワフワの生地を選んでおいたんだぁ」
 そのぬいぐるみを抱いて、寝る……? なぜ? それは、そこは、僕の場所では……

 僕が固まったまま思考に気を取られているうちに、彼女は「おやすみなさーい」と、一言残して寝室へ消えて行った。パタンと閉まる扉。
 その扉を凝視して数秒後、僕は雑にコートや装飾を外し、それらを手近なソファへ投げる。そんなものは明日片付ければ良い。そして、彼女の消えていった寝室の扉を開けた。

 
……あれ? 早いね――って、もう寝るの?」
「はい。ほら、少し端に寄ってくださいね」
……お風呂とか、いいの?」
「今日の巡回は特に何も無かったので、明日朝にでも」
……ランプに戻らないの?」
「えぇ。今日の気分はここが、貴女の隣が良いので」
「ふーん……って、ちょっと! ぬいぐるみ取らないで⁈」
「少しどかしただけでしょう。――そもそも、此処は僕の場所なのですよ」
 
 僕が同じベッドに入り込むと、彼女は小さな声で「……フリンズは可愛いねぇ」と呟き、僕の頭を軽く撫でた。言われた言葉を反芻し少しだけ自分で考えた後に、どう言うことかと聞き返そうとした時には、既に彼女は眠りに落ちていた。
 それは明日朝にでも改めて聞くことにして、温かい彼女の体を抱き込んでから、僕も目を瞑ることにした。



『その役目は、永遠に僕のものなのだから』