ひとくち

壮環未満初期ッゾ 環のアイスを欲しがる壮五

「それ、ひと口くれない?」
 隣のパイプ椅子に座った壮五がのぞき込んできて、アイスの棒を握る手に力が入った。壮五からこんなふうに踏み込んでくるのはめずらしい。撮影以外では慣れない距離の近さだった。
……やだ。腹減ってっし、俺んだし」
「はは、そうだよね。分かった」
 あっさりと引き下がられて拍子抜けする。とっさに断ってしまったけれど、彼が自分から誰かの食べ物を欲しがるなんて、初めてのことだった。
 今日もまた、壮五はテレビ局の偉い人に謝っていた。腰から上を綺麗に折りたたんで、頭のてっぺんが床につくんじゃないかってぐらいふかぶかとお辞儀をしていた。別に壮五は悪いことをしていないし、謝ったところでナメられるだけなのに。
 壮五がトートバッグを開けて、すっと台本を取り出す。その動きにつられて周りの空気も揺れ、半袖Tシャツから出た環のむき出しの腕に、ほんのわずかな、いらだちのオーラが刺さる。壮五は俯き加減のまま台本に目を落とし、その視線は一点を見つめて動かない。
 きっと、さっき謝ったのも、心の中では納得していないのだろう。だったら、謝んなきゃいいのに。環は顔をしかめてアイスに歯を立てる。
「そーちゃんさあ」
 壮五のほうを向くと、隣り合ったパイプ椅子が軋んだ。壮五が微笑みを作ってこちらを見る。眉のあいだに、どうしてこの子はいらだっているのだろう、という困った気配が漂う。
 いつも、そうだ。バレないとでも思っているのだろうか。環くんの代わりに僕がやらなきゃという気負った空気を出して、これみよがしに、物わかりのいい人間の顔をする。
「甘いもん食べれるようになったの」
……元々、食べられないわけではないよ」
 〝食べられないわけではない〟ものを、環はわざわざ食べたいと思ったことはない。食べたいと思うものしか食べたくない。壮五の行動はいつも理解不能だ。
 やらなくていいことを勝手にやっているくせに、その行動はひとつひとつ環を責め立てる。あたかも、君はできないんだろうと見せつけるかのように。
「でも好きじゃねえだろ。なんで食べたくなったの」
「さっきはそういう気分だったんだ。……もう、いいかな」
 環が質問すると、すぐに話を切り上げたがる。分からないから聞いているのに、話すことなんてないとでも言いたげな口ぶり。壮五の考えていることは何ひとつ分からなくて、そんな自分の馬鹿さにもいらいらする。
 環はふー、と息を吐いた。
……ひと口、やる」
 台本に目を戻した壮五に向かって、アイスを突き出す。一拍遅れて、彼が顔を上げた。驚いたように目を瞬かせている。そんなにびっくりすることかよ、とまた苦々しい気持ちが込み上げる。
「なに。食べたい気分なんだろ」
「うん。ありがとう、環くん」
 小さく言われたお礼に、そっと視線を戻す。壮五は目を伏せ、棒に手を添えると控えめにアイスをかじった。いいとこの家のヤツの、お行儀のいい食べ方。それをじっと見ている自分に気づいて、目を逸らした。
 言いたいことがあるのに、うまく出てこない。
「ありがとう。ちょっと落ち着いたかも」
「は。アイスで?」
「いや、環くんが隣にいてくれるからかな」
 壮五が綺麗な顔でふわりと笑う。敵なんていなさそうな、ちゃんとしたヤツならみんな、こいつのこと好きになりそうな顔。
 ずりいな、と思う。
……なにそれ、意味不明」
 環はむすっとしてアイスをかじった。口の中の甘さが容赦なく染みて、わけもなく涙が出そうになった。