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※吉兆ログスト(虎於が環に飴をもらった話)ネタ 虎於の話をするふたり

「そーちゃん、また難しい顔してる。TRIGGERへのラビチャなら、一緒に考えてやろーか?」
 ソファでスマホを触っていると、声をかけられた。顔を上げると、リビングへ菓子を取りに来たのだろう、スナック菓子の袋を抱えた環が心配そうに壮五を見ていた。
「ありがとう。でも大丈夫だよ。TRIGGERじゃなくて御堂さんとラビチャしてただけだから」
 そう言うと、目を丸くして手元を覗き込んでくる。
「とらっち? そーちゃんがとらっちにラビチャすんの、めずらしいな」
 思わずスマホを握る指先に力が入って、目線が泳いだ。
……そんなに、珍しいかな」
 ――なんだろう、これは。少しの気恥ずかしさと居心地の悪さが渦になり、にごっている。
「え? うん」
 環がなんでもなさそうに頷く。その反応があまりに自然で、つかえていた息が苦笑とともに漏れた。
「今日の撮影で、御堂さんに失礼な態度を取ってしまったかなと思って」
 観念して口をひらく。座り位置をずらすと、環は空いたスペースにひょいと腰を下ろした。
「へー。なにしたん」
「君から飴をもらったと聞いて、君たちは本当に……僕が知らないところで仲良くなっているんだなと、少し――驚いたんだ。それが怒っていると思わせてしまったみたいで。一応、否定はしたんだけど」
 言葉を選びつつ話していると、不思議そうに瞬きながらポケットをまさぐり始めた。
「そーちゃんも飴、いる? 今、甘いのしかないけど」
「いや、大丈夫……。ありがとう」
 そお?と首をひねって棒付きキャンディをくわえる相方を見ていると、またずるりと息苦しさが顔をのぞかせる。
「君は、いつのまに御堂さんと仲良くなったんだ? この前まで、御堂さんのことは僕に聞いていたのに」
「え? いつの話してんの。てか、そーちゃんもとらっちと駄菓子交換したりしてんじゃん」
 問いかければ、飴をくわえたままぽかんと口をひらく。真っ直ぐな空色のまなざしに触れた瞬間、胸に沈んでいたにごりが、ゆっくりとほどけていく。
……はは、そうだね」
 そのごまかしのない素朴さに触れるたびに、己の考えすぎと見ている世界の狭さを痛感させられる。
 枠にとらわれず、時にはしがらみを跳び越えてしまう軽やかさ。彼のそんなところが好ましかった。
「僕は、人と距離を詰めるのがあまり得意ではないから……」気を抜くとぼやけそうになる感情の輪郭をとらえようと、思考の底に手を伸ばす。「僕のほうが君たちと先に知り合っているのに、なんだか不思議というか。突然追い抜かれたような気分になって……
 時間と音楽がほしい、と思う。この感情の正体を突き詰めて、自分が納得できる形で出力するための時間と手段が。
「追い抜くってなに。俺は相方として、そーちゃんと一緒に走ってるつもりだけど」
 少しむっとしたように言われて、「それは、もちろんそうだよ」と慌てて弁解する。
「僕は君に追い抜かれるつもりも、追い抜いて置いていくつもりもないよ」
「ふーん。じゃあなに」
「僕の知っている関係構造が知らないうちに変化していて、自分の立ち位置が分からなくなったんだと思う」
 ふたりの共通の知り合いとして、仲良くなる過程を支え、見守る役割のつもりでいた。自分を介さずに距離を縮めていく彼らを見ると、どこか落ち着かなくなる。
 役割で人間関係や価値を測っていたあの家の感覚が、まだ抜けきっていない。
……寂しくなったってこと? じゃあ、普通に寂しいって言えよ」
 環が呆れたように笑った。目元にはあたたかさがにじんでいる。つられて頬が緩み、笑みを含んだ呼吸が重なった。
「寂しいだけじゃない、もっと複雑なんだ。そんなひとことで言えないよ」
 あっそう、と呟いた環が「なんかウケる」と膝を抱えこみ、ぐだーっともたれかかってくる。
「とらっちも、俺がそーちゃんの話すると逢坂の男情報めっちゃ教えてくんよ。自分のほうがそーちゃんと先に知り合いだったんだぜーって思ってんじゃね?」
「そう……なのかな。その情報は、あまり聞かないでほしいけど」思わず苦笑する。かすかな苦さが舌うらに残った。
「僕がなんでもない日に御堂さんに飴をあげたら、『何を企んでいるんだ』って言われそうだな」
「んー、そう? 飴じゃなくてもさ。そーちゃんが好きなもん、あげればいいじゃん」
 そのひとことは、思いのほか素直に腑に落ちた。
 虎於も、家にとらわれて自分の好きなものを見失っていたのだと、今なら知っている。確かにその点に関しては、自分たちは似ている。過去の彼のことは苦手だと思っていたけれど――
 手の中のスマホが小さく震えて、「あ、とらっち」と環が声を上げた。ホーム画面に表示された通知をふたりで覗き込む。
「『巳波がロケで食べたおでんがおいしかったらしい。トウマが行きたがってるから、一緒にどうだ』……だって」
「えー! 楽しそうじゃん。俺も行っていい?」
「もちろん。悠くんも来るかな。聞いておくね」
「でも、なんでおでん?」
「ああ、それは僕が『熱々おでんのリアクションを練習したい』って話をしたからだと思うよ。覚えていて、こうして誘ってくださるのはありがたいよね」
 笑って言った壮五の顔を、環がじーっと見つめてくる。なに、と見返すと、
「そーちゃんさ、たぶん自分で思ってるより、とらっちと仲良いよ」
 そんな言葉が紡がれた。意味を理解するまでに少しの間を要して、壮五はぱちりと瞬いた。
……仲良いって言うのかな、これは」
「言うよ、言う。そーちゃん、とらっちにも自分の話するようになったし……。好きな音楽の話以外でもさ」
…………そうか」
 胸に残っていたざらつきが、ゆるやかに薄れていく。
「そういえば、いすみんがとらっちのこと猫舌って言ってた。とらっち、熱々おでん食えんのかな」
 虎於の一族や家業のことには仲間の誰より詳しいのに、そんな情報はたいてい環を介して知る。付き合いは長いはずなのに、知りたいと思ったことはなかった。虎於の素の一面を見るように――見ようとするようになったのは、つい最近のことだ。
「君は、あだ名をつけるのが上手だよね」
 気づけば環はスマホを覗き込みながら壮五の膝あたりに体重を預けていて、ほとんど膝枕の体勢になっていた。楽しそうに話す横顔を眺めているうちに、そんな言葉が漏れる。
 彼が生みだすあだ名は、どれも不思議と口にしたくなる音をしている。相手の心の壁もひょいと跳び越えてしまえそうな、親しみのある響き。
 環と目が合うと、照れ笑いで目線を逸らされる。頬に赤みが差していた。
「そーちゃんもとらっちのこと、とらっちって呼べば?」
「それはちょっと……遠慮しておくよ。彼のほうが年長だし」
「喜ぶと思うけどなー、とらっち」
 環の笑みを見ながら、壮五はそっとスマホを伏せた。
 ――そうだろうか。
 いつも嬉しそうに話しかけてくる昔馴染みの顔を思い浮かべる。
「考えておくね」
 怖がられる気がするけれど、環が言うのなら、そうかもしれないと思った。