指先の星座

イメソン(米津玄師『orion』)を選んでもらったのでワンライしました。今のふたりは忙しさを楽しめてるといいよね

 壮五は見渡す限りの星空を眺めていた。揺れる焚き火の光が、いつも台本や画面ばかり見ている目に優しい。
 忙しい合間を縫って、環とキャンプに来ていた。恋人になってから、こういう時間がいっそう貴重に感じる。川釣りにバーベキューにとへとへとになるまではしゃいで、今はただ、薪が爆ぜる音に耳を澄ましている。
「あ、ほつれた」
 隣を見やると、環がダウンの袖口からパーカーの袖を引き出していた。左手首のあたりが綻びている。
「うお、めっちゃ糸出てくる」
 環が指でたぐると、水色の糸は見る間に長くなっていく。
「余計にほつれるよ」
「いーから。そーちゃん人差し指貸して」
 請われるまま左手の人差し指を差しだすと、第一関節のあたりに糸をゆるく結びつけられる。意外に整った蝶々結びを見つめて、壮五は「器用だね」と微笑んだ。
 その先に垂れた糸を環が左手で回収し、たゆんだ部分に右手の人差し指を引っかける。ふたりの指先と袖口のあいだに、水色の三角形ができあがった。
「できた! 俺の大三角」
「僕も手伝ってるんだけど」
 苦情を申し立てると、環は歯を見せてけらけらと笑う。
「じゃあ、MEZZO"の大三角な」
 彼がそのまま糸を持ち上げるのに合わせて、壮五も人差し指を星空へ掲げた。銀のビーズを縫いつけたような夜空を、三角の糸が切り取っていく。
「あ。穴広がってる」
「あ、やべ」
 環が慌てて右手を離す。袖口のほつれをなでつける指先を、壮五はぼんやりと目で追った。
「明日寮に帰ったら、王様プリンのアップリケつけてあげるよ」
「まじ? ありがと」
 嬉しそうに頬をほころばせる彼を見ていると、胸の奥が自然とぬくもる。ずっとそばにいるのに、感情は日ごとに熱さを増すばかりだ。
「綺麗だね、星」
「うん。ちょーきれい」
 目に入るすべてがきらめいている。しばらく、ふたりで黙って夜空を見上げた。
 壮五は時折、視線を落として焚き火に手をかざす。手のひらで熱を受けても、指先は冷えたままだ。このところ忙しい日が続いて、体調管理がおろそかだったかもしれない。
 体を温めるように膝を抱えると、ふたりの間の糸がたるみなく張りつめた。
「明後日って一緒だっけ」
 水色の蝶々結びがあかあかと照らされるさまを眺めていると、環がこちらを向いた。
「うん。グループのMV撮影だからね。そのあとの雑誌の撮影とインタビューも一緒だよ」
「そうだった。スタジオ入り七時だよな。早起き頑張んなきゃ。帰ったらミーティングもあるし」
「MV撮影、環くんはダンサーさんも見てるし大変だよね」
「そうな。急に『ここんとこアレンジして』って呼ばれたりするし」
「お互い、忙しいね」
 ひらけたキャンプ場では声が跳ね返らない。呟きは夜空に吸い込まれていく。
 環が「ん」と短く返した。その返事のリズムは、すっかり壮五の中に馴染んでいる。
「でも、すごく楽しい」
「なー。ちょー楽しい」
 正しさが分からなくて、心が曇る日もある。それでも――自分たちで選んだ道だと思うたび、とてつもなく楽しい。
 湧き上がる高揚感に、喉の奥がくすぐったくなって隣を見る。
「環くん」
「ん?」
 壮五は指に結ばれた糸をたぐり寄せた。引っ張られた環がぴょんと身を寄せてきて、糸一本分の距離がきゅっと縮まる。
……なに、そーちゃん」
 文句めいた言い方なのに、嬉しそうに聞こえる。肩に身を預け、環の手を握った。指先が触れ合って、少しずつぬくもりが染みていく。
「寒いから、こうしてていいかな」
「いーよ。ぎゅってする?」
 視線が絡まって、鼓動が跳ねる。
 出会ったころは火花みたいに弾けて、どう扱っていいか分からなかったそのまなざしが、今はあたたかい。目まぐるしく過ぎる日々の中でも、ふと糸がゆるむような、身を任せたくなるような淡い色のまなざし。
「あはは! する」
 ぎゅっと抱きつくと、ダウンの表地が頬に擦れてかさついた音がした。冷たい。
「あれ……あんまあったかくねえかも?」
 抱きつかれた環が首を捻る。
……そりゃ外気で冷えてるからね」
 こらえきれず、ふたり同時に吹きだした。白い息が崩れ、触れ合った肩が揺れる。
 焚き火の光が環の頬を赤く見せているのか、笑ったせいなのかは分からなかった。もう慣れきったはずの触れ合いが、胸を甘く締めつける。
……あったかいな」
 指先の蝶々結びは、まだほどけない。
 ふたりぶんの笑い声が、きらきらした冬の夜空を突き抜けるように響く。