水色と赤のあいだに

庭師+貴族+画家 新しい花をご所望の貴族
※役名捏造 以前書いた二次創作同人誌( https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24986137 )の世界線のつもりで書いてます。

「この庭に植える新しい花を選んでほしい」
 めずらしく温室までやってきたソールが、口をひらくなりそんなことを言った。
「新しい花……どんな花がいいですか?」
 タナーが剪定の手を止め、作業着で手を拭いながら尋ねると、ソールはあまり興味がなさそうな顔で「なんでもいい」と呟いた。
「なんでもって……色は? 香りはどんなのがお好きですか?」
「美しければなんでもいいよ」
「そんな、随分と適当な……
 声色に滲んだ困惑が伝わったのか、ソールは黙りこみ、考える素振りを見せた。
「そうだな……。僕は最近、水色の花か、赤い花ばかりに目がいってしまうんだ。そうでないものがいい」
 なんだそれ、変な注文だな――タナーは目をぱちぱちと瞬かせ、主人を見つめた。
「な……なんだ、何か言いたいことでも」
 どうしてか、ソールはたじろいで視線を泳がせる。タナーは首をかしげ、疑問に思ったことを素直にぶつけてみることにした。
「ソールさま、花にご興味あったんですか?」
 今度はソールが目をぱちぱちさせる番だった。しばし無言で見つめ合うと、ソールの眉間に皺が寄っていくのがわかった。
「あるに決まっているじゃないか。お前もそう思っていたから、鉢植えが花をつけると律儀に見せに来ていたんじゃないのか」
「い、いや、毎回ちらっとご覧になるだけなので、あまり見たくないのかと……
 慌てて言い繕うと、彼の眉間の皺はさらに深くなる。
「じゃあなんだ、お前は僕が見たくなさそうなものをわざわざ持ってきて見せていたということか?」
「い、いや、そういうわけでは……
 なんと答えれば、この主人は納得するだろう――タナーは必死に考えを巡らせた。
 彼は美しいものが好きで、庭園の美しさを維持するために庭師を雇っている。花が嫌いなはずはない。見事に育った花を見せても嬉しそうには見えないが、少なくとも嫌ではないはずだ――タナーはそうした認識でいた。
「そうだ、画家はどうしている?」
 ソールがふいに話を変えた。どう答えたものかと焦っていたタナーは、密かに胸をなでおろし、今朝も慌ただしくしていた同居人のことを思い浮かべた。
「あー、最近すっげー忙しいみたいで。でも、今描いてる絵を描き終わったら、少し休みを取ろうかなって言ってました」
「そうか。休みが取れたら、いつでも屋敷に遊びに来ていいと言っておけ。そのときは一緒にお茶にしよう」
 ソールの口元が穏やかに緩んでいるのを認め、タナーは笑って頷いた。


「つってもなー。美しい花か……。難しいなー」
 帰宅後、まだ部屋の主が戻っていないアトリエの椅子に腰かけ、タナーは天井を仰いだ。
「てか、なんで水色と赤?」
 天井を仰いだまま呟き、ふと首を横に向けた。部屋の主――リッキーが置いていったスケッチブックが目に入る。手に取ってみると、クルミなどの小さなものから、市場の古着屋や魚屋、路上で遊ぶ子どもたちまで、さまざまな風景が描かれていた。そのうちのいくつかには、水彩で色が塗られている。ゆっくりとページをめくっていたタナーは、ある花の絵で手を止めた。
「あ、この花いいな。白……じゃねえな。薄紫?」
 ふ、っと脳裏に主人の横顔がよぎった。あの人の髪も、ちょうどこんな色をしているな――
「ただいまー」
 リッキーの声が聞こえて、はっと我に返る。
「おかえりー!」
 大声で返事をして、ぱっと立ちあがった。今晩は一緒に夕食を作りながら、お互いに今日の出来事を話そうと約束している。
 楽しい時間の予感に胸を弾ませ、愛しい友人を出迎えるため、タナーは足早に玄関へと向かう。

  ❀

 庭の小道を歩いていると、タナーに呼び止められた。
「ソールさま、ちょうどいいところに。新しい花を植えたので、見て行きませんか?」
 ご覧あれ、と彼が指差したのは、花壇の一角を占める白く小さな花だった。すらりと伸びた花弁が、グラスのような形に集まっている。それは光が当たると、薄紫に透けてきらめきをこぼした。
……繊細で、とても美しいな。ありがとう」
「クロッカスという花です。こう見えて、寒さや霜にも負けずに咲くんですよ」
「美しいだけではなく、強さも備えているのか」
 ソールは小さく息をつき、その花姿を眺めた。そこには、美しさとともに、自分が求めてやまない気高さが宿っていた。しばらくそうしていると、タナーが脇に置いてあった鉢植えを抱えてやってくる。
「こっちは寄せ植えにしてみたんです。クロッカス以外は、前から咲いていた花――ミオソティスとチューリップを植え替えて」
 そんな説明とともに差しだされた鉢には、淡く紫に透けるクロッカスと水色のミオソティスが群れ咲き、赤いチューリップが数本、真ん中にすらりと立っていた。春の光をたっぷり受け、そろって風にそよいでいる。
「たしか、水色と赤がお好きなんですよね?」
 依頼した際にうっかり漏れた言葉を覚えられていて、ソールはぎくりと動きを止めた。
……好きと言った覚えはないが?」
 平静を装って答えると、タナーは不思議そうに首をひねった。
「でも、この前そればっかり見てるって言ってたし……。それって、好きってことじゃないんですか?」
 今度こそソールは黙りこんだ。実のところ、庭師の家で何度かお茶に呼ばれてからというもの、その時間が忘れられなかった。自分がこんなにも同年代の話し相手を渇望していたことに、ソール自身が一番驚いていた。新しい花を頼んだのも、何か話す口実が欲しかったから――などとは、口が裂けても言えない。
 そんなソールには気づかず、タナーは鉢植えの解説を続けている。
「それに、ほら。植え替えしながら思ったんですけど、俺とリッキーとソールさまみたいで、楽しそうじゃないですか?」
「ぐ」
 思いもよらぬ言葉に喉が詰まり、妙な声が漏れた。胸の奥で何かがざわめき、頭がくらくらする。本当に――本当に、この庭師ときたら!
「えっと……すみません、失礼でしたか? 髪の毛の色とか似てるなって……
 心配そうに覗きこまれ、慌てて首を振る。
「すまない、大丈夫だ。……たしかに楽しそうだな」
 そう言って微笑むと、タナーの顔がぱあっと晴れやかになる。
「そういえば、画家は――リッキーは休みに入ったか? 先日話した茶会の日程を決めても構わないだろうか」
 青空のような彼の胸に抱えられた鉢植えの、賑やかに並んだ花弁に目をやって、ソールも晴ればれとした気持ちで笑った。