春のひとさじ

庭師+貴族 一日限定シェフ庭師
※役名捏造 以前書いた二次創作同人誌( https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24986137 )の世界線のつもりで書いてます。

「おはようございまーす」
 エンドウ豆、ニンジン、アスパラガス、ミント、カプシクム――収穫かごを抱えたタナーが厨房に足を踏み入れると、厨房では料理人やキッチンメイドたちがせわしなく動きまわっていた。
「おはよう、タナー。今日は何の野菜がある?」
 収穫した野菜を調理台の上に置くと同時に、料理人たちが集まってきて、昼食のメニューを次々に決めていく。春野菜のスープ、ローストした羊肉のミントソース添え、アスパラガスのリゾット、クリームを使ったデザート。
 あっという間にそれぞれの持ち場に戻り、ただちに調理を開始する彼らを眺める。何度見ても、その手際の良さには感心させられるばかりだ。
「あれ? 穂先だけ茹でんの?」
 鍋いっぱいに湯を沸かしていたシェフが、アスパラガスの穂先だけを湯に入れる。タナーは不思議に思って彼に近づいた。
「穂先しか使わないんだよ、ソールさまにお出しするものには」
「え? なんで?」
「決まってるだろ」シェフは当たり前だと言わんばかりにタナーを一瞥した。「一番いい部分だけ召し上がってもらうためだ」
 その言葉に驚いて鍋を覗きこむ。湯の中で踊る緑のアスパラは、タナーの小指よりも短い。
「えー! もったいないな。先っぽ以外もうまいよ、これ」
「茎の部分は使用人に回すから問題ない。お前にもよく分けてやってるだろ」
「いや、せっかく綺麗に育ったし、うまいのにさ。食べられないの、なんかもったいねえなって」
 厨房で分けてもらった茎は、いつもバターで炒めて、フライドベーコンと一緒に食べる。それが、タナーと同居人の最近のお気に入りだった。
 ちょっと貸して、と断って、野菜用の小型ナイフで残りの茎を切る。怪訝そうに見守るシェフの前で、タナーはそれをすべて鍋に投入した。
「あー! こら、勝手に!」
「大丈夫だって」
「あーあ、ソールさまにはお前から説明しろよ」
「はぁい」
 シェフはため息をつき、隣の鍋に米を投入した。バターと玉ねぎの香りに、思わずよだれが出そうになる。
「いっそ、リゾットはお前に任せようかな。得意だろ、料理」
「おー、いいぜ。あと何入れんの?」
「チーズかな」
「いいね。レモンも絞って入れるとうまいぜ」
「はいはい、任すよ。……あ、最後に刻んだカプシクムを入れるのだけは忘れないでくれ。ソールさまのお気に入りだから」
「うへぇ。俺はこれ苦手。育てるのは楽しいけど、目痛くなる」
「お前なぁ……。ソールさまの前でそんなこと言うなよ」
……では、料理ができたら、タナーは私と一緒に来なさい」
 いつの間にか厨房の入り口に佇んでいた執事が、苦笑いで告げた。

  ❀

 昼食時、定刻通りに扉がコツコツと叩かれる。入室を許すと、銀盆の載ったワゴンを執事とともに運んできたのは、庭師のタナーだった。
「なぜ庭師が昼食を運んでいるんだ?」
 呆気に取られて尋ねると、言い淀む執事の代わりに、タナーがはきはきと答えた。
「さっき収穫したアスパラガスを調理したんですけど、せっかくなので、たくさん食べてもらいたいなと思いまして」
「? 料理人ではなく、君が調理したのか?」
「はい」
 返事とともに盆がテーブルに置かれ、蓋が取り去られた。
 蓋の内側にこもっていた湯気がふわりと立ちのぼり、春の陽が差しこむ部屋の空気に混じった。春野菜とバターの甘い匂いがかすかに漂い、銀食器の縁に光が反射する。
 黄金色の光沢をまとった米に、赤いかけらが控えめに散らされている。リゾットだ。柔らかそうな緑のアスパラガスの中に、輪切りの茎が混ざっていた。温室で朝露をまとっていたときと変わらぬ美しさだが、穂先でない部分が料理に使われているのはめずらしい。
「茎も使ったのか?」
「使いました。穂先以外もおいしいので」
 タナーが迷いなく答える。ソールは怪訝に思いつつ、まずはひとさじ、スプーンで掬って口に運んだ。
 ——みずみずしさが、舌先に広がる。柔らかな穂先だけでなく、茎の歯ざわりが心地よかった。玉ねぎの甘さと重なり、わずかにぴりっとした香りが走る。
……おいしい」
 自然と言葉がこぼれた。執事がわずかに目を見開き、タナーの表情が得意げなものに変わる。儀礼的な静けさに包まれていた食卓の空気が、わずかに柔らいだ。
 花であれ、料理であれ、絵画であれ——この庭師の青年は、既存の価値観に囚われず、美しさを見つけ出す才能に恵まれている。決して貴族社会の作法や格式の中だけでは磨かれない感性を持っているのだと、ソールは静かに悟った。
「花も料理も、君は本能で本質的な良さを引き出すのがうまいんだな。……きっと、貴族として生きてきた僕にはない感性だ」
「あのー、褒めてます?」
「もちろん」
 茎の歯ざわりは、まだ幾ばくかの腕白を許されていた幼い日に、庭でかじった青りんごの芯に似ていて――思い出せるはずもない感触が、舌先に蘇った。
「この爽やかな風味……レモンを使ったのか」言いながら、この庭師は本当にレモンが好きだな、と笑い出したくなる。「アスパラガスによく合う。悪くないな」
「ありがとうございます。バターで炒めた玉ねぎと……コンソメとレモンとチーズ、あとカプシクムを少々、使いました」
「なるほど。僕はカプシクムに目がなくてね、この量のリゾットだと、もっと……そうだな、スプーン三杯ほどはあってもいいな」
「三杯⁉︎ 多いな……
 そう呟いて後ずさるタナーを安心させようと、ソールは口元に柔らかな微笑を浮かべた。
「そうか? ちょうどいいと思うが……。刺激的でおいしいんだ。君も一度食べてみるといい」
「いや、俺は遠慮しときます……
 慄きを隠そうともせずに言い切る彼を、執事が咳払いでたしなめる。ソールは「構わないよ」と小さく肩をすくめて笑った。タナーと再び目が合って、ソールは自分が意識せずとも微笑んでいることに気づいた。
 温かな春の風味を飲みこんだせいだろうか。胸のあたりに、陽だまりのような感覚が広がっていた。