二匹のうさぎ

庭師+画家 朝のスケッチ中
#にわとがワンドロライ #にわとがwebオンリー2026 お題「うさぎ」「愛」 制作時間1h35m

 裏庭でスケッチブックを広げ、画家は朝露の残る植え込みとにらめっこしていた。
 すぐに消えてしまうそのきらめきを描きたくて、庭師に頼んで水やりの時間を遅らせてもらったのだ。
 さらさらと筆を走らせていると、不意に植え込みが揺れた。シダの葉を押し上げて、小さな影が跳ねる。
……うさぎ?」
 思わず呟きが漏れ、手が止まった。
 茶色の野うさぎが、濡れた鼻先をひくひくさせながらこちらを見ている。
「うお、めずらしい!……こんな街中まで来て大丈夫かな、怪我とかしてねえといいけど」
 背後で寝そべっていた庭師が起き上がる。
「可愛い! 野うさぎって、毛並みに光が当たるとあんなふうに見えるんだ!」
 陽の当たる角度で、茶色の毛が金色に透けている。描きたい――やわらかそうな毛並みも、ぴんと立ちあがった利口そうな耳も、足元の朝露に濡れた草も――
「見てるだけにしよーな。近くに親うさぎがいるかもしんねえし」
 庭師の声に、はっと我に返った。無意識に伸ばしかけていた手を引っ込める。
「うん。そうだね」
 二人で、息をひそめて見守る。
 朝の光の中、小さく丸い胸がかすかに上下しているのが分かる。
 ふと、うさぎの耳がぴくりと動いた。うさぎが顔を向けた先、植え込みの奥からもう一匹のうさぎが現れる。
 目が合う。
 次の瞬間、二匹はかすかな葉擦れの音を残し、植え込みの奥へと消えていった。あっという間だった。
 ほとんど止めていた息を、ゆっくりと吐く。
……今のうさぎ、描きたいなあ」
「いいじゃん! 描いてよ」
「えへへ、うん! 忘れないうちにちょっと描いとこ」
 急いで走り描こうとするが、記憶が追いつかない。さっきまでそこにあった輪郭が、鉛筆の芯先とともに削れていく。
「植え込みも描いといたら? ほら、シダの葉っぱがこんな感じで動いてたじゃん」
 やにわに庭師の手がひらめいて、葉の動きを空中で再現した。それにつられるように記憶の中の輪郭がくっきりと蘇り、色づいていく。
「さすが、天才!」
 笑いながら、夢中で同じ記憶をなぞる。
 ぱたんとスケッチブックを閉じると、銀色の雫が一滴、シダの葉先から落ちた。
「あのうさぎ、家に帰れたかな」
「二匹一緒にいたろ。だから大丈夫じゃね?」
 植え込みをもう一度見る。
 そこにはただ、少し温度の上がった朝の光が差していた。