お気に入りの景色

庭師+画家 とある休日の屋根の上
#にわとがワンドロライ #にわとがwebオンリー2026 お題「お気に入り」「屋根」 制作時間1h20m

 紙袋を片手に屋根裏部屋にのぼる。
 同居人は屋根窓に腰かけ、どうやら夢中で絵を描いているようだった。庭師はむすっとしてその後ろ姿に声をかける。
「また朝メシ食わずに描いてるだろ」
 くるりと振り返った画家が、庭師の姿を認めてふにゃりと笑った。朝の光がその輪郭をやわく縁どっている。
「だって、この時間の景色が一番お気に入りなんだもん。お前だってそうでしょ?」
 庭師はため息をつき、持ってきた紙袋を開けた。中には画家の好きなパンが入っている。
「お屋敷でお前のお気に入りのパンもらってきたから、一緒に食べよーぜ」
「やったぁ」
 画家がいそいそと右端に寄って、庭師のためのスペースを空けてくれる。そこに座って窓の外に足を投げだすと、屋根の上は朝日でほどよく温まっていた。
「いい天気だな、今日」
 まわりには白い鳩が飛び交っている。
「こいつらにも、ちょっとだけお裾分けしてやろうかな」
「えー、やめたほうがいいよ。こないだなんて、こいつらオレの消しパンを――
 画家が言いきる前に、庭師は屋根の上に小さくちぎったパンをまいた。
「ほら、お屋敷のうまいパンだぞ」
「ちょっと――
 画家が慌てて自分のパンを口に放り込むと同時に、その非難の声さえ掻き消すほどの羽音がバサバサと湧き起こった。どこに身を潜めていたのか、あっという間に大量の鳩に包囲されてしまう。
「わっ、いっぱい来た。すげえ」
「すげえじゃないよ、絵が飛んでっちゃうってば」
「ご、ごめん」
 庭師はハッとしてスケッチブックを手でかばった。
「もー」
 画家の膝の上ではためくそれを鳩の大群から守りながら、庭師はしばし黙って画家の絵を眺めた。
 まだ描きかけの屋根と街並み。それは朝の光にあわせて淡い色で描かれ、やわらかく浮かび上がっている。
「俺もこの景色好き。……でも、うちの庭にオリーブとかなくね?」
 片隅に描かれたオリーブを指さして首を捻ると、画家は「さすが、よくぞ気づきました」と自慢げににっこりした。
「勝手に増やしちゃった。オリーブって平和とか仲直りの象徴だから、お前といつまでも仲良しで暮らせますようにって」
 ふふ、と照れくさそうに笑う様子に、こちらまで照れくさくなってくる。肩を小突くと、彼はごまかすように鼻歌を歌いだした。そのリズムに合わせるように、鳩たちが「くるっくう」と喉を震わせる。庭師も笑ってそれに参加した。
 朝の街の風景、屋根の上の二人、重なる歌声。その全部を紙に閉じ込めるように、さらさらと絵筆を走らせる画家。
 この時間の景色が、庭師の一番のお気に入りだった。