むかいえ
2026-03-02 22:22:27
3274文字
Public シャアム
 

あるいは、再演

CCA和平ifのシャアム
甘くないセ◯レみたいな関係の二人を前提に、突然アムロが15歳の身体になるだけの話。

 宇宙世紀0093年、新生ネオ・ジオンの総帥室。冷え切った空気が漂うその部屋に、彼はいた。
……信じられんな。本当に、君なのか? アムロ」
 シャア・アズナブルは、自身のデスクの前に立つ『子供』に、射抜くような視線を向けた。そこにいるのは、かつてサイド6で出会い、そしてア・バオア・クーで剣を交えた時のままの、15歳のアムロ・レイだった。
 シャアの記憶に新しいアムロ・レイは、少年の幼さを残した童顔と、やや華奢な印象があるものの、軍人としてしなやかに鍛えられた肉体を持つ歴とした成人男性である。
 しかし目の前に立つのは、紛れもない少年だった。子供から青年へと移り変わる時期の、まだ未発達で小柄な体躯。丸みの残る頬。ぶかぶかの軍服から覗く手首の細さに眩暈がしそうになる。
 だが、その懐かしい少年の瞳は、明らかにシャアの記憶の中のそれとは異なる。15歳の少年が持つはずのない、数多の喪失と絶望を潜り抜けてきた、重く淀み、しかし輝きを失わない鋭い眼差し。
 29歳のアムロの目だ。
……信じられないのはこっちも同じだよ。目が覚めたらこれだ。……まさかとは思うが、何か盛ったりしてないだろうな?」
「連邦の特使である君に何かあれば、せっかくの和平は水の泡だ。よって、君に危害を加える必要もない」
「あなたがそうじゃなくても、あなた以外にはあるかもしれないだろ」
……ふむ」
 アムロの声は、声質こそ若く高いが、その響きには隠しようのない疲労と諦念が混じっていた。
 紆余曲折あり結ばれた連邦とネオ・ジオン軍の和平であるが、どちらも一枚岩とは言えない。人の数だけ思想があり、展望があり、悲しみも憎しみもある。アムロが両軍の架け橋などという着飾った役割を背負い特使として出向してきたところで、彼がかつてジオン軍の多くの兵たちを撃墜してきた過去は変わらないのである。アムロに身内を殺された者も多いだろう。
 例え総帥たるシャアが諌めたところで、個人の感情に手を入れることなどできない。復讐や意趣返しなどと銘打って毒薬を盛られる可能性は十分にあるのだ。……肉体を十四年程巻き戻す毒薬というのも奇妙なものだけれど。
 とどのつまり、アムロ・レイは29歳の精神をそのままに、15歳の時分にまで若返っているのである。

 シャアは無言で椅子から立ち上がった。彼が立ち上がると、二人の体格差がさらに歴然とする。34歳になったシャアの体格は、年月による成長に軍人としての鍛錬も加わり、15歳のアムロを圧倒するほどに大きく、逞しくなっていた。彼はゆっくりと歩を進め、アムロの至近距離で立ち止まる。厚く鍛えられた胸筋は赤い軍服の上からでもわかる。大人の身体であった時は気にならなかった圧迫感を前に、無意識のうちにアムロの眉根が寄った。
「よせ、シャア……
 ただ無言で、不穏な空気を纏いながら近付く男に危機感を抱く。アムロは思わず後ずさろうとしたが、それよりも早く、シャアの長い腕が彼の肩を掴んだ。
「っ……!」
 アムロは反射的に振り払おうとする。かつて全盛期とすら言える15歳の彼なら、ニュータイプの勘の良さや反応速度で逃れられたかもしれない。あるいは、29歳の筋力があれば抗えたかもしれない。 
 だが、今の彼は物理的に『15歳の子供』でしかなかった。
 シャアの指先が、細い肩の骨を容赦なく圧迫する。少年の表情が痛みに歪んだ。
「おとなしくしろ、アムロ。確認したいだけだ」
 シャアの声は、慈しむようでもあり、同時に深い恨みを込めているようでもあった。彼はもう片方の手で、アムロの顎を強引に持ち上げた。
「これほどまでに細かったか? 私の記憶の中の君は、もっと……
 シャアの手が、アムロの首筋から鎖骨へと滑り落ちる。薄い生地越しに伝わる、未熟な肉体の心音。アムロは屈辱に顔を歪め、必死に抵抗するが、体格差に押し負けて、やがて背後の壁に押し付けられる形になった。
「やめろと言っている……! 触るな!」
「嫌か? この程度の『検分』、慣れているだろう」
 シャアの指先は、アムロの手首を掴み、その細さを確かめるように強く握り締めた。もう片方はするすると少年の瑞々しい身体を不埒に這い回る。
 29歳の知性は、この男が自分を『失われた過去の象徴』として扱おうとしていることを瞬時に理解した。それが何よりもアムロを苛立たせる。
 シャアにとって、15歳の自分は特別なのだとアムロも薄々察している。あの日無惨に死んでいくだけだったはずの子供が、やがてガンダムを操り、宇宙を駆け、幾度も幾度も赤い彗星と対峙した。戦えば戦うほど研ぎ澄まされていくアムロの感覚の縁を、シャアもまた感じ取っていた。
 シャアは恐らく、アムロと対峙する中で、彼がニュータイプとして花開く過程を見届けた。――それはまさしく、彼の目の前で新たな神が生まれたような心地だろう。
 だからシャアの中で、アムロ・レイは特別だった。特に、彼らの因縁が始まった一年戦争の頃のアムロは、シャアにとって歪んだ感情の矛先でもある。敵愾心、憎悪、憤怒、憧憬。煮詰められたそれらは、もはや狂った信仰にも近い。神聖視すらしているのだ。終ぞ勝てなかった少年。ニュータイプとして力を開花させて駆け抜けていった子供。シャアが手に入れられなかったもの。

 流れゆく時の向こうに置き去りにされた、もう二度と会えない少年が、目の前にいる――――

 シャアは、アムロの胸元に掌を置いた。大人になった彼とは異なる、薄っぺらい、痩せた少年の胸板。しかしその奥で、かつて和平が成る前にシャアに対峙した強靭な『意志』が脈打っているのを彼は感じ取った。
 肉体は15歳でも、内側にあるのは紛れもなく29歳の、アムロの意志だ。暗い劣情がシャアの脳裏をよぎる。

 ああ――これならきっと、壊れない。

「そうか……今なら手に入れられるのか」
 シャアはそのまま、抵抗を続けるアムロを抱きしめるようにして、その耳元で低く囁いた。アムロ、と名を呼ぶ吐息は熱がこもっている。
――私はずっと、あの時の君こそ、引き摺り下ろしたかった……
……!」
 アムロの震える呼吸が、シャアの胸元に白く消えた。男としての自尊心、対抗心、しかし抗えない肉体の幼さ。その全てを捩じ伏せたシャアが笑う。
 掴まれたままの肩を引かれ、ほとんど抱えるように細い身体が浮かぶ。抵抗虚しく、アムロは総帥室の豪奢なソファに押し倒された。スプリングが軋む。逆光でアムロを見下ろす男の顔に影がかかる。うっそりと細められた青い瞳だけが不気味なほど煌めいて見えた。
……ッ稚児趣味か? 変態め」
「そんな趣味はないが……だが、もし私にその気があったなら、目覚めさせたのはあの頃の君だろうな、アムロ」
 片手で腕の抵抗を封じ、馬乗りになれば少年の身体は簡単に押さえ込めた。悔しさと屈辱の滲む表情もまた幼い。だが鋭い眼差しは、シャアの眉間にレイピアを突き立てたあの時の輝きと同じだ。
「原因は探す。君は必ず元に戻すとも。そうでなければ意味がない。子供の君だけを屈服させてもね」
……やっぱり変態じゃないか」
「思い出を尊ぶくらいは許して欲しいな」
「思い出に縋り付いてるの間違いだろ」
「ふふ……
 ぷつ、と襟首も袖も大きく不格好になってしまった軍服のボタンが外される。アムロは観念したように身体の力を抜いた。その方が後々楽であることを、29歳のアムロは知っている。
 この男が内側に秘める激情を、直接ぶつけられたのも、一度や二度ではないのだ。不誠実で捻れてしまった、肉体が繋がるだけの二人の関係。少年の無垢な身体にも、恐らくシャアは手加減などしてくれまい。
……ちゃんと優しくしろよ」
「もちろん」
 弧を描く唇が降ってくる。アムロもそれらしく目を閉じた。
 時を隔てた二人の奇妙な『再会』は、冷徹な総帥室の中で、静かに、そして狂おしく熱を帯びていった。