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みすみ
2026-03-02 21:46:35
6286文字
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居は気を移す
CCA和解ifシャアム
地球連邦軍からネオ・ジオンへ出向を命じられ、アムロがスウィートウォーターで暮らし始めて早いもので半年が過ぎた。
宿敵を追いかける形で宇宙に上がり、ほかでもない宿敵の隣で和解の道を模索し続けることを選んだアムロは、直接シャアの手を握り返した日のことをいまも細部までよく覚えている。シャアが身に纏う本人が道化だと自嘲した総帥服の赤さも、アムロの手を包み込んだ大きな手のひらも、汗でしっとりした感触も、「悲願だ」と弱々しく呟いたシャアの震える声も。アムロもシャアと同じ気持ちだった。目の奥が熱かった。ずっとずっと彼を探していた。大きく息を吸い込み「これからだろう」と活を入れたのは、シャアに対してだったのか自分に対してだったのかわからない。
恐る恐る腕時計に視線を落とすと、短い針は数字の一を指していた。午前一時。普段通りであれば同居人のシャアは寝ているだろう。
アムロとシャアがふたりで暮らす家を見上げる。アムロがスウィートウォーターに住まいを移す際に、浮かれたシャアが断りもなく勝手に用意した邸宅だった。アムロが新しい環境で居心地の悪さを感じないようにという気遣いは素直にありがたかった。引っ越しの日にアムロの腰を抱き意気揚々と家の中を案内し始めた時には、呆れを通り越して感心してしまった。こういうところだよなぁ、と思った。どこまでも突飛で、強引で、自分本位な男。
ふわふわと酔いの回った頭でも、明かりが消えしんと静まり返った建物を前にするとさすがに気が引き締まるものだ。これだけ立派な邸宅であれば玄関が開いたくらいで寝室で眠る人間を起こすことはないとわかっていたが、事前に帰ると伝えてあった時間よりも時計の長針が余分に二周してしまったため一抹の罪悪感があった。
そっと扉を開ける。上質な扉は開閉する際も静かだ。室内は暗いがあたたかい。人間の動きを察知して、玄関ホールの照明が点灯した。肩の力を抜き顔を上げたアムロは、暗闇から突然現れた人間に驚きのあまり叫びそうになった。
「
…………
ッシャア?」
「おかえり」
「た、ただいま」
玄関ホールからすぐにある螺旋階段の手すりにもたれかかるようにして無表情のシャアが立っていた。見慣れてしまったグレーのナイトガウン姿で、足もとには燭台と一冊の本と空になったグラスが置かれている。蝋燭の炎が頼りなくゆらゆらと揺れていた。
心臓がバクバクとうるさい。すっかり寝ているとばかり思っていた人間が目の前に現れ、不意を突かれたアムロは思考も身体も固まってしまった。先ほどまで呑気に帰宅が遅くなったことについての謝罪は日が昇ってからでいいだろうと考えていたのだ。驚くに決まっている。
「遅かったな」
久しく聞いていない冷たい声と激情を表に出さないように努める様子から、シャアの機嫌が悪いことはひと目見てすぐにわかった。
「悪い。盛り上がってしまって
……
」
「連絡のひとつくらいあってもよかったのでは?」
「酔っ払っていて
……
」
「心配するだろう」
切実な声にアムロは両手を上げた。降参だ。帰りが遅くなってしまったことも、連絡を怠ったことも、全面的にアムロが悪い。
「ごめん。次からは気をつけるよ」
アムロが寝る準備を済ませる間、シャアはカルガモのヒナよろしくアムロの後をついて回った。アムロが手を洗いうがいをして、水を一杯飲み、シャワーを浴びて、歯を磨いている間、ずっと。無表情のままのシャアと鏡の中で見つめ合った時も、アムロはそれで気が済むならと放っておいた。
ふたりの関係において、いい歳をして、という思いは捨てなければならない。目の前の宿敵であり同志であり同居人でもある男の面倒臭さを身をもって世界でいちばん理解しているのはアムロなのだ。気持ちや認識の行き違いはできる限り避けたい。
とはいえ、過度に構い過ぎるのもよくないということはこれまでの半年の経験でアムロも学んでいた。ネオ・ジオンの総帥として大衆を導き、どんな時も鷹揚に構えているように見えるこの男は、ただでさえ自分と他者の境界が曖昧で怪しいきらいがある。厄介なことにアムロの前ではその傾向が顕著だった。
「それで?」
シャアと色違いのネイビーのナイトガウンを着てリビングのソファーに座り、アムロはようやく落ち着いた気持ちで問いかけた。
アムロの向かいに座ったシャアはまだ納得がいかない様子だ。普段ところ構わずアムロの隣に座りたがるシャアは、こういう時に限りアムロの向かいに座る。アムロがシャアの顔を正面から見た時に硬い表情のイメージが強いのはそのためだろう。美人が怒った顔は怖い。
「今日はギュネイと出かけると言っていたな」
「ああ、そうだよ。それがどうした?」
正しくはギュネイ以外にもパイロットはいたが、話がややこしくなると困るのでおとなしくうなずく。
ギュネイを含め、その日の業務を終えてタイミングが合ったパイロットたちと食事をするのもいまに始まったことではない。この期に及んでアムロがネオ・ジオンのパイロットたちを連れて飲みに行ったことが気に障ったのだろうか。
首をかしげるアムロに、シャアは真剣な表情で「そんなに
……
」と拳を握りしめた。
「そんなに、ギュネイのことが気に入ったのか?」
「は?」
「最近、君はギュネイの話ばかりするじゃないか。今日だって時間を忘れるほど楽しい席だったのだろう?」
そうだったか?
シャアのようにわざとらしく特定の人間をひいきしないように用心していたが、アムロがギュネイに目をかけていることは否定できない。
アムロのことをよく思わない人間が多い中、ギュネイは歩み寄ってくれた。初めて顔を合わせた日に、「大佐を止める力が必要だから強くなる」と息巻く姿を見てしまってから、アムロはひそかにギュネイがかわいくて仕方がないのだった。シャアの周りにもまだこういう人間がいるんじゃないか、と希望を感じた。年々反骨精神のある若者がまぶしく感じるのはなぜだろう。
しかしシャアがここまでとり乱すほどのことだろうか。時々ギュネイ自ら今日のように食事に付き合ってくれることもあるとはいえ、廊下で偶然すれ違った際に挨拶をして調子はどうだとアムロから声をかけることはあっても、それ以上の接触はないに等しい。アムロの立場が特殊なので顔を合わせる日のほうが少ないくらいだ。
「楽しかったことは確かだが
……
。というか、そもそも俺にネオ・ジオンのパイロットを気にかけてくれと言ったのはあなたじゃないか」
「プライベートでそこまで仲よくなれとは言っていない!」
勢いよく立ち上がったシャアにアムロは肩を揺らす。
「わかった、わかったから
……
。こんな時間にそう興奮するなよ。眠れなくなるぞ。ほら、もうそろそろ寝よう」
アムロがシャアの腕を掴んで寝室まで引っ張っていく間も、シャアからの不満の声は止まらなかった。
「君の帰りが遅かったせいだぞ、アムロ」
「うん。そうだな。悪かったって」
ベッドに並んで入ってもぐちぐちとうるさいので、アムロは「おやすみ」と話を遮り無理矢理シャアの頭を抱きしめて胸に押しつけた。しばらく胸もとでもごもごと抵抗していたが、規則的に背中を叩いてやると次第に静かになった。
シャアの高い体温のおかげで、アムロもすぐに眠くなる。
目を閉じると自然と思い出す。総帥服の赤さを、アムロの手を包み込んだ大きな手のひらを、汗でしっとりした感触を、「悲願だ」と弱々しく呟いたシャアの震える声を。あの瞬間、確かに自分はひとりではないのだと背中を押された気がした。シャアも同じように感じていたらうれしいと思う。
アムロの孤独はアムロのもので、シャアの孤独はシャアのものだ。相手の孤独を埋めるために隣にいるわけではないというのに、アムロの不在に怯え続ける男が不憫で、愛おしかった。これからは怯えることも、自らの傷に爪を立てる必要もないのに、と頬がゆるむ。ひとは変わっていける。生きている限り希望は捨てない。それにもしも道を違えることがあれば、アムロは今度こそ責任を持ってシャアと心中してやるつもりなのだから。
*
「ギュネイ、アムロはお前が思うよりも周到だぞ」
「今日はシャアのことは放っておいていいからな、ギュネイ」
目の前でべったりとくっつく上官ふたりに、ギュネイはどうしてこうなってしまったのだろうと途方に暮れた。
「ギュネイ!」
格納庫で久しぶりに顔を合わせたアムロは、ギュネイの姿を見つけた途端に顔をパッと輝かせた。直前までメカニックのひとりと真剣に話していた表情との差に、ギュネイは思わず動揺してしまう。
連邦軍に出向を命じらたアムロがネオ・ジオンに従事することが決まった時は、まさかここまで良好な関係を築くことができるとは想像すらしていなかった。
そもそも初めて顔を合わせた際、ギュネイはアムロに半ば喧嘩を売ったつもりだった。しかしアムロは気にした様子もなく、それどころかその日を境にやたらとギュネイのことを気にかけてくるようになったのだった。あからさまな態度ではないものの顔を合わせるたびに柔らかな笑みを浮かべ「元気にしてたか?」「最近どうだ?」と声をかけられれば、よほど鈍感ではない限り気に入られたとわかるだろう。
アムロのさりげない気遣いや優しさはむず痒く、これまで上官にアムロのような態度で接されたことがなかったギュネイは初めのうちどう対応するべきなのか悩んだ。和平を結んだとはいえこれまで敵対していた連邦のパイロットであるにもかかわらず、アムロの気遣いや優しさははっきりと拒否することは躊躇われるものだった。どうしてなのかはわからない。ギュネイはアムロの悲しい顔を見たくなかった。アムロのためではなく、ギュネイ自身のために。心底不思議な男だと思う。
――
これが戦場で誰もが恐れる連邦の白い悪魔?
連邦から来たよくわからない変なやつ。それがギュネイがアムロに抱いた第一印象だった。
メカニックとの話を終えたアムロはギュネイのもとまで来ると前置きもなく「ギュネイ、よければ今週末はうちで食事をしないか?」と聞いた。
「うち?」
「俺の家。嫌か?」
「嫌というか
……
」
これまで何度か他のパイロットとともに食事をしたことはあったが、さすがに自宅に招かれたことはない。突然の誘いに困惑して当然のはずだ。当然のはずが、アムロはギュネイに断られるとは思ってもいないという反応をする。
一体その自信はどこからくるんだ。おかしいだろ。いや、この場合、おかしいのは俺なのか?
「最近自炊をするようになってさ。せっかくだから作ったものを誰かに振る舞いたくて」
大佐も大佐だけど、このひともこのひとでやたらとモテそうだな
……
。
いままでアムロに対して同じパイロットとして実力や経験の差に嫉妬することはあっても、そうした話題については考えたこともなかった。俗に言う現実逃避をするギュネイに、アムロは首をかしげる。
「もしかして、もうなにか予定が?」
ない、ないけれど。
「よかった。じゃあ週末に」
笑顔でギュネイの肩を軽く叩いたアムロは、軽やかな動きで背を向けた。あっというまに遠ざかっていく背中に、どうして断らなかったんだと後悔した時には遅かった。
ネオ・ジオンの総帥の身辺警護を任され自宅まで送迎することもあるギュネイは、アムロ・レイがシャア・アズナブルと同じ家に住んでいることを知っていたというのに。
「お邪魔します」
広い玄関ホールには、大きな花瓶に真っ赤な薔薇の花がたっぷりと生けられている。車寄せまでの送迎はしたことがあったが、室内に踏み入れたことは一度もない。
総帥の執務室の雰囲気にも似た瀟洒な室内に萎縮するギュネイをおかしそうに観察していたアムロは、ギュネイの視線の先を追い納得したようにうなずいた。
「ああ、それね。昨日シャアが用意していたよ。ギュネイがこの家の初めてのお客さんだからな。張り切ったのかも」
「初めて!?」
ギュネイにとってはぎょっとしてしまう内容も、アムロにとってはとるに足らないことのようだ。
張り切ったのではなく威圧しようとしているの間違いでは、という言葉を飲み込む。
「家族や友人は
……
?」
「こっちに来てからしばらくバタバタしてたし、向こうの友人もまだ呼べそうにはないなぁ」
他人事のように言うアムロに開いた口が塞がらなかった。どこまでも荷が重い。
手土産のケーキが入った箱を手渡した後アムロに案内されたリビングには、入った瞬間につい目が引き寄せられてしまう存在感のある革張りのソファーに、やはりつい目が引き寄せられてしまう存在感のあるシャアがくつろいだ様子で座っていた。シャアの目の前のテーブルの上に来客をもてなすためにアムロが作ったと思われる華やかな料理や飲み物が用意されている。
わかっていた。わかっていたことではあるが。
「ギュネイは苦手な食べものとかなかったよな?」
「は、はい
……
」
「よかった」
力ない返事になってしまうのも仕方ない。
それでもこの目で確認するまではシャアは不在なのだと信じたかった。アムロの指示は普段から的確で有事ではない限り物腰も柔らかく話しやすいため、誰もがその印象に騙されてしまいがちだ。わかっていたはずなのに
……
と項垂れる。アムロは訓練中はシャア以上に無茶苦茶な技術を他人にまで平気で求めてくる男なのだ。訓練中だけではなくプライベートでも振り回されることになるとは。
既にひとりで酒を飲んでいたシャアが、ギュネイと目が合うと不敵な笑みを浮かべた。いつから飲んでいたのだろう。目が据わっている。
「ギュネイ、アムロはお前が思うよりも周到だぞ」
「今日はシャアのことは放っておいていいからな、ギュネイ」
「私がいままでどれだけこの男に振り回されたかわかるか?」
「ちょっと。あなたね、いてもいいけど静かにしてる約束だろ? もう酔っ払ったのか?」
勘弁してくれ。
シャアの隣に座ったアムロは、向かいのソファーに座るようにギュネイを促す。なぜかカトラリーはシャアの前にはなく、アムロとギュネイのふたり分しかない。
すかさずアムロの腰に腕を回したシャアを、アムロは当たり前の顔をして受け入れた。流れるようにシャアのひざに手を置いたアムロに、シャアは満足そうにしている。
とにかくふたりの距離が近すぎる。普段、家ではこう過ごしているのか
……
。一生知りたくなかった。
「ギュネイもアムロの無茶には慣れることだな」
まるで自分はもう慣れたという口振りのシャアに大きなため息を吐いたアムロは、シャアから酒の入ったグラスをとり上げ、代わりに水の入ったグラスを押しつけた。
「ほら、ギュネイ。このひとのことはもういいから。好きに食べて好きに飲んでくれ」
「いただきます」
今夜の主催者であるアムロの指示に従い、ギュネイはシャアのことを無視することに決める。
そうだ。俺はなにも見ていない。アムロが腕によりをかけたらしい料理は美味しそうだ。
それにしても手土産にシャアの分のケーキも用意しておいてよかった
……
と考えてしまったのはやはり、本人たちも無意識のうちにイチャつき続ける上官たちという目の前の現実から逃避するためなのだった。
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