2026-03-02 19:53:47
1698文字
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愛妻家の食卓

黒様は抱かれたい男第3位/先生が2014.9.1に投稿されている例のネタの話

「きゃーたいてー」
「たいてー!」
 黒鋼は無言のまま、きゃっきゃと囃し立てる一人と一匹の頭を掴んで力を込めた。
「いたたたた」
「いったーい!」
 じわ、と涙が浮かんだあたりで解放してやる。似た者同士の白いふたりが一目散に逃げだした。身を寄せ合ってひどいひどいと騒いでいる。最初からこうなるとわかっているくせに、一向に懲りないのが悪い。
 あのふざけた指示に従うようで不本意ではあるが、主食なしの夕餉にするわけにもいかないだろう。定位置に置かれている鋳物鍋を取り出す。ここ最近、この鍋で白米を炊くのがすっかり黒鋼の仕事になりつつあった。

 この世界に渡って少し経ったころ、たまたま行き会った住人を助けた。大したことではなかったが、その謝礼に彼の実家から送られてくるのだという米をまとめて譲り受けた。無駄になることのない食料はありがたかったが、あいにく今の暮らしでは釜も炊飯器もない。その日の晩にリゾットとやらを作った魔術師は、「多分鍋でも普通に炊けるんだよね?」と料理に関しては珍しく不安げに黒鋼を見た。
 次の日、やむを得ず黒鋼は台所に立った。土鍋での手順とそう変わらないだろうと手近にあった鍋で炊き上げた白米は、なかなかの出来だったといえる。小狼やモコナだけでなく、隣で興味深そうに見ていたファイも意外なほど喜んだ。
 誤算だったのは、その喜びようが思ったより大きく、そして本物だったことかもしれない。普段人並み程度とはいえ黒鋼や小狼より食事量の少ないファイが、珍しく自分の茶碗にも追加で盛りなおし、作法通り使えるようになった箸を動かしていた。
 もう一度、と何度も頼まれているうちに、気づけば三日に一回はここへ立つようになっている。更にその感覚が短くなるのも時間の問題のように思われた。毎回しっかり白米と酒に合う主菜や副菜が準備されているのも性質が悪い。
 一時はモコナの腹の中にしまって鍋を持ち歩くことも考えたようだが、ここと同じような米があるかはわからないから、と小狼にやんわり止められていた。当然である。

 黒鋼自身も慣れつつある作業をこなし、蒸らしが終わると共に蓋を持ち上げた。
「いい匂いがするよう! 黒鋼さすが、かっこいいー!」
「ひゅーひゅー」
「うるせぇ! あとおまえはもう口笛吹けんだろ!」
 喧しい一人と一匹は置いておき、先に茶を淹れていた小狼を呼ぶ。その目がわかりやすくきらきらと輝いているのを見ると、旅のあいだ魔術師が料理に熱心に取り組んでいる理由が、まぁわからなくもなかった。


 夕食後そのまま晩酌へ移行したせいか、まだ日にちが変わるまで少し時間がある。黒鋼はグラスを洗う魔術師の後ろに立つと、薄い腹の上に指を滑らせた。これが軟弱でないことはよく知っているが、相も変わらず華奢な姿かたちをしている。
「この手は何かなー? 黒ぽん」
「飯の礼をもらいに来ただけだ」
「オレだっていつもご飯作ってるんですけど?」
「だから残さず喰ってやるって言ってる」
「もう、ああ言えばこう言うんだからー」
 ファイは最後のグラスを水切りかごに置くと、丁寧に手を拭き、そして振り返った。蒼い瞳がじっとこちらを見上げ、ゆるやかに細められる。
「じゃあ黒たん、ベッドまでちゃんと連れてって」
 同意は得たので、細い身体を俵を持つように肩に担いだ。背中のあたりからなにやら文句が聞こえてきたが、気にせず進み寝台に下ろす。

「黒ぷーにはムードってものがないよねぇ」
「望み通りにしてやっただろうが」
 敷布の上で無邪気に笑っている魔術師の願いはきちんと聞いてやった。だからこちらの希望も叶えられて然るべきだろう。移動の際乱れたらしい金色を直してから、顔を覗きこんだ。笑い声が止まり、しばし沈黙が落ちる。
……まさかとは思うけど」
「おまえが言い出したんだろ、どうせならちゃんと言うべきときに言え」
 隠しきれていない恥じらいと若干の開き直りを交えて、意図を汲んだ薄い唇が小さく囁いた。
……きゃーくろさま、」
 その後に続いた三文字の甘やかさは、黒鋼だけが知っている。