「ツム、気ぃつけてな。家着いたら連絡な」
「おかんみたいなこと言うやん」
「こんなデカい息子産んだ覚えがねえわ」
「え、覚えがないだけで産む気なん」
「寝言は帰って寝てから好きなだけどうぞー」
「辛辣すぎん? 二週間のラブラブバカンスタイム♡の終わりに」
「ははっ。ラブラブバカンスタイム♡って」
「素で笑っとらんでちゃんとツッコまんかいッッ!!」
鼻で笑われようが、失笑されようが、ラブラブバカンスタイムはラブラブバカンスタイムだ。俺は間違ったことは言ってない。断じて。
もう夜の七時を回ってるけど、まだこの玄関を出たら蒸し暑くてすぐ汗ばむこの時期。リーグ戦シーズンも国際試合も終わって。さて移籍の噂があーでもないこーでもないとどっからともなく飛び交う、この夏にだけ俺には長めの休みがある。年末年始もほぼないに等しい俺たちが、ようやく一息吐けるオフシーズン。
オフシーズンになったら恋人とのバカンスに行くのが楽しみなんだ、とチームメイトのトマスが話すのを聞いて「え、俺も恋人とバカンスしたいけど!?」と唐突に思いついた今年の夏。
ただし。肝心の俺の恋人はというと、季節を問わず長期ではあまり出かけられない。調整すればできないこともないかもしれないけど、それはダイレクトに売り上げに直結するし、調整できてもお盆休みを何日か取れればいい方で。
そこで俺は考えた。恋人が出かけられないなら、俺が行けばいいんだと。
オフの二週間をお前んちに転がり込んでバカンスを謳歌したい、と俺はすぐさま相談した。どうせ最初は撥ねられるだろうとうっすら覚悟の上での提案だったけど、なんとびっくり。二つ返事であっさり了解してもらえた。
そんなわけで、俺は今日までの二週間ほどを治のワンルームのマンションに転がり込んでいた。
おにぎり宮からすぐ近くに借りてる治の城は、俺たちみたいなデカい男ふたりが暮らすにはちょっと手狭だ。治も「せっかくの休みに、こんな狭いとこに寝泊まりせんでも」とは言っていたが、俺はこの狭さこそがたまらなく嬉しかったし、楽しかったし、幸せだった。
だって狭いから、のべつまくなし、理由なんていらなくてずっとくっついてられた。
窮屈だと言い合いながら、それでも肩を並べて座った。相手にもたれかかってスマホをいじった。膝枕してもらって、あやすみたいに髪を撫でてもらった。うつ伏せに寝転んでるところに尻を枕にしたら重いと言われてやりかえされた。朝起きたらすぐそこに寝顔があった。手を伸ばせばすぐ触れられた。隙あれば手を握って、キスをして、ヤらしいことだって沢山した。
治も何日かだけは毎年の盆休みを取って店を閉めてたけど、二週間のうち半分以上は普通に仕事に出てたから、四六時中というわけじゃなかったけど。でも仕事から帰ってくる治に「おかえり」って言えるのは本当に幸せで「ただいま」ってちょっと照れて言う治は、世界一いとしい生き物だと思った。
そんな二週間だけの俺のバカンスも、今日でおしまい。
俺は荷物をまとめて、いま治の家の玄関を出て行くところ。
そりゃもう目一杯、治を充電させてもらった。
バカンスって確かに必要なんかも。日本人、ちょっと真面目すぎるよな。とか言いつつ俺も治が仕事行ってる間はトレーニングに行ったり調整しに行ったり、場所借りて新しいフォーム試してみたりしたけども。(バレー馬鹿だと笑いながら、店が休みの日は治も付き合ってくれた。最高だった)
俺には、こうやって充電しに帰ってきたいって思える奴がいて、充電させてくれる奴がいるのは実は当たり前のことじゃなくて、ちょっとした奇跡なんだと最近になってようやく思ったりしてる。
こんだけ充電させてもらったから、またこっから気張らな。
そう思う大人な自分と。
あー。かえりたくない。ほんまはこのまま治と居たい。
そう思う子供の自分が、いないと言ったら嘘になる。
(でも、もとは俺がワガママ言って無理に押しかけたようなもんやしなぁ
……)
嫌な顔はされなかったし、治だって一緒にいたいって思ってくれてることはもちろん、疑ってなんかない。
でもチラッと治の顔を見たら「ん? どうした」とかケロッとしてるから、玄関出て行くのがちょっと名残惜しいのは、俺だけなんかなあって。
それにまたちょっと寂しくなったりもしたけど。そんでも。
「またな」
いってらっしゃい、みたいなノリで治が機嫌よく、笑って送り出してくれるんだから。贅沢言ったらバチが当た
……らないかもしれんけど、治の手刀はつむじ目掛けて落ちてくるかも。
「おん。またな!」
俺は後ろ髪引かれまくりながらも、治が機嫌のいいうちにさっさと玄関のドアを押して開いて、まだ夕焼けが残ってる空に「夏やなぁ」とひとりでぼやいて、マンションの廊下を歩き出した。
後ろでガチャンと扉が閉まった音がして、俺はそれを聞きながらエレベーターホールまでたどり着いたけど、エレベーターはまだ来なさそうですぐ隣の階段を降りていく。ここ、三階やし。階段の方が速いし。
さてイヤホン耳にさして、なんか曲でも聞きながら最寄り駅まで。と思ったらイヤホンが無い。
いつもズボンの左ポケットに入れてるはずなのに。
(あ。一昨日に確かサムがこれ洗うからってポケットから出して
……あかん。テレビ台んとこに置きっぱや)
しまったしまった。イヤホンないとロードワークも捗らんし、割とルーティンが大事なタイプなもんで無いと普通に困る。
慌てて引き返して、小走りでまた階段を駆け上がってると、すぐTシャツに汗がじわりと張り付くのを感じながら治の玄関の扉を開ける。どうせまだ鍵なんてかけてないだろうとたかを括って、扉を勢いよく引いたら、案の定、玄関の扉は開いた。
「サムー! すまんー!! テレビんとこにある
……」
勢いよく開けて、イヤホン取ってー!と言うつもりが、最後まで言うことはなく。代わりに俺は「えっ!?」と間抜けな声を出した。
だって玄関には、もう部屋の奥に引っ込んでると思ってた治がまだいて。
まだいてというか、なんでか座り込んでて。
そんで、真っ赤にした目を慌てて手で擦りながら、しまったという顔をして俺を見上げていた。
「
……忘れもんか。テレビんとこの、なんやねん」
「いやいやいや!? 忘れもんはどうでもええって!! おいっ!!」
慌てて立ち上がった治は、そそくさと部屋の中に逃げようとするから、間一髪で靴を脱ぎ捨ててその腕を掴む。
そしたら、こっちを向いた治はやっぱり泣いてて。
おい、なんやねん。
あんなカラッとした感じで、人のこと送り出した裏で、お前。
あんないつも通り「またな」って送り出したくせに、お前。ほんまは。
「サム!」
「
……っ! ちゃうねん、これは
……」
「結婚しよ!!」
「
……は?」
「
……へ?」
思わず込み上げてきたものを我慢できなくて、口から出てきたセリフに、俺自身がめちゃくちゃびっくりした。
いや。本当は『一緒に暮らそうか』とか。
そういうことを言うつもりだった。嘘やない。
あーー、めっちゃ恥ずい。顔から火が出そう。
どうせ治は「いや結婚できんやろ」とか辛辣にイジってくるんやろな。そんなんわかっとんねん。マジレスすんなや。
想定QAを覚悟しつつ、恐る恐る視線を合わせる。そしたら。
「
……べつに、ええけど」
今度は目だけじゃなくて顔ぜんぶを真っ赤にした治が小さな声で、でも確かにそう言ったから。
そこまで言うつもりなくて、とか。
言葉のあやでマジで言うたんちゃうし、とか。
そういう言い訳はこの瞬間、即刻どっかに全てぶん投げる。
代わりに掴んでいた腕を、有無を言わさず引き寄せて。
痛いって言われるのは重々承知で、渾身の力で抱きしめてから「ほんまに結婚してくれるん
…?」て尋ねてみたら、俺の肩に顔を埋める治は「ええよ言うとるやん
…」と消え入りそうな声で、それでも誤魔化さずにもう一度ええよと言ってくれた。
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