小話倉庫(深上)
2026-03-02 00:00:54
3490文字
Public 悠アキ/haruwise
 

エンドロールはまだ遠く(悠アキ/haruwise)

ソシャゲのサ終に落ち込むアキラくんと、笑い飛ばさず話を聞いてくれる悠真

『サービス終了のお知らせ』

 それは自分にとっては死の宣告に等しく、けれど大抵の人にとっては一瞬で過ぎ去る事象で。最近の更新状況や自分自身の購買意欲の低下から、近い未来に来るであろうと薄っすら感じ取っていたそれを不意に目の前に突き出されて、アキラは想像以上に戸惑ってしまった。
 たかがソシャゲ、たかがゲーム。なくても困らない。その程度のものだ。ストーリーを読む意欲も薄れ、早送りで終わらせることもあった。好きだな、と思うキャラ以外には食指も動かず、何となくで続けていた現状。そんな自分に文句を言う資格がないことはよく分かっている。十分に理解していると言うのに、何故かその文字から目が離せず呆然としてしまう。
 タップして、そのお知らせ内容を目に焼き付けるように読む。どこにでもありそうな定型文だ。具体的な日時、有償ガチャ石の返金対応の詳細、そして「長らくご愛顧いただきありがとうございました」の締めくくり。
 アプリを閉じて、はぁ、と息を吐く。ゲーミングチェアの背もたれに身を預けると、ギィ、と不平を言うかのように軋んだ。――この感傷は一次的なもので、すぐに落ち着くだろう。そう思っていても心の奥底に落とされた石ころのようになかなか取り除くことができず、アキラは悶々もする気持ちを隠すようにぐっと唇を引き結んだ。


……で、こんなオーラ出してるわけだ」
 二日後にひょこりと姿を見せた悠真が、ソファに座ってぼうっと真っ黒のテレビ画面を見つめるアキラを見てやれやれと肩を落とした。情けない姿を見せているようで居た堪れなくなり顔を向けられないアキラの代わりに、リンが盛大なため息を一つ落として場を繋いでくれる。
「そうなの。わからなくはないんだけどねー、好きだったものが突然なくなると、やっぱりショックだし」
……好きだった、というわけではないよ。最近はそこまで熱を入れていなかったし」
「課金までしといて?」
「それは……例えばCOFF CAFEでも新作が出たら、とりあえずは買うじゃないか。同じ原理だろう?」
「口だけは達者なんだから……というわけで、悠真。うじうじお兄ちゃんで悪いけど、しばらく相手よろしく」
 ぽん、と悠真の肩に軽く触れるとリンは部屋を出ていった。ごゆっくり〜、と余計なひと言まで残して。
 妹の声が消えると、途端に部屋の中は静かになる。笑って恋人を出迎えればいいものの、リンに全部バラされた手前素直にそうすることもできず、何より相手に呆れられることを恐れてアキラは視線を下に向けた。
 悠真は無言でアキラのそばに来ると、隣に座り、テーブルの上にあるリモコンを手に取った。彼がボタンを押すと暗い画面に光が灯り、黙る自分たちの代わりに賑やかなCMの音が部屋の空気を和らげた。
「ごめん、悠真」
「んー?」
……せっかく君が来てくれたのに、空気が悪くて」
「空気悪い? そう? 課長とお偉方がギスギスしてる会議に比べたら全然マシだと思うけど」
 悠真の軽口を聞いて、脳内にその光景が浮かぶ。上層部の高圧的な言い分を聞きつつ目が据わっている雅、静かに見守る柳、端で内心ドキドキしながら黙って動向を見守っている悠真と蒼角――知らずアキラの口元がふ、と緩んだ。日常茶飯事なのか、と返そうとして顔を上げると、彼の金色の目がじっとこちらを捉えていて思わず言葉を飲み込んだ。
「それにさ、あんたのそういうところが見られてちょっと嬉しかったし」
「嬉しい?」
「あんたもそんなこと……って言うと失礼かな。その辺の人が普通に落ち込むようなことでうじうじ悩むんだなぁって」
 得した気分だよ、と上機嫌の相手に、アキラは面食らって目を瞬かせる。
「君、僕のことを何だと思っているんだ」
「そうだな……伝説のプロキシとしてエージェントたちを手玉に取り、様々な危機をくぐり抜けてきた『パエトーン』の片割れで、妹に甘いビデオ屋の店長どの、かな」
 なんだそれ、と詰めていた息を吐くと、先ほどよりも空気が吸いやすくなっていた。彼があえてこの空気を作ってくれたことを察して、はぁ、と諦念を含んだ息を吐く。
……もうゲームができないということよりもね、当たり前にそこにあったものが突然消えてしまう、ということがちょっと……寂しかったんだ。好きかどうかとか、程度はまた別の話で」
 この二日で言語化できた感情をつらつらと零す。通っていたわけではないけれど、街並みの中に当たり前にあった店が閉店することを知った時と感覚としては少し似ている。変化を受け止めきれずに駄々をこねている子供と同じだ。
 アキラの述懐に対し悠真はしばらく黙ったあと、合点がいった様子で静かに息を吐き、口元に笑みを作った。
「昨日までそこにあったものが不意になくなるってのは、僕にも……覚えがある、かな」
 何かを思い出すように遠い目をする悠真を見て、アキラは内心で慌てながらも平静を装って言葉を続ける。
「君のそれは恐らく、僕のゲームなんかよりも重いものだろう?」
「程度の差は別の話じゃないの?」
「それは……っ、そう、言ったけれど」
「じゃあ感情としては同じだよ。だからアキラくん、安心してよ」
「何をだい?」
 とんとんと話を進められて、言い訳を封じられたアキラは眉をしかめながら先を促す。すると悠真はにぃっと不敵に笑い、自分の胸に手を当てた。
「僕のあんたへの愛情は一生ものだよ。サービス終了なんてことにはならないからさ」
 胸を張る悠真に返す言葉を失って、その顔をまじまじと見てしまう。
 ――彼の言う「一生」は、果たしてどちらのものなのか。
 考えて、どちらでもいいか、と思い直す。彼が一生をかけてアキラに愛情を注いでくれることも、自分が一生彼という存在を抱えて生きていくことも、間違いではない。彼と恋人になった時点で、その問題は自己解決を得たあとだ。
「君のそれ、サービスだったのか」
……言ってからちょっと語弊があるな、という気持ちになって反省してます。もしかしてあんたに傷がついて返金対象かも? あっ、その補償ならできるからやっぱり安心して!」
 勢い込んで宣言する悠真に若干引きつつ、アキラは苦笑で返す。
「悠真なら本当にしかねないんだよな……でも、傷にはならないよ。傷痕にはなるかもしれないけれど」
「そう? ……じゃあ大丈夫かな。痛まないなら、僕の残すものがあんたの足を止めることはないだろうしね」
 さらりとそんなことを言う相手に、もはや返す言葉もない。まったく、と呆れたように何度目かの息を吐いた頃には、感傷も、ほんの少し感じていた寂しさも、どこかに消え失せてしまった。
 おもむろに立ち上がったかと思うと、悠真は「そんなことより、何か見ない?」と独りごちて勝手にアキラの部屋の棚を漁り始める。アキラも倣うように立ち上がると彼の手を止め、首を傾げる悠真の横で棚から一本のビデオテープを抜き取った。
『私たちのあるべき姿』――アキラにとって、何物にも代えがたいドキュメンタリー映画だ。長すぎる映画としても評判の映画のパッケージを見た悠真は、驚いたように目を見開いた。
「それ見るの? 長いから僕と見るのはちょっと、って遠慮してなかったっけ」
「なんとなく、今、君と見たくなった」
 このタイミングでの思いつきではあるが、アキラとしては前から願っていたことだ。自分にとって一番の思い出の映画を悠真と共有したい――彼がそれを気に入っても、気に入らなくても構わない。一緒に見てただ話がしたい。それだけだ。
「そう? 僕は別にいいけど」
「ふふ。僕の肩で寝てもいいよ、悠真」
「そのお誘いは捨て難いけど……オッケー、そこまで言われたら、寝ずに全部見るというミッションをこなさないとね」
 恐らく眠気覚ましのつもりだろう、「コーヒー買ってくる!」と言い残して飛び出して行った悠真の背中を見送って、アキラはビデオテープをデッキに吸い込ませる。あとは再生ボタンを押すだけの状態でソファに腰掛け、目を閉じて彼の帰りを待つ。
 こうして彼を待つ時間も、彼と映画を鑑賞する時間も、睡魔に負けて眠る彼を見る時間も、アキラにとってはかけがえのない日常の断片だ。いつか失われるとしても、重ねる月日は悪いものではなく、己の心に残る大事なものだ。
 寂しさはあれど、落ち込む必要はない。それを彼が教えてくれた。先ほどまであったはずのしこりがすっかり心の底から消えているのを感じて、アキラは小さく笑みを零した。