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2026-03-01 23:31:26
1672文字
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ヨシと褪せ人SS

とりとめもないやりとり。ボックも少し。

「参りました」
 翼のある鎧を着た女が頭を下げる。ヨシの主、褪せ人である。
 試合を求められ剣を交えた。術や道具を使用しない、純粋な剣技の試合である。
 数刻前に主に請われ、特に断る理由もなかったので受けた試合だ。
 結果はヨシの圧勝となった。
 主は以前ヨシの師であったオンジに勝利している。しかし剣の腕はというとヨシの方が勝っていたようだ。
 強さとは何も剣術のみを指すのではない。主はあらゆる手段をもってオンジに勝利したのだ。そのことについて特に何事か言うつもりもない。

「ヨシくんの剣は、もうきっとオンジを超えているよ」
 主の声にヨシは否と答えた。己は未だかつて師との立ち合いで勝利を得たことがない。その前に自分自身が死んだのだ。その時点でヨシの中の時間は止まっているし、師を超えられることは永遠にないのだと思っている。
 いや絶対オンジより強いって、と言いながら主はやや不服そうにしている。
「じゃあヨシくん、私の師匠になってよ」
 何が「じゃあ」なのか。
 ヨシは再び首を横に振った。師と呼ばれる器ではないし、また弟子をとることにも未だ興味はない。ヨシにとって意義のあることとは己の剣を磨くことただそれだけなのだ。
 同時に、なぜオンジが自分を弟子にしたのかを改めて考える。

「ボックは私とヨシくんのどっちを応援した?」
 主が少し離れたところで見ていた針子の青年に声をかける。名をボックという。
 主にどこぞの浜辺で命を助けられて以来付き従っているのだそうだ。ヨシとはいつの間にか友と呼べる間柄になっていた。
「えっ?オイラですか?それは我が王……えっと、いや、ヨシ殿……じゃなくて、我が王を……
 生真面目で嘘のつけない男である。どちらを応援するか迷っていたのであるしどうするべきか答えが出せないのだろう。
 主も悪気があるのではないが調子の良い人間である。彼が困るのを分かってからかっているのだ。
 ヨシは短い発声で主をたしなめる。
 悪ふざけもほどほどにしろ。
 ヨシにはヒト族の使う言語は扱えない。主もまたヨシたちの言語は分からない。だがどういうわけか意思疎通ができる。それはヨシが主に従う霊体として呼ばれたからかもしれない。
「ごめんごめん。そんなこと訊かれてもボックも困るよね」
 主がそう言うと、ボックは目に見えて安堵した。
「そうですよ、オイラにとって我が王は一番大事です。でもヨシ殿も大切な友達です」
 気弱な男が珍しくはっきりと言い切ったのでヨシは意外に思った。
 主が、「そうだね、でも、」と言いながら腰をかがめボックを正面から見据える。
「ボックが本当にどちらかを選ばないといけないときは、ボックのやりたいようにするんだよ」 
 いつになく真面目な顔で告げた。
 おかしなことを言うものだと思っていたが、それに反してボックも神妙な顔をしている。
「だったら、オイラは絶対に我が王を選びます。ヨシ殿もオイラが考えて決めたことなら納得してくれるはずです」
 買いかぶりすぎだとは思ったが異論はなかった。他者の意志は他者の意志にすぎないし、ボックがどのように行動しようと自分には無関係なのだ。
 またヨシ自身も主がどのような道を進むかについては興味がなかった。自分はひたすら剣を、技を磨ければ良いのだ。ボックが思うほどの善人ではない。
 ヨシは主に向き直る。
”主よ、案ずるな。己はお前の選択に従う。今の己はお前の剣にすぎない。好きに振るえ。
 お前が道に迷うことがあればそのときは”
 己がお前を斬ろう。
 そう伝えると主はやや驚いた顔をしたがやがて柔らかな笑みを浮かべ、「ヨシくんは優しいね」とだけ言った。
 主の真意は測りかねたが、いずれ主が死ねば付随する自分も消えるだけである。剣を振れないのであればどれほどふたたび、みたびと生を与えられたところで意味はない。ただそれだけのことだった。
 傍らで慌てふためく針子の青年を横目に見て、これを斬るのは少しためらうのかもしれない、とヨシは思った。