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2026-03-01 23:16:11
3390文字
Public movie100
 

011:純情無敵

映画タイトル100題からおかりしました。
お付き合い前の拳コユ。

 弟達──特に末弟のトオルが、ゼロから百までケンの庇護を受けずにやっていけるようになると、ケンはだいぶ時間を持て余すようになった。とはいえ生きていくためには金がいる。日銭を稼ぎ野球拳に勤しみ、敵にもならない退治人達を揶揄う。暇つぶしは酒とタバコに、身を持ち崩さない程度のギャンブル。それから、女だ。
 ただ引っ掛けて遊ぶだけではなく住処の確保を兼ねていたが故それなりに死活問題ではあったのだが、ケンは害にならない女を選ぶのが上手かった。  
 飲み屋に入り、女一人、もしくは女だけのグループの近くに座って巧妙に会話に混ざる。特に孤独を抱えていそうな一人客の女が良い。するすると話を引き出し共感と傾聴の姿勢を作れば、大抵の女はケンに心を許してくれる。街中で声をかけるよりもずっと確実で簡単な方法だ。
 一晩の縁を繋げばまずは良し、細い糸を何本かキープしておけば、あとはくじを引くだけ。引いてアタリの出た女の家に上がり込み、優しく声をかけて抱いてやって、いってきな、とおかえりを徹底すれば簡単だ。短くて数日、長くて数年の住処を手に入れられる。放浪生活の中で培われた、棺桶を欲さずどこでも眠ることができる性分もこの生活に合っていた。
 どんな女でも、月日が経つと必ずケンをそばに置いておきたがる。都合の良い男として扱うならば数年いてやることもあったが、問題は『本気になった女』だ。愛している、結婚しようなんて言われた日には、応と答えて肌を吸いつつ切り時か、と思うものだった。
 お暇する方法は様々ある。タバコ買いに行ってくるわと出てそのまま消えるも良し、女が眠っている間にトンズラするも良し。ケンが選ぶのはそれで察する、理解が早く都合が良い女ばかりだった。
 特に弟たちと自分を天秤にかける恥知らずな女たちには辟易した。横に並べて考えられると思っていること自体が烏滸がましい。どんなに手を離れても、ケンの中にある優先順位の一等は弟たちだ。大切に守り、曇り一つ許さず慈しんできた美しい玉。それらに比べれば女どもは路傍の石以下である。
 そんな女に当たった時は時折刃傷沙汰になることもあったがご愛嬌。その度に弟に烈火の如く叱られたが、女の記憶さえ消して仕舞えば後はどうとでもなった。
 女は好きだ。女たちと遊ぶのは楽しい。けれど、弟たちと並べて考えられるような存在ではない。
 それは、今ケンに思いを伝えてきた純な退治人娘とて同じだ。ランキングはこの先千年万年変わらない。変えるつもりもない。

 故に、ケンは女を一人に定めて生きて行くつもりはこれっぽっちもなかった。



「な? 俺はお前を一等大事にはできねえんだよ」
〝はあ……
「俺のいちばん大事なモンは弟たちだからさぁ。わかってくれる?」
 ポカンとするコユキに、そらみたことかと苦笑してグラスを傾けた。
 ケンは今ほど、目の前で呆けているコユキから何度目かの告白を受けた。単なる女なら受け入れてもよかったが、運が悪いことにこの女は退治人であり、現在ケンが居を構える街、新横浜のハンターズギルドの看板娘であり、どんな食べ物もインフルエンザウイルスの如き何かに変える亜空間クッキングの使い手でもある。最後の一つに関してはコントロールができていないので使い手という言い方は語弊があるかもしれない。
 とにかく、ケンが愛する『新横浜での平穏な暮らし』にとって、コユキからの恋慕は毒でしかなかった。今後もこの町で面白おかしく生きてゆく為にも穏便にお断りしなくてはならない。だからこそ、己の考えを、生き方を詳らかに説いた。
 これはケンにとってある種の切り札だった。
「だからよ、俺みたいな欠陥物件はやめとけって言ったのよ。なぁお嬢ちゃん」
 パチンと手を打って話を締める。コユキはカウンターの中、目をぱちくりしている。グラスをまた口へ運んだ。氷が溶けてだいぶ薄くなった酒を舐める。ここまで言えばこの娘も諦めがつくだろう。
 お勘定頼むね、と立ち上がり、伝票に書かれた金額きっかりの金をカウンターに置く。コユキはありがとうございますと判で押したような返事をして金を回収した。
 これで今後、コユキがケンのことを好きだなんて戯言を言うことはないだろう。野球拳と引き換えのお料理教室は続けてやっても良いが、ケンの望む『理解も都合も良い女』になるには遠い。肉付きの良い体つきも、幼いつくりの顔も好みの部類ではあるが、恐ろしい父親のことを考えると手を出すのはやめた方が良いだろう。
 ほんじゃあね〜と笑って店のドアに手をかけたところで、コユキがポン、と手を打った。
〝おじさん、あの〟
「ん〜?」
 諦めの悪い娘だ。小さくため息をついた。きっと可愛い顔は落胆と軽蔑に染まっているだろう。なんて宥めて出て行こうか。泣かせるのは具合が悪いし。そう思い、わざと影のある顔を作って振り向く──が。
「ん……?」

 娘はどんぐり色の目をキラキラさせて、至極楽しそうにケンを見つめている。おや? と無い片眉を上げた。カウンターから出て、トテトテと可愛らしい足音を立てながら近づいてくる娘を見下ろす。
〝えと、つまりは弟さんと並びたとうと思わなければ〟
……ん?」
〝あなたを好きでいること自体は自由ってことですよね?〟
…………うん?」
〝だから、そういうことですよね?〟
「ん? ンン?」
 念押ししてくる娘に首を傾げる。そうだったっけ。そんな話の流れだっけ。そんなつもりで話したんだっけ俺。
 頭の中で先ほどの自分の弁舌を反芻するが、そんな流れになった記憶はない。いや、ハッキリと言ったわけでもないが、あくまでもケンは自分はやめておきなさい、ということを論理的に、かつ一般論として伝えたつもりである。一夜限りの女は数知れず、取っ替え引っ替えして催眠かけてトンズラしているような男、どう見てもやめておいたほうがいいだろうに。
〝よかった! 望みがないわけじゃないですね!〟
 しかしてこの娘は、ちょっと違う方向で今の話を受け取ったらしい。なんでそーなる? と困惑していると、娘は頬を赤らめ目尻を下げて笑った。なんとも可愛らしい、女というよりは女の子といった表情で。
〝またご連絡します! 次はもっと美味しいお料理つくりますね!〟
「エッアッ、うん? そういう話だっけ?」
〝そういう話ですよね?〟
「そ……うか? うん?」
〝はい! そうです!〟
「そー……なのぉ……
〝はい! ありがとうございます!〟
 またのお越しを、と笑顔で手を振られる。つられて手を振りかえし、店を出た。
 カンカラ下駄を鳴らして数歩。そうだっけ……? と顎に手を当てつつ店の前の歩行者信号を待つ。ブルリと振動を感じ、懐に手を入れてスマートフォンを取り出した。新着メッセージの通知をタップする。次のお料理教室のアポイント伺いのメッセージだった。差出人は先ほどお断りを伝えたはずの娘である。
……ンン……?」
 さてどう返すかと思案する。あの調子だとケンの思惑は何一つ伝わっていない。このままではなし崩しにコユキのアプローチを受け続けることになってしまう。若い女に秋波送られること自体悪い気はしない。が、とにかく相手が悪い。
 情けをかけずハッキリと言えばよかったかもなあ、と己の立ち回りの悪手を後悔するが時すでに遅し、立て続けに送られてきた『野球拳もしましょうね」』のメッセージに反射的にいつでもオッケー! と元気な返事を返していた。
「オワ、しまった」
 返してしまったものは仕方ない。すぐに既読がつき、スタンプが送られてきた。渋い顔でトークルームを閉じる。確定野球拳のお誘いを断るのは高等吸血鬼野球拳大好きのポリシーに反する。
…………なんとかなるだろ」
 気持ちに答えるつもりはない。所詮ハタチそこそこの人間の小娘。ケンが手玉に取れないはずもない。今まで磨いたテクニックを駆使すればなんてことはないだろう。
 面倒な思考を全て放り捨て、逃げるように直近繋いだ女の数人をピックアップする。いくつかメッセージを打ってすぐ、黒髪ショートヘアの女が含まれていることに気づいた。まだ既読はついていない。

 少し考え、苦い顔でその女宛のメッセージ送信を取り消した。