sentouryoku
2026-03-01 22:04:01
2639文字
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ニキビが出来た話

ボロアパートに住む貞カヲシンシリーズで、渚にニキビができた話です。

ひやりとした寒さが顔に触れて、思わず目を覚ました。
ふぅ、と大きく息を吸うと凍てついた空気が肺に満ちて、あぁそういや雪降るんだったかと夕方見たニュースが頭を過ぎった。
このオンボロも言っていいアパートは格安の代わりに夏は暑く冬は寒い。
隙間風なんて入りたい放題で、100円均一ですきまテープを買ってみたものの気休めにしかならなかった。何故ならこのアパートは雨風を凌げるだけの板で出来ているからだ。この部屋は2階だからまだ良いが、したに住むおじいさん曰く一階は底冷えが最悪だそうだ。
それでも今顔以外に寒さを感じないのは湯たんぽ代わりの渚がひっついているから、布団の中は割と温かい。
渚といえばそうだ、と僕はもぞもぞの体勢を変え、渚と向かい合うかたちに直した。

「あー⋯やっぱり」

僕に抱きついてぐーすか寝ている渚の顎下に出来た赤い出来物を、僕はちょんちょんと突いた。
「ご飯ってちゃんと取らないといけないんだな⋯」
2人とも大学の論文とバイトの繁忙期が重なり、アルバイト先のスーパーから貰える廃棄済の弁当をひたすら食っては4時間程寝てまた大学に行き⋯という生活をしてはや1週間以上。
不規則不摂生はしっかり身体に現れ、ついには渚の顎下には赤い出来物ーーーニキビがしっかり出来上がっていた。
2人で暮らす前は僕は実家暮らしだったし、渚はお手伝いさんの手作りが常備されていたからここまで出来合いのものを食べ続けたのは初めてだったせいで僕も渚も正直肌悩みというものは皆無だったから正直ここまでちゃんと肌荒れを起こす事にむしろ感心しているぐらいだ。
(母さん、渚のうちのお手伝いさん、本当にありがとう⋯。)
頭の中で柔和に微笑む2人に手を合わせ、僕は今後の対策を考える事にした。
このままだと寝起き低血圧の渚がニキビを髭ごと剃りかねないのだ。
渚は体毛は薄い方だけれど生えないわけじゃなく、毎日ちゃんもひげ剃りをしているだけだ。
ちなみにこの"身嗜み"はお爺さんからみっちり仕込まれたそうで、渚は苦虫を噛み潰したような顔で煩い爺さんの小言が頭に流れんだよ⋯ボヤいていた。
(ニキビ髭剃りで削ったら血出てくるよな⋯想像するだけで痛そうだ⋯)
渚が痛がる所は見たくない。軟膏が必要なんだろうか。それとも絆創膏だけでいいのか?
よし、と決心した僕は枕元に置いてあるスマホを手に取り、渚が起きないよう画面の明るさを最低限にして【ニキビ 対処法】を検索した。
(えーっと⋯〈ニキビができたら、絶対に触ったり潰したりせず、1日2回の優しい洗顔としっかりした保湿が基本です。〉なるほど⋯そうなんだ。保湿って何すればいいんだ?え?化粧水と乳液?そんなものうちにないぞ。〈髭剃りの際はニキビの所は避けましょうそのあとはバランスの取れた食事と十分な睡眠を心がけましょう〉ーーーうん、当たり前か。)
出来てしまったニキビはどうしようもないが、これから出来ない工夫は出来るだろう。
化粧水と乳液はアスカに分けてもらえないか聞いてみよう。
バイトも年明けで落ち着きそうだし、そろそろ自炊生活に戻れるはず。
僕はそのまま【ニキビ 対策 ご飯】を検索する。
(なになに⋯ビタミンとオメガ酸脂肪酸、亜鉛、食物繊維の多いご飯を心がけましょう⋯?何がどう入ってるんだ全然分かんないや)
アボカド、レバー、ナッツ類、ブロッコリー、キノコ、サツマイモ、青魚、大豆製品、ささみ、えごま油⋯。
沢山の項目が溢れていて、寝起きの頭じゃ決められない。
というか今の生活で準備できる食材は限られている気がする。

「めんどくさいな⋯鍋にしたい⋯」
「シンジくん鍋食べたいの?」
「うわ!」

腹に回っている渚の腕が急に強くなる。いつの間にか起きていたらしい。

「もう少し寝てろよ、疲れてるだろ」
「んーーーシンジくんともっと話していたい⋯」
「いつでも話せるだろ」
「いつでも話していたいんだって」

よくそういう言葉が思い浮かぶな。僕なら絶対出てこない。
思わず身体を巡る血が顔の中心に集まってきたのを感じて、隠れるように渚の胸に顔を押し当てた。
「馬鹿渚⋯」
「はいはい。で?シンジくん鍋食べたいの?」
「⋯ここ、ニキビ、出来てるだろ」
丁度頭上にある渚の顎に手を伸ばし、ぽつりと出来ているソレを痛まないように人差し指で軽く突いた。
「あれー?本当だ。初めて出来たかも」
「あ、おい!」
言われて初めて気が付いたらしい。人がせっかく痛まないよう指摘してやったのに渚は摘んでプチュっと潰してしまった。
「おーこうなるんだ。意外と簡単に潰れるんだね」
「ハァ全く⋯悪化しても知らないからな。」
「何事も経験ってね。それと鍋ってなんか関係あるの?」
「ニキビ出来たのは不摂生が祟ったんだと思う。だから落ち着いたし健康に良さそうなもの食べようかなって」
「うんいいね、シンジくんに賛成!鍋食べよう!」
「ぐえっ」
渚は息が止まりそうになるほど僕を抱きしめる。
苦しくて思わずカエルが潰れたような声が出てしまったのは僕のせいではない。
僕を羽交い締めにする男の腕を引きずり降ろし、居間に引っかかっている貰い物のカレンダーを確認した。
これは同棲する際に決めたルールで、カレンダーの日付部分をオレンジで囲っている場合は渚が、青で囲っているのは僕が飯当番とし、出来る限りやることになっている。そして今週はオレンジ色だった。
「明日安かったら鍋の材料頼む」
「3日分ぐらい?」
「あーー⋯1週間ぐらい、かな」
「長いね。まぁ楽だし良いか」
「スーパーだと白菜一玉300円だったよ」
「それって安いの?」
「分かんない。いつもの所と比べてきてよ」
「良いね。安い方で買おう」
「きのこも沢山買ってこいよ」
「僕しいたけ嫌い」
「好き嫌いするな」

悩み事は解決した。全身湯たんぽもある。夜はまだまだこれからだ。
「あれ?シンジくん?どうしたの?」
「ごめん、眠い⋯」
「あーはいはい。昨日も遅かったもんね。」

僕は布団を手繰り寄せる。
寝静まった夜の中、微睡むような静けさの中で、渚と僕の会話だけが全てで、今この世界には僕達しかいないみたいだった。
(⋯そうだったら良いな。でも、そうしたら鍋は食べられないか。それは嫌だ⋯)

「おやすみシンジくん」
「おやすみなぎさ⋯」

また明日、何でもない世界で会おう。