猫を膝に乗せて緩んだ表情をする由鶴、ラーメンを前にして満面の笑みを浮かべる由鶴、山盛りのドーナツとピースをしている由鶴。単体の写真だったり、自撮りのツーショットだったりといくつかパターンはあるものの、いずれも楽しそうにしている由鶴が写った写真が俺のスマホには保存されていた。
それは俺が撮ったものではなく、由鶴が自分で送ってきてるわけでもなく、その写真を撮ったやつから送られてきたものだった。一方的に無言で、時々は何をしているのか詳細を添えて。最初はどうして俺に送るのかと返信をしていたが適当なことを返されるだけだから、今はいちいち返信をすることはなくなった。由鶴の写真が送られてきて、俺はそれを確認して、それで終わり。
俺と由鶴が恋人関係にあることは特に公言しているわけではないが、ほとんどの社員が知っていることでもあった。由鶴は誰とでもうまく付き合っているしプライベートな時間に仲の良いやつらと出かけたりもする。話にあがればその時のことを聞くこともあるけれど、由鶴が自分の時間をどう使おうが好きにすればいいとも思うから、特に気にしたことはなかった。
環野から山盛りのランチプレートを食べる由鶴の写真が送られてきたのは就業時間の終わりかけ、陽が落ちて外が暗くなり始めた頃だった。今日は由鶴は一日事務所で仕事をしていて昼食も買ってきた弁当で済ませていたから、この写真は今日より前のものなのだろう。どうやってあの細い体にこの量の食事が入るのだろうと思いながら写真の中の由鶴を見つめていれば、カフェに繋がる扉が開き、環野がひょこっと顔を出した。
「逢、いたんだ。……由鶴は?」
「郵便物を出しに外に出ている。なにかあったのか」
「ううん、今日、一緒にごはん食べて帰ろって約束してたから、ちゃんと仕事終わりそうかなって見にきただけ。逢も行く?」
「……俺はまだ仕事がある」
「そっか。じゃあまた写真送ってあげるね」
「……環野」
「うん?」
「前にも聞いたと思うが、どうして由鶴の写真を俺に送ってくるんだ」
「……由鶴元気だよって、報告?」
「……由鶴が元気かどうかは、俺も把握している」
「あとは……怒らない?」
「は?」
「由鶴楽しそうだよって、自慢かも。ちょっと」
「……」
「写真あげるから、由鶴のことひとりじめしないでね。俺も由鶴のこと好きだから」
「……由鶴は誰のものでもない」
「休憩終わるから、もどる。由鶴に仕事頑張ってって言っておいて」
「……ああ」
「逢も仕事頑張って」
ばいばいと手を振って環野が戻っていったすぐ後に、事務所の入り口の扉が開いて由鶴が帰ってきた。
ただいま戻りました、と言う由鶴に環野のことを言いかけて、口をつぐむ。顔に出したつもりはないが、由鶴は「何かありましたか?」と不思議そうに首を傾げた。
「……なんでもない」
「……そうですか? それならいいんですけど、気になることがあったら言ってくださいね」
「……環野が」
「揺?」
「さっき顔を出しに来た。おまえの様子を見に」
「ああ、すれ違いになっちゃったんですね。どうしたんだろう、何か用事があったのかな」
「帰りに食事の約束をしているから、仕事がきちんと終わりそうか見にきたと言っていた」
「ああ……ふふ、楽しみにしてくれてるんだ」
「……由鶴」
「はい。あ、逢さんも一緒に行きますか?」
「……俺はまだ仕事がある」
「手伝いましょうか?」
「いい、おまえは仕事を終わらせてちゃんと食事を取れ。そうじゃなくて……写真を」
「写真?」
写真に写る由鶴はどれも楽しそうな笑顔を浮かべていた。俺は写真を撮ることも撮られることもあまり得意ではなく、俺が由鶴を撮った写真もほとんどない。今、目の前に由鶴がいることが全てで、写真に残してどうなるんだと思っていた。
「写真を、撮ってもいいか」
「え? ……俺を、ですか?」
「嫌ならいい」
「いえ、嫌とかでは、全然ないんですけど……逢さん、あんまり写真は撮らないから、珍しいな、と」
「……環野から、あとは綾戸や神家もか。おまえと一緒に出かけたり食事をしたりすると俺に写真を送ってくるやつらがいる」
「えっ!? な、なんで逢さんに……? 俺、変な顔してなかったかな……」
「楽しそうに笑ってた」
「そうですか……? えっと、それで、逢さんも写真を撮りたくなったということでしょうか……?」
「自慢をされて、……多少、ムカついたから、というのがキッカケではあるが」
きょとんとした由鶴の気を抜いた顔も、何かに気がついたように丸くなる瞳も、俺に近付いて頬に触れる大きな手と甘やかな微笑みも、心にきちんと残っている。写真に撮ったところで残らない体温も、全部。
「俺のことを見ている由鶴が、一番良い」
「光栄です。でもそれを写真に撮って、揺たちに自慢するんですか?」
「……しない。これは俺だけのものだろう」
「はい」
仕事中はしないと決めているのに、由鶴は俺にキスをした。ほんの数秒重なって離れたそれを追いかけた俺の目の前に、黒いレンズが現れる。由鶴がスマホを俺に向けていた。カシャッと鳴ったシャッター音に俺は眉を寄せた。
「おい」
「すみません、可愛い顔をしていたので、つい。誰にも見せませんよ」
「当たり前だ。今すぐ消せ」
「それはちょっと……」
「写真なんて、おまえも今まで全然撮らなかっただろう」
「逢さんがあまり好きそうではなかったので。それにあんまりうまくないんです。今のもちょっとブレちゃってる」
「じゃあなおさら、消せ」
「逢さんも、撮っていいですよ。俺があなたの前にいる時ならいつでも」
「……今後、検討する。今はその写真を」
「ふふ、消さないです。早く仕事終わらせないと、揺が来ちゃう」
撮っていいと言われたけれど、きっと俺はこれからも由鶴の写真をあまり撮らないだろう。見つめて目に焼き付けるだけで心が満たされて、写真に撮ろうなんて思い浮かばないから。
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