【スタゼノ】光に掴まる

スタゼノワンドロワンライ第243回お題「暗闇」「一筋の光」
軍隊に入って初めての休暇を、深夜ダイナーでゼノと過ごすスタンリーの話。

 ソースがあふれるチーズバーガーと山盛りのフライドポテト、それから肉がぎゅっと詰まったブリトーとこぼれそうなミルクシェイクが二つ。そんなものが二十四時間営業のダイナーのテーブルを支配する中、ゼノはぺちゃくちゃと最近夢中になっている研究について喋り続けた。俺はそれを聞きながらポテトをつまみ、ミルクシェイクにつけて口に放り込んだ。甘塩っぱい、昔から好きな味だ。
 きらびやかなネオンが光る店内には、人はほとんどいなかった。勉強の追い込みをしている大学生らしき男と、これも仕事の締め切りに追われているような女の文筆家(彼女はマネージャーに何度も連絡を取っていた)、そしてだらだらとした、味けないデートを終わらせることも出来ない俺達くらいしか、このダイナーにはいなかった。マスカラがはげたウェイトレスが疲れた顔をしてたまに大学生にコーヒーのお代わりを注ぎ、彼女は俺達の横を通り過ぎる時あくびをした。時計は十二時を過ぎたくらいだった。
 ゼノはよく喋った。離れ離れになっていた時間にあったこと全部を喋る勢いで、俺に向かって口を開いた。一方の俺はほとんど何も喋らなかった。空軍に入ってこれが初めての休暇だったから、ゼノみたいな一般人に話せることは、教官が鬼みたいに厳しく、鍛えていたはずの俺ですらなよなよしてるゲイ扱いをされて、叩きのめされてるってことくらいだった。俺は暗闇の中にいる気分だった。いや、死んででもそんなことは言わなかったんだけどさ。誰も助けてくれない、そんな暗闇の中に一人取り残された気分だったってことは、誰にも言えなかったんだけどさ。
「それでね、彼が言うことには僕の研究は無謀らしいんだが、想像力の衰えた局内の政治家には言われたくないと思っていて……
 チーズバーガーをかじり、ゼノはここにはいない上司に向かって、ぐちぐちと文句を言った。夢見たNASAに入った彼だったが、研究はあまり上手くいっていないらしい。大昔から天才は理解されにくいというが、それは本当だったようだ。
「聞いているかい、スタン。とにかくオリオン宇宙船とスペース・ランチ・システムは進めなくちゃならない。どれだけ予算が大きすぎるって議会の反発を受けてもだ。月は僕らの目標なんだ、絶対に僕は勝ってみせるよ」
 さっきから周りくどく言ってたのはその宇宙船とやらについてだったのか。新しい大統領によって却下された(それは三大ネットワークでもやっていた)、一度は死んだ有人深宇宙探査システムについてゼノは語っているのだ。もっとも、彼の喋る内容は専門的すぎて、それくらいしか俺には分からなかったが。
「スタン?」
 俺が喋らないでいると、ゼノは怪訝そうに俺の名前を呼んだ。スタン――彼以外には使わせない愛称。それは彼を恋人として認めている証のようなものでもあった。訓練って暗闇の中で一筋の光を、憩いを探す時に、その声を探すみたいに、俺は彼の使う愛称を愛していた。
「どうしたんだい、スタン? 今日はほとんど喋らないね。訓練ってそんなにつらいのかい?」
 実力のある君なら何だって乗り越えられるだろう、そうゼノは言った。確かにそうなんだろう、と思いながら俺はミルクシェイクを飲む。甘くて、歯が溶けそうな味。軍隊じゃあ中々飲めない味。
「そうでもないぜ。教官は厳しいけどさ、あんたの訳分かんない話を聞かされるよりはマシだよ」
 いや、訓練はつらく、やめてしまいたいと思うこともあった。理由もない罵り、尊厳を徹底的に破壊し、組織の優秀な歯車として新たに生まれ変わらせる儀式。俺はずっとそんなものに浸かっていて、それはハイスクールにいた頃じゃあ、考えられないことだった。けどさ、それでもあんたにこうやって会えるだけで全部変わっちまうんだ。自分がどんな辱めを受けたこととかなんて、どうでも良くなっちまうんだ。あんたに会うと、これから先の輝かしい光しか見えなくなるんだ。あんたって、俺にとっちゃあ輝く神様みたいなもんだからさ。そんなことを言ったら、無神論者のあんたは笑うだろうし、信心深いお袋は顔をしかめるだろうけれども。
「おや、僕の話は退屈だったかな?」
 ゼノがいたずらっぽく笑う。俺はそれを聞いて、いや、違うんよ、と彼の膝に、自分の膝をくっつける。目元をマスカラで黒く染めたウェイトレスがコーヒーのお代わりを頼む大学生に近付き、俺達の横をのろのろと歩く。看板のネオンがぴかぴかと光り、それは俺達が座る席の窓に映って輝く。
「確かにあんたの言ってることは一ミリも分かんねぇ。その口にキスしてぇなって思うってだけ」
 俺が直裁に言うと、ゼノは少しばかり目を丸くして、そしてけらけらと笑った。俺達がゲイと分かったのか、ウェイトレスは少し驚いた顔をして、でも高いヒールを鳴らして去って行った。彼女にとっちゃあ、誰がゲイとか、誰が試験に追われてるとか、誰が締め切りに追われてるとか、そんなことはあの仕事の時給の安さに比べたらどうだっていいんだろう。
「ただキスしたいんよ。駄目? 場所を移す?」
 俺はまたフライドポテトをつまみ、ブリトーを包んでいるアルミホイルをいじった。するとゼノは笑って、そう、光みたいに、ネオンじゃない、本物の自然みたいな光みたいに笑って、こう言った。
「僕はやぶさかじゃないけど、君に目を付けてたウェイトレスは残念がるだろうね」
……もう俺達のことなんてバレてんよ」
 俺は軽いやり取りを笑って、ゼノの髪を撫でる。そして皆が視線を落とした時を狙い、彼の唇にキスをする。ゼノの口はチーズバーガーの塩っぱい味がして、けれどシェイクの甘い味もした。それにフライドポテトの味が混じって、俺達はジャンキーみたいだった。
 朝はまだ来ない。まだ、十二時を過ぎたばかりだから。このままここに何時間か居座ってもいいけど、久しぶりの故郷なんだからあんたを馬鹿みたいに抱いてもいいな。いつも使ってたモーテルの爺さんが引退して、娘が後を継いで、かび臭いベッドもマシになったらしいし、それを試すのもいいな。
「なぁ、ゼノ大先生はこれからどうしたい? そのオリオン宇宙船の講義を続ける?」
「おや、スタン。僕をそんなに薄情な恋人だと思っているのかい?」
 ゼノはそう言うと、チーズバーガーを丁寧にかじり、そして全て平らげると俺がブリトーを口に突っ込むのも待たず伝票を持って立ち上がった。くっ付いていた膝が離れたことは寂しかったが、キャッシャーに向かう彼の後をついて行くと、ゼノが何を考えているのか分かる気がした。多分、ゼノは俺に光をくれる。これからの訓練って闇に飲まれそうになった時に掴める、そんなものをくれる。それはただのファックかもしらねぇけどさ、俺にとっちゃあやっぱり光だったんだ。そう、ゼノがくれるものは、全部光だったんだ。
 ダイナーを守る料理人とウェイトレスに見送られながら、俺達はその二十四時間光り続ける小さな家を飛び出す。そして夜の中を走って、駆け回って、ただ恋人って光に掴まるのだ。日々の中では忘れられてしまう、かすかな、そんな光に掴まるのだ。


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