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織音
2026-03-01 17:13:30
9356文字
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いちばんしあわせなしにかた
手を結んで二人、波間に消えていく話。転生現パロ、本編の世界ではない何処か。指揮官にのみ記憶があるという設定です。受けのクソデカ感情が見たいだけ。(過去投稿したもののリライト)
⚠︎心中
ああ、自分勝手に引き摺り込んでしまったな、なんて目の前の景色を眺めながら思う。
暗いだけの夜半で黒い海が揺れている。数日前まで生きていた都市部からはかなり離れているはずなのに、曇った夜空では星の明かりなんて見えなくて。頼りなく灯された繊月の光のみがこの世界を照らす宵闇は、決して綺麗と言えるような夜ではなかった。
「ねぇ、後悔はしてない?こんなところまで来てしまったけれど」
たった一つの問いが潮騒に紛れて波間に還る。傍らの温もりは冷たい夜の潮風に触れても消えることはなく、ただ隣に在った。
「
……
今更聞きますか。それを問うなら、出発前だったのではないですか」
砂浜で僕の隣に腰を下ろした青年は
――
リーは呆れたように言う。そして静かにこちらの手に手を重ねて、潮風に溶け出していく体温を留めるようにやんわりと撫でた。
海水浴なんてシーズンではない、閑散とした秋の砂浜。しかも夜となれば当然そこに人間がいるはずもない。二人分の呼吸と引いては寄せる波音が繊月の光を反射して揺れる。
――
まるで、二人だけがこの世界から遠く隔絶されてしまったかのような、互いの手の届く場所に互いを幽閉してしまったかのような。もう互いという場所以外、行く場所も帰る場所もないというぼんやりと浮かんでいただけの事実が確かな輪郭を持って現実味を帯びていく。
「一応確認だけね。引き返すなら今だよってこと」
「僕が仕方なくこんなことについて行くようなように見えますか?
……
僕が選んで決めたことです、この選択を今更変えるつもりなんてありませんよ」
「そう、じゃあもう聞かないことにするよ」
「
……
わかっていて聞いているでしょう、僕が答えを変えないと」
「勿論。君はそういうひとだからね」
聞く前から答えなど、疾うにわかりきっていた。一度決めたことは簡単には変えない、誠実かつ真面目なのがリーという存在なのだ。僕は笑いながら手中の小さな機械を撫でる。
それはこの終の地に持ってきた唯一の物だった。大切なものも何もかも日常の中に捨て置いてきたのに、大して思い出もないこれだけは捨てることもできなかったガラクタ同然のラジオ。手首から提げたままだったそれの電源をつけてやれば、聞こえてきたのはやはり酷いノイズだった。
『
……
てのニュース
……
で
……
男性
……
が行方不明に
……
警察は
……
』
ノイズの隙間を縫うように、ラジオが懸命に伝えているのは誰かの行方不明のニュース。最近はニュースを見る余裕もなかったが、世の中ではそんなことが起こっていたのかなんて他人事のように思う。最期に聞くニュースにしては気分の良いものではないが、まあ悪くはない。この世界で呼吸がしづらいのは僕だけではない、そう感じられた気がしたから、だろうか。
「
……
変えましょうか」
ラジオに伸ばしかけたリーの手を制して、静かに首を振る。
「いや、いいよ。そのままで」
どうせここで聞いたことも、もうすぐ全部海に沈んで消えるのだから。そう思えば本来邪魔でしかないはずのノイズさえもどこか愛おしく感じた。リーはそっと手を下ろすと、やり場のない指先で砂を撫でる。
「これが僕たちの墓標になってしまいますね」
「そうだね。でも良いんじゃないかな。大層な墓なんかよりもずっと良い」
僕たちがこの世界に遺せるものなんて何一つなかった。全部置いてきてしまった、深海のように息のできない日常の中に。
だからこんな些細なもので良かった。ありふれていて、到底墓標だなんて呼べないガラクタ同然のラジオを撫でる。相変わらず流れる音声の半分以上が理解できないものと化しているが、僕たちには丁度良いだろう。
「
……
何故、海だったのですか?」
頼んだよ、とラジオを砂浜に投げ出す一部始終を黙って眺めていたリーはそんな問いを口にした。
その問いにはひとつの思いが透けて見えた。他に苦しまないで命を断つ方法だってあったのに、どうしてわざわざ溺死という苦しい死に方しかできない海に来たのか。そんな、問い。
「何故
……
か
……
何でだろうね。うまく説明できないんだけど、さ」
確かに苦しまないで死ねる方法なら意外とあるものだ。苦しまないまま、眠るように息を引き取る方法だってあるし、それができればきっとしあわせだろう。それでも
――
苦しまないで死ぬという選択を跳ね除けてでも、僕の中にある強い思い出が最期に向かう足を海に向かわせた。ただそれだけのことだった。
「
……
最期は海が良かった、それだけだよ」
「なんですか、それ」
「あはは、馬鹿みたいでしょ。理解できなくていいよ」
なんでもないように笑いながら、彼が理解できないことを密やかに願う。これはもう、僕一人だけの大切な記憶だ。僕以外誰一人として知らない、覚えていない嘘に成り下がってしまった大切な思い出。
「
……
君は、知らなくていいんだ」
たとえ、それがかつてこの思い出をくれた彼自身であったとしても。もう知る必要もないし、知る意味だってもう遠い過去に置き去りにしたままだ。この世界の何処を探したとしても、この世界には存在しないだろう。もし、これを彼が知ってくれたとしても、もうすぐ『最初からなかった』ことになってしまうのだから。
「さ、そろそろ行こうか。このまま此処にいたら死ねなくなりそうな気がする」
「死ねないなら、死ねないでも別に悪くはないのではないですか」
「確かに悪くないかもしれないね。どうする?死なないでこのまま遠くまで逃げてしまおうか?」
このまま、呼吸もできない現実からずっと。そう付け足せばリーは小さく笑う。そして数秒の思考の後にいいえ、と確かな否定を告げた。
「魅力的な案ですが、やはりやめておきましょうか。行く場所も、もうありませんからね」
――
ほら、行きますよ。
血色の良い白い手が差し伸べられる。この手を取ってしまえばもう冗談だよ、なんて言って後戻りすることなんてできないだろう。しかし、元を正せばこの死に引き摺り込んでしまったのは自分なのだ。こうやって相手に手を差し伸べ、相手に差し伸べられた手を取る。それ以外、僕にも彼にもできることはない。選択肢など、日常を捨てて逃げてきたあの日から疾うに存在などしていなかったのだから。
「
……
うん、行こうか。あの波止場でいいかな」
僕の人差し指が指し示した先を見て、リーはええ、と相槌を返す。
容易に離れてしまわないように強くリーの手を握った。この砂浜に遺した足跡は、風と波とできっと数時間後には跡形もなく消えてしまうだろう。『此処に僕たちがいたこと』さえ嘘に成り果ててしまうかもしれない。それで良かった。
……
詳しく心境を説明したところで、理解なんてされないのだから。
しばらく他愛のない話をした。数日前まで二人で住んでいた、空っぽの部屋にもういらないと置き去ってきた日常の続きのように。明日が当然のように続く人達のように。
「もしさ、これが失敗してしまったら
……
もっと遠くまで逃げようか」
何処に行っても、きっと何も変わらないのに。ただ現実からの逃げていく時間が増えるだけ。
「ええ、そうですね。
……
貴方がいるのなら、何処まででも」
じゃあ何処に行こうか、なんて言葉を伝おうとしたが声にはならなかった。ただ空気を震わせて、言葉という形を失い本能で紡がれる呼吸の一つに成り下がる。
「■■?」
呼ばれた名前にすらうまく返事ができない。いつも通りの返事は喉奥まで出かかっているのに、違う言葉に塗り潰されて伝うことができないまま。
「
――
ごめんね」
零れたそれは、ずっとその人間が抱えていた言葉だった。誰に伝うこともなく、ただその人間の中で肥大化して消えないまま、今日まで抱え続けた想い。
「
……
どうして、謝るんですか」
どうして。その問いに、今の彼にどう返せば良いのかわからなくなって目を逸らした。呼吸の音を一際大きい潮騒が掻き消した。夜風に髪が揺れ、遮られて目の前の景色が遠くなる。それが人間の中で厳重に眠らせて誰にも語ることもなく潰え、誰も知らないままで朽ち果てるはずだった悔いを心の表面に浮かび上がらせた。
「僕一人だけ勝手に死ねば良かったのに、君まで巻き込んだ」
「ですから、それは僕が選んだことです。貴方がそれを気に病む必要はないと何度もお伝えしているはずです」
「
……
わかってるんだ、君がただの同情や哀れみでこの道を選んだわけじゃないことくらい」
そう、ちゃんと分かっているのだ。彼が彼自身の意思で、僕と一緒に波間に消えることを選んだことくらい、ちゃんと分かっている。
「それでもね、君が今すぐこの手を離してくれればいいなんて思ってるんだ。馬鹿みたいでしょう?君も一緒に全部捨ててくれたのに
……
そんなことしたとして、君が帰る場所もないまま彷徨い続けるだけなのに」
笑ってくれよ、と零した声には明確な自嘲の色が滲んでいた。
「貴方はどうして、そんなに死にたいのですか」
「
……
もう二度と会えない、一緒に死にたかった人のところに行きたいって言ったら?」
「
…………
」
「はは、酷い顔。
……
冗談だよ。本当は全部、終わらせたかった。
……
もう、呼吸することすら苦しいんだ」
おかしいでしょう、と上げた口角は酷く歪んでいるのだろう。
この世界は、僕にとって深海と大差ない。呼吸しようとした肺を押さえつける水圧にも似た何かのせいで、本能でしているはずの呼吸すらこんなにも苦しい。
『指揮官』
僕を呼ぶ時だけにする、柔らかいテノールが記憶の中で響いた。目の前の人間の姿が、いつか触れ合った最愛の幻影がノイズのようにブレて重なる。もう二度と触れられない最愛。リーは、僅かに口角を上げて頬を撫でる手を受け入れていた。
作り物の身体で何度だってこの身を抱き寄せてくれた。あの青と白の機械仕掛けの指先で離れてしまわないように優しく手を繋いでくれた。誰かに愛されることを諦めていた心にそうやって惜しみなく与えられる情が、僕であるための支えをくれた。
――
そして、緩やかに僕の頬を撫でて死んでいった。
温い循環液が頬を彩った。滴る雫が手の中に落ちる。その雫にはもう温度なんてなくて、先程まで存在していた温度全部が、嘘になってしまったみたいで。
世界はもう彼に在った温度を忘れてしまったのだと理解した瞬間、何かが壊れて体の芯から冷えていくような感覚がした。
受け止められなかった、受け入れられなかった。信じられなかった、信じたくなかった
……
失いたくなかった。リーが永遠を誓ってくれたのと同じように、人の身で生きられる最期の日まで、僕が死んでしまう日まで握った手を離さないようにするから
……
そう、約束した、のに。
結局指揮官として、自らの寿命を全うするまで生きてしまった。世界から忘れ去られ、無機質特有の冷たさで満たされた君の手を握ったまま、二度と誰のものにもなれないまま生きてしまったのだ。
この人のものになりたいと思えたのはリーだけだった。永遠を誓いたいのもリーだけだった。立場上叶わないことだったがこの胸の下で拍動する命を全て捧げたって構わないと思えるのも、殺されたって構わないと思えるのも、全てリーだけだった。それなのに、もう何も与えてはくれない、奪ってもくれない。繋いだ手を、握り返してもくれない。
『ねぇ、僕、は
…………
』
慟哭を理性が拒む。指揮官として理性的であらねばならないと強く縛り付けた頑強な理性はそんな時ですら泣くことを許してはくれなかった。
――
君と手を結んで死にたかった。
強く押さえつけて枷を掛けた、言えなかった自分勝手な願いが傷になって癒えないまま。この世界で記憶を持ったまま生まれ落ちた時から、ずっと心の奥で血を流したまま生きてきた。それが誰にも言えないまま肥大化して絡まった憂慮となり、いっそ切り離してしまおうとする度に酷く痛む。
それに耐えられなくて全部捨てようとした夜に、また君に出会ってしまった。
また差し伸ばされた手に触れてしまった。大切になってしまった。一緒に二度と戻らない時を、人間同士同じ時間を生きてしまった。愛して、しまった。それが幸せだった。もう一度君と手を繋いで、一緒に夜を越えてきた。それがどうしようもなく幸せで
――
酷く、苦しかった。
此処にいるのは確かにリーなのに、君は何も覚えていない。頬を撫でるその手の優しさが同じでも、僕が一緒に死にたかった『リー』はいない。
そして気付いた。この関係は僕の執着故に成り立っている関係だと。新生を歩むリーを自分勝手な愛情で縛り付け、リーの容姿をした人間に執着しているだけ。
だから何度手を離そうとして、何度君の前から姿を消しても、君はいつも見つけてしまう。君の瞳から身を隠そうとしても、君の世界から逃げ切ろうとしても、君を愛していた記憶が君の傍にいたいと存在する限り切り離すことのできない影のように僕を呪う。
君と生きていたい、君と生きていたくない、君と死にたい、一緒に死なないで、愛してる、愛さないで、見放して、此処にいて。幾つもの相反する感情が胸の奥から心を蝕んで、もうどれが本当に伝いたい言葉なのかわからなかった。
――
だから、全部終わらせてしまえばいいと思った。
『もうすぐ、さ、死のうと思う』
何種類もの薬と服用説明の紙に、溜まりに溜まった領収書。僕の精神を正常に保つために必要だった全部をゴミ箱に投げ捨てながらそう言った。
『
……
どうして』
『もう会いに来なくていいよ。今までありがとう』
どうして、そう問うリーの声に何も答えられないまま僕は一方的に別れを告げる。もう彼の顔を見る勇気も、僕にはない。
『もう僕のこと探さないでね。君の知らないところで死ぬから』
『っ、待ってください』
僕みたいなやつのことははやく忘れて、上手にしあわせになってね。そう伝おうとした言葉を遮られるように、僕を引き止める手は温かい。振りほどいてしまえばいいのに、何故かその手を振りほどけなくて。
『
……
死なないで、ってことなら残念だけど無理だよ』
『違います、ただ、僕は
……
』
僅かに荒げられた声が響いて、その先の言葉に詰まるように静寂が落ちる。青い視線が揺れるのを眺めていた。そして意を決したようにこちらを見つめる眼差しには、何処か諦念の色が含まれていた。
『
……
僕も、一緒にいってもいいですか』
だめだよ。理性はそう伝おうとしているのに、感情がそれを拒んだ。引き止められた手を繋いだまま、今日という日まで逃げて来てしまった。
僕のせいで、僕が拒まないせいで君が死ぬ。本当に生きていて欲しいと望んでいるならばその手を振り解いて僕だけが消えるべきだった。それなのに。結局、僕は我儘なだけなのだ。生きていてと願うくせに、共に終わってくれとも縋り願ってしまう。
「リー」
ようやく辿り着いた波止場の一番端で、僕は振り返った。リーを呼ぶこの瞬間だけ潮騒が遠い。
「
――
終わらせて」
本来断たれるはずだった互いに繋がれたままの螺旋を、最初から間違っていた全てを。他でもない君の手で正してくれないか。そして一緒に終わってくれ。それで全部、全部ちゃんとお終いにするからさ。
「それ以上、何も
……
望んだりしない、から」
そう告げた僕の顔は涙に歪んでしまっているだろう。無理に上げた口角が震えて、きっと上手く笑えていない。そんな顔を見られないように、少しだけ俯いて彼の視線から隠した。
「■■」
しかし、隠した表情は他でもないリーの手によって彼の目の前に晒される。涙を掬うようにあたたかな指先が眦を撫で、柔らかく触れ合った唇から互いの体温が溶け出しては夜風がそれを冷ましていく。
ただ、触れ合うだけ。それで終わるはずだった口付けは、どちらからともなく背に手を伸ばされた手によって終わりは引き延ばされていく。
互いの熱を分け合うように唇を重ねる、何度も、何度も交わした甘ったるいそれ。浅く、深く口腔内を掠めていく舌はこの数秒だけ、二人から甘やかな熱よりも胸を衝くような切なさを引き摺り出した。
わかっている。どうしたってこの心を理解されることなどないのだ、互いに深く深く触れたとしても。それでも触れ合っているたった一部が同じ温度でいられる一瞬を、どうにかまだ留めていたくて。夜風に冷まされてまたそれぞれの温度に戻ってしまうのを、どうにか一瞬でも長く遠ざけたくて。
重なる唇の隙間から乱れた呼吸が落ちて、それすら食べられるように飲み込まれて
――
ようやく触れ合っている肌の温度が同じになった頃、二人の胸部は大きく上下していた。
「
……
は
……
っ」
酸欠に喘いで、涙で視界が歪んで。目の前の景色が『此処ではない何処か』と錯覚しそうになる。
「
……
り、ぃ」
違う、ここは『あの砂浜』ではない。此処は、此処はコンステリアなんて綺麗な場所じゃない。今の僕は、『指揮官』なんて綺麗な人間じゃない。彼も、彼もあの頃の『リー』じゃない。
全部錯覚だ。全部現実じゃない。全部、全部嘘だ。確かめるように縋りついたリーの体から感じる温度が、これが現実だと語っていた。
「
……
貴方を
……
あいして、いました」
荒い呼吸と共に囁かれたのは、愛。感じた潮風の冷たさと反対に、終わりに近づいていく心には熱が灯っていく。
「
……
僕も、あいしてたよ」
答えるように、微笑んで。そっとリーの手が僕の手を包む。躊躇うように呼吸をした一秒後
――
耳元で風を切る音がした。その瞬間、視界も、聴覚も何もかもが歪んで、くぐもって。白い泡が通り抜けて、浮遊感が体を包む。
ようやく見えた世界はまだ歪んで、目の前の存在さえも正しく視認できない。水中では人間の眼も無力らしいが
――
唯一光だけは、鮮明に見える。繊月の光がゆらゆらと波間で揺れて、それだけが夜に沈んだ蒼海を照らす光だった。
これから落ちていく深海は何処までも冷暗としているのに、一切恐怖は無かった。水中は冷たくて、自分は異物でしかないはずのにまるで還るべき場所に還っていくような、無数の泡の一つになってしまったかのような言葉にできない安心感だけが心を満たしてほんの僅かな生存本能を押し退けていく。
崩れて、壊れていく僕たちを抱きしめた海水の中、夜を飲み込んでしまったかのような深海へ沈む。手を結んで共に向かうことはできても分かち合うことは決してできない苦しさに苛まれながら、死という永遠へ向かう僕たちを繋ぐものは断たれていく気がした。
それでも、リーは手を離そうとしなかった。執着にもよく似た強い情を滲ませながら、深海に落ちていく僕たちをなんとか繋ぎ止めようとして。
――
ああ、やっぱり。
そんな風に君に求められてしまったら、叶えてやりたくなってしまう。僕が抱く罪悪感や愛、感情全てを差し置いてでも、その手を握り返したくなってしまう。やはりどうしても、僕はリーに甘いのだと死に際に痛感してほとほと呆れ返る。
ただ、君のことをずっと、ずっとあいしていた。
そっと繋いだ手を柔らかく解き、二度と伝えられることのできなくなる言葉を伝えるようにそっと白い肌を撫でて。引き寄せた彼の唇に自分のそれを重ねる。
この体の終わりまで。君といられるのは、そこまで。大切なもの全部手放してこの体が死んだら、きっともう二度と出会うことはないだろう。
遂に呼吸を止めているのも限界になって、ごぽりと大きな水泡が生まれては水面へ向かう。手を離したまま、リーから離れていく。沈んでいく。何も、見えなくなる。
ああ、この死に方も、もう少し苦しいものかと思っていたが
……
体が壊れるよりも案外、穏やかに死んでいけるみたいだ。酸素が満たしていたはずの肺に液体が流れ込む。吐き出す暇もないままに次々と流れ込んで、水を吸い込んだ布のように体が重くなっていく。水中で歪んでいた視界も更に霞んで、数秒後には意味を為さなくなるのだろう。この全てを手放して深海に落ちるまでもう数分となかった。
――
ごめんなさい。
何度口にしたのかも、思ったのかも分からない言葉が脳裏を掠める。しかしその言葉の向く先はどこなのだろう。この死に引き摺り込んだことだろうか、自分勝手な愛を向けてしまったことだろうか、向けられた愛を享受してしまったことだろうか
――
それとも彼の手に触れてしまった始まりの瞬間?或いは、前世からの全て?
いや、間違いがどこだって構わない。これで繋がれたままの螺旋はきっと絶たれていく。ようやく、もうすぐ全部終わる。
君を死に引き摺り込んだ罰ならちゃんと受けるから。もう、君の隣を望んだりなんてしないから。だから、お願いします。かみさまなんて信じていないけれど
……
本当にそこにいるのならば、聞いているのならば。どうかこの願いを叶えてはくれませんか。
「次は、愛している君が
……
リーがちゃんと生きて、幸せでいてくれますように」
声に出来ない願いは終点と始点の狭間に溶けて、離した手は二度と交わらないまま冷暗の深海へ全てが落ちていく。さようなら。次の生はどうかリーに出会わないまま、君と繋がれた運命の螺旋の外で生きて、一人死んでいけますように。
それが、僕にとっていちばんしあわせな死に方なのだから。
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ある朝、陽光が照らした砂浜。夏よりも冷たい潮風が吹く閑散とした秋の砂浜。誰の足跡も、温度も何一つ存在しないそこに『誰か』がいたのだと、壊れかけのラジオが証明していた。
『
……
続いての
……
です
……
の海で
……
水死体が
……
されました
……
行方不明になっていた男性ふたり
……
警察は身元の確認
……
共に、事件性の有無を
……
』
『誰か』の行方不明のニュースをノイズ混じりに伝え続ける墓標だけが、あの夜の冷たさを覚えている。
――
愛執も罪も声も言葉も意思も、夜を呑んだ深海に何もかも置き去りにしたまま。青く、蒼く、碧い海は、光を反射して穏やかに揺らいでいる。
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