lilie_y0527
2026-03-01 16:11:35
3795文字
Public
 

天井からのSOS


R2-D2が、緊急信号を発した。発信源はネヴァロ。ディン・ジャリンのコードだ。
ルーク・スカイウォーカーは、それが友人からのものだと気づくと、背筋を正した。帝国残党の襲撃か、それとも新たなシスの脅威か。
……っ!!ルークか!!聞こえるかッ」
通信機から聞こえるディンの声は、かつてないほど憔悴している。背後で何かが激しく衝突する音と、グローグーの叫び声が響いている。
「ディン!? どうした、敵襲か?今すぐ向かう!」
「い、いや、敵じゃない。……いいから、早く来てくれ。俺だけでは、もう……どうにも……うわっ!」
通信はそこで途切れた。ルークはすぐさまXウィングを飛ばし、ハイパースペースを跳躍してネヴァロへと急行した。


ルークはディンたちの住まいに到着すると、ライトセーバーを掴み、勢いよく飛び込んだ。そしてその場で絶句した。目の前を一足のブーツが横切っていく。
……ディン?」
部屋の中は、まるで超小型な竜巻が通過した後のようだった。テーブルや椅子は天井付近で円を描いて回転し、食器は壁に張り付き、何かの袋が空中で弾けて粉を撒き散らしている。
「ルーク、こっちだ」
そして、その混沌の中心——。天井付近で、照明器具を掴んで必死に体を固定しているディンがいた。彼は重力に逆らってマントを翻しながら、力なく手を振った。
「独特なくつろぎ方だね。ディン」
「そんなわけあるか。グローグーが怖い夢を見ているらしい。あの子がうなされるたびに、この部屋のすべてが浮き上がる。……俺もだ」
ルークは一瞬、唖然としたが、すぐに事態を把握して笑みを堪えた。部屋の中央では、プラムの中でグローグーが眉間にしわを寄せてきゅうと苦しげな声を漏らしていた。彼が寝返りを打つたびに、部屋全体の重力がめちゃくちゃにかき乱される。
「これは……かなり強い力だ」
ルークはそう言いながら、自分も浮かび上がらないよう、フォースで地面に足を固定した。
「悪いんだが、降ろしてもらえるか」
「分かった、分かった。……ディン、君はそのまま彼に声をかけ続けてくれ。君の声が一番安心するだろう」
ルークはゆっくりとグローグーの枕元に歩み寄り、その小さな額にそっと指先を触れた。グローグーの心の中には、赤黒い炎と、雨と、かつてのジェダイ・テンプルでの悲しい記憶が渦巻いていた。幼い彼は、夢の中で再び『孤独』と戦っていたのだ。
……怖くないよ、グローグー。君はもう一人じゃない」
ルークは穏やかな光のようなフォースを送り込み、荒れ狂う夢を鎮めていく。同時に、天井のディンに合図を送った。
「ディン、今だ。彼を抱きしめて」
ディンは天井から手を離し、ゆっくりと泳ぐようにグローグーの元へ降下した。彼は大きな手で、震える小さな体を包み込む。
「グローグー。俺はここだ。……どこへも行かない」
銀色のヘルメットがグローグーの耳元に触れ、低い、安心させるような声が響く。その瞬間、部屋を舞っていた家具が一斉に床へと落下した。凄まじい音が響いたが、ディンは構わずにグローグーを抱きしめ続けた。
やがて、グローグーはぱちりと目を開けた。目の前に大好きなディンのヘルメットがあるのを見て、彼は安心したようにぷぅと息を吐き、ディンの胸に顔を埋めた。静まり返った室内で、ディンは床に座り込み、まだグローグーを腕の中に置いていた。周囲は割れた皿や散らばった粉類で散々だったが、二人の間には穏やかな空気が流れている。
……助かったよ、ルーク」
ディンは少し疲れたように息をついた。
「戦いならどうにかなるが、こういうのは……俺の手に負えない」
ルークは近くに落ちていた椅子をフォースで立たせ、そこに腰掛けた。
「彼にとって、フォースは感情そのものなんだ。特に怖い夢を見たときは、自分でも制御できなくなる。……でも、僕のフォースよりも、君の抱擁のほうがずっと効果的だったよ」
ルークは、散らかった部屋を見渡して悪戯っぽく微笑んだ。
「さて……この部屋の片付けも、フォースで手伝ったほうがいいかな?」
ディンはヘルメットをゆっくりと動かし、惨状を確認した。
……頼む。それこそが、今一番必要なジェダイの技だ」
二人は顔を見合わせ、声を上げて笑った。騒がしくて温かい午後のひとときだった。
「ふふ、子育ては銀河の戦争より過酷だね」
かつてないほど切実で、銀河一平和な緊急信号。ルークはこの親子に静かに守護のフォースを編んだ。


やがて二人は協力して部屋を片付けた。ルークがフォースで散らばった家具を元の位置に戻し、ディンが床に散らばった食器の破片や粉類を黙々と掃き集める。ようやく部屋が元の静寂を取り戻した頃、ディンはキッチンカウンターに手をつき、小さく息を吐いた。
「ルーク。……すまなかった」
ディンの声には、掟を重んじる彼らしい、堅苦しい響きがあった。
「咄嗟のことだったとはいえ、君を呼び出してしまった。君にはジェダイとしての重大な使命があるはずだ。それなのに、こんな……子供の悪夢の始末に、手を借りるなんて。冷静になって考えると、君の好意に甘えすぎたと反省している」
ディンにとって、ルークは「友人として敬意を払うべき存在」だ。だからこそ、些細な騒動に巻き込んでしまったことを申し訳なく感じてしまったのだ。
ルークは、ディンの言葉を聞いて少し意外そうに目を丸くした。そして、ふっと肩の力を抜いて笑った。
「謝罪なんて必要ないよ、ディン。むしろ、僕は嬉しいんだ」
「嬉しい……?」
ルークはディンの隣に立ち、リラックスした様子でカウンターに肘をつき、体を預けた。
「君が何かあった時に、真っ先に僕の顔を思い浮かべてくれたことが嬉しいんだよ。君はいつも一人で、どんな困難もベスカーのアーマーと自分の腕一本で跳ね返してきたんだろう?そんな君が、あの子のためにプライドを脇に置いて、僕を頼ってくれた」
ルークはディンのヘルメットを真っ直ぐに見つめ、一歩踏み込んだ言葉を選んだ。
「君は『甘えすぎた』と言うけれど、僕から見れば、誠実そのものだ。あの子を助けるためなら、たとえ格好悪くても、どんな手段でも使う。その必死で、繕わない強さを、僕は本当に素敵だと思う」

ルークはそう言うと、ディンの荒れた手に、自分の温かい手を重ねた。一度言葉を切り、少し照れくさそうに、でも確信を持って続けた。

「僕は、君のことが好きなんだ」

ディンはわずかに体を強張らせた。マンダロリアンの文化において、これほどストレートな好意をぶつけられることは稀だったからだ。
……スカイウォーカー、君は……
「ルーク、だよ。……ディン。不器用で、一生懸命で、あの子のためなら天井に張り付くことさえ厭わない、そんな君が。……僕は、君のそういうところがたまらなく愛おしいと思っているんだ」
ルークはディンの肩に顎を乗せるようにして、ヘルメットの側面に顔を寄せ、声を潜めた。
「だから、謝らないで。君が困ったとき、真っ先に僕を思い出してくれたことが、何よりも嬉しいんだから」
…………

ディンは、返すべき言葉を持っていなかった。天井に浮いていたときよりも、ずっと激しい浮遊感が彼を襲っていた。ルークの真っ直ぐすぎる称賛と、さらりと言ってのけた『好き』という言葉の重みに、心臓が爆発しそうだった。ディンはルークの真意がわからなかった。バイザーの奥で目が泳ぎ、顔は真っ赤に染まっていたが、ヘルメットがそれを隠していた。
ルークに優しく重ねられている手が、震える。この手をどうするべきかわからない。この男は自分たちと友人になりたいと言っていた。実際ディンは友人と思っている———

……今日は君の新しい一面が見られて、楽しかったな」
ルークは重ねた手をそっと引き戻し、何事もなかったかのように微笑んだ。そして軽やかに背を向けようとしたその時、ディンの手が空中でわずかに彷徨い、ルークの手首を掴んだ。
「待ってくれ」
ルークが驚いたように振り返る。ディンは絞り出すように言葉を続けた。
…………泊まっていけるか?」
ルークが何かを言おうとする前に、ディンはさらに言葉を重ねる。
「今日の礼に、飯でも食っていけ。……グローグーも、きっと喜ぶ」
それは、ディン・ジャリンという男ができる、精一杯だった。彼は己を誠実そのものと言ってくれた。ならば、ルークの言葉を理解しないまま、彼を一人で夜の銀河へ帰すわけにはいかない。この温かい光を放つジェダイを、もう少しだけこの部屋に留めておきたい。それは『友人』としての情なのか、感謝なのか。ディンにはまだ分からなかった。

ルークは、ディンの不器用な誘いに一瞬だけ目を見開き、やがて今日一番の、穏やかな笑みを浮かべた。

「ありがとう、ディン。喜んで」

すると、プラムの中からきゃあという小さな声が聞こえた。目を覚ましたグローグーが、ルークの気配に気付いたのだ。彼はプラムからぴょんと飛び降りるとトテトテと歩く。ルークを見つけると、大きな瞳を輝かせ、一直線に彼の腕に飛び込んだ。
「やあ、グローグー。よく眠れたかな?」
ルークはグローグーを抱き上げ、その小さな頭を撫でた。今日は一緒にご飯を食べよう。




ーおわりー