こばと
2026-03-01 15:33:35
2025文字
Public タキ書♀
 

口直し


タキはときどき冒険的な味の食べ物にチャレンジしてそうだし、それを書ちゃんにも食べさせて反応を楽しんでたらかわいいなと思います。
でも実際のところは、クランの考察が的を得ている気がします。



 予定していた講義と約束していた合成をすべて終え、レイが特別寮へと戻ってきたのは夕飯にはまだ少し早い時間だった。
 談話室のカウンターの端っこを陣取って来週提出のレポートを進めていると、トレジャーハンターの依頼でしばらくミーティアを留守にしていたタキが紙袋を抱えてひょっこりと顔を出した。
「あっ、タキ先輩! おかえりなさい!」
 数日ぶりのタキの姿に、レイは嬉しそうに顔を綻ばせる。
 旅に出るタキへ「いってらっしゃい」と「おかえりなさい」を一番に告げる存在は自分でありたい。そんなささやかな独占欲が満たされていくのを感じながら、レイはカウンターのスツールから降りると、タキの元へと駆け寄った。
「おう、ただいま! 何も変わりなかったか?」
「はい! 先輩も……うん、怪我はしてなさそうですね!」
 飼い主の帰りを待っていた子犬のような愛らしいレイの姿に、タキもまた頬を緩める。
 きっとレイはタキが旅先で無茶をしないか、心配で堪らないのだろう。これまでの行いを思えば、当然と言えば当然ではある。けれど今のタキにとって、レイの元へ無事に帰ってきて「おかえり」と「ただいま」を交わすこの瞬間以上に、大切なことはなかった。
 そんな風に自分を変えてしまった、小さくて大きな存在に目を細めながら、タキはレイの頭を撫でた。指通りのいい細い髪の毛の感触も、陽だまりのような匂いも、肌に触れ目に映るそのすべてが愛おしい。
「ははっ、レイのチェックはユージン並みに厳しいからなー」
「もう、またそんなこと言って! タキ先輩が無茶をしないでくれたら、私もユージン先輩も口うるさく言う必要はないんですからね!」
「わーかってるって! ほら、それよりコレやるよ」
 タキに撫でられてくしゃくしゃになった髪を手櫛で整えながら、レイは頬を膨らませている。そんな彼女の背を押してカウンターへ並んで座ったタキが、腕の中の紙袋を差し出して笑った。
「ん、何ですかこれ? 香ばしい匂い……
「ギザムルークの市場でおすすめされてさぁ、買ってきたんだ。レイも一個食べてみな」
……ドーナツ、にしては甘くない……スパイスの香り?」
 紙袋の中には、ころんと丸い拳サイズくらいの『ナニカ』がいくつか入っていた。一見すると丸いドーナツのようだが、ギザムルーク特有のスパイシーな匂いが鼻先をくすぐる。
 そっと一つ手に取ってみると、まだほんのりと温かい。齧りつくには少し大きかったので、半分に割ってみたレイの両手がぴたりと止まった。ただスパイシーなだけなら、まだよかった。半分に割った瞬間、中から甘酸っぱい匂いを放つジャムのようなペーストがどろりと流れ落ちてきて、辛いのと甘いのと酸っぱいのが、互いに力強く主張しながらレイの鼻腔を刺激する。
「え、何ですかこれ……なんかスパイスの匂い、でも甘酸っぱい……? これ、タキ先輩も食べたんですか? 大丈夫なやつです?」
「まぁいいから、食べてみろって!」
 安定を求めすぎるのも、確かに面白くないとは思う。冒険の果てに新しい味が生まれることだって、きっとあるだろう。けれど、それにしたってこの匂いは……あまりに奇を衒いすぎていないだろうか。
 そんな不安を抱えながら、ただにこやかに頷くだけのタキを訝しみつつも、レイは恐る恐る手にしたソレに口をつけた。
「〜〜っ!」
「あははっ、すげー顔」
……っ、うぅ〜〜っ……タキ先輩、ひどいっ!」
 案の定、レイの口内はエキセントリックな未知との遭遇に慄いている。それはまるで、尻尾を踏まれて毛を逆立てる猫のようだった。涙目で睨んでくるレイの姿にほんの少しの罪悪感を覚えるものの、素直すぎるその反応がかわいくて、ついつい揶揄いたくなってしまうのだ。
「わりぃ、わりぃ。レイ、ほら口直し、な?」
「ん? んむ……っ!」
 ポカポカと隣に座る自分の肩を叩く小さな手を捕まえて、タキは恨み節を言い募るくちびるを塞いだ。差し込んだ舌が拾った味覚は、何とも言えない味わいで。
 それでも、市場で味見したときの数倍美味しく感じたのは、きっとレイのおかげなのだろう。
「ははっ、やっぱり変な味だよなこれ」
「なっ! わかってて食べさせないでくださいよっ!」
「はははっ。だってレイがどんな顔するか、見たかったんだよ」
「もうっ! もう! サイテー!」
「ごめんって! ほら、もう一回口直しするか?」
「うぅ〜〜……するっ!」
 悔しそうにしながらも甘い提案にまんまと乗ってしまうレイと、嬉しそうにもう一度くちづけるタキの姿。
 その一部始終をこっそり眺めていたオウランの面々は、にこやかに、ほんの少し呆れながらも、平和な午後のひとときを実感していた。

(おやおや……
(わお、仲良しさんだね!)
(あれって、口直しを口実にタキがキスしたいだけなんじゃないかな……
……はぁ。よそでやってくれ……