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ぬす
2026-03-01 15:27:41
3864文字
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柔らかな手
サンポを可愛がる話
無性に何かを甘やかしたい。
いや、正確に本音を言うなら犬がいい。
犬を甘やかしたい。だが私は犬を飼っていないし、身近に都合の良く触らせてくれるような犬はいない。
こうなったら何でもいい。人でも蛇でも何でもこい。
そんな気分で部屋で一人ココアを飲んで過ごしていると、玄関のチャイムが鳴った。
誰だろう。できればかわいい犬がいい。
そう思って扉を開けると、そこには青髪の犯罪者がいた。
「匿ってくださぁい」
「あー
…………
」
サンポ・コースキ。
そして、遠くから聞こえるシルバーメインの怒号。
全てを察して、閉めようとした扉を足で止められる。
「ちょっと、シルバーメイン呼ぶよ」
「ああ!やめてください、もうお姉さんしか頼れる人がいないんです!」
「今度は何やったの?」
「今回ばかりは本当に冤罪なんです!」
わざとらしい涙目で媚びた態度を取るその男に呆れながら、少し悩んで家の中に招き入れる。
冤罪というのも疑わしい話だが、この男には何度か助けられた借りがある。
しつこいナンパ男を追い払ってくれたり、酔い潰れた後送ってもらったり
――
犯罪者を匿う、という罪の重さには釣り合わないかもしれないが、世話になっている分邪険にはできないでいた。
「見つかったら、騙されたってことにするからね」
「僕がいつ人を騙したって言うんですか」
「いつも」
お邪魔します、と家の中に足を踏み入れたサンポをソファまで案内する。
飲みかけのココアが目に入って、一人だけ飲むのも居心地の悪さを感じるなともう一人分のココアを作って彼に差し出した。
「マシュマロ入りですか。至れり尽くせりですね」
「中にチョコ入ってるよ」
「はは、あなたらしい!」
「どういう意味?」
「深い意味はありませんよぉ」
嘘だ。今のは絶対に私のことを揶揄った発言だ。
いちいち怒るのも馬鹿らしいとそれ以上追求するのはやめて、自分のココアに口をつける。
ほっとする甘さに満たされて、今なら彼にも優しくできるかもしれない。
「で、何やったの?」
「ですから、冤罪なんです!彼ら、僕が作った古代遺物を偽物なんて言うんですから!」
「偽物だねそれは。次シルバーメインが家の前を通ったら報告するから」
「ああ!やめてください!」
やっぱり匿うんじゃなかったな。
さっさとこの場所を諦めて逃げ出すかと思ったが、意外にも悠々とココアを飲み続けている彼の姿に溜め息をつく。
この男、なんだかんだ言って私なら通報しないと踏んでいるのだ。
「お疲れの様子ですね」
「あなたのせいでね」
「おや!でしたらこのサンポ、あなたを癒すために尽くすとしましょう」
「はぁ
……
?」
にこにこと手を揉みながら身体を寄せるサンポ。
だがしかし、今私は非常に困っている。頼れるのなら頼りたい。
いや、こんな欲求のためにサンポを野放しにして良いのだろうか?
良いわけがない。しかし、それでも
……
。と思い悩んで、ぽそりと一言言葉が漏れる。
「
……
犬」
「いぬ?」
「犬を、触りたい。甘やかしたい
……
」
頭を抱えて欲望を素直に吐き出す。
そう。私は今、犬を甘やかしたくて仕方がない。
落ち着こう。サンポがこの欲望を叶えられないのであれば通報すれば良いだけのこと!
そう決めて、サンポの様子を伺う。
彼の交友関係の広さを考えれば、犬を飼っている知り合いがいるかもしれない
――
そんな期待を込めて。
「うーん、困りましたね。サンポに犬の友人はいません」
「じゃあ通報で」
「ちょっと待ってくださぁい!考えますから!」
顎に手を当てて考えて、思いついたように手を合わせる。
犬の知り合いに心当たりがあったのだろうか?
それとも犬を触れる店があるとか?
「このサンポを甘やかすというのはどうでしょう!」
――
はぁ?
失望と怒りを覚えて彼を睨みつける。
何を思って自分が犬の代わりになると差し出したのか。
ふわふわの被毛もないし、ぷにぷにの肉球もない。
おやつに目を輝かせて興奮もしない。仰向けになってお腹を触らせたり
――
はちょっとするかもしれない。
「どうでしょう?このサンポを好きに可愛がっていいんですよ!」
断ろうとして、でも少しだけ心惹かれてしまって。
とにかく、無性に何かを甘やかしたい。
理想は犬だ。それは変わらない。だけど、この際良い気分になれるなら人でもいいかもしれない。
こんな大男をどうやって甘やかそう?戸惑いながらも、そっと頭を撫でてみる。
「お姉さん?」
「うーん
……
」
やはり人毛の感触だ。犬のそれとは違う。
乗っかってはみたもののふわふわの犬をもふもふと触りたい欲求は満たされないだろう。
馬鹿なことはやめようか。
そう離した手をサンポが名残惜しそうに見つめる。
「やめちゃうんですか?」
「
……
うーん
……
!」
その表情が、捨てられた仔犬のように見えてしまって。
いや、おそらく表情は作ったものだ。その潤んだ目も。
だけど不覚にも、可愛らしいと思ってしまった自分がいて。
もう一度頭に手を伸ばして、よしよしと子供を褒めるように撫でる。たまに耳の横にも触れて、親愛を示すように。
「くすぐったいですよぉ、ふふ」
「サンポってもしかして可愛い
……
?」
「お気付きになられましたか」
演技であると分かっていても、嬉しそうに目を細める姿が愛らしくて仕方がない。
いけない、彼は今逃亡中の犯罪者なのに。
ああ、それなら捕まえておかないといけないのでは?なんて心の中でふざけて、その身体をぎゅっと抱きしめる。
厚い胸板に頭を預けて、背中に手を伸ばして、またそこを撫でて。
「お、お姉さん?随分と大胆ですね?」
「サンポなら気にしないと思って」
「気にしますよ!ああ、僕はいつもお姉さんのことを考えて夜も眠れないというのに!」
「はは、嘘くさい」
本当ですよぉ、なんてまた調子のいいことを言うサンポのあたたかさを堪能して、優しく手を握る。
手袋越しに触れる彼の手はやはり男の人のものでゴツゴツとしていて、それでいて手のひらには少し柔らかいところもあってまるで肉球のようだと感触を楽しむ。
「犬とは違うけど、これはこれでいいかも」
「ご満足いただけたようで何よりです」
「まだ満足してない。吸っていい?」
「ええ?まあいいでしょう、どうぞご自由に」
胸に顔を埋めて、すぅと息をする。
体臭の薄い男は清潔感があって素晴らしいが、こういう時だけはサンポの匂いのなさを恨む。
ダメだ、嗅覚は満足感がない。なんなら、私のヘアオイルの匂いがする。
「んー
……
」
「恥ずかしいですよぉ」
「今更じゃない?」
抱きしめるのをやめて、今度は太腿の上にサンポの頭を転がす。
上から覗き込んだサンポの顔がおかしくて、笑いが溢れた。
犬を愛でるように顎の下や首元をすりすりと撫でてやって、胸元やお腹に手を伸ばしてわしゃわしゃと掻いてみる。
勿論、犬のように喜んだりはしない。彼は人間だ。媚を売ることはあっても、心までは犬ではない。
だけど、困ったように眉を下げたりはにかんでみたりと、そんな反応がなんだかとても可愛らしいのだ。
「あはは、可愛いわんちゃん!」
「わんわんっ!なーんて
……
」
喜んだ大型犬のように彼が飛びついてくる。
その重みで身体のバランスを崩されて、ソファの肘掛けに背中を預けてしまう。
あはは、と笑いながら受け止めて、私の上に覆い被さった彼の表情を見てすっと背中が冷える。
「少し遊びすぎですよ」
怒らせてしまったのだろうか。いや、自分から好きにしていいと言っておいてそれは理不尽な気がするのだが。
何にしろ、男性に押し倒されているというのはあまり良い状況とは言えない
――
と考えて、しかし危機を感じない。
それもそのはず、相手はサンポだ。
詐欺行為は働いても性暴力に走るような男ではない。
「僕も男ですよ、お姉さん」
「でもサンポってそういうことしないし」
「
……
この状況でそんなこと言うんですか」
じ、と考え込むように私を見つめて、そして。
「さっすがお姉さん!僕のことを信頼してくださっているようで嬉しいです!
ええ、このサンポ、女性に無理矢理手を出すなんてことぜぇったいにいたしません!」
ころりと表情と声色を変えて、輝くような笑顔でそう言った。
それがまたおかしくて、笑ってしまう。
演技を辞めたようにどさりと胸の上に崩れ落ちたサンポの頭を撫でて、先程と同じく犬のように可愛がる。
胸の中で拗ねたように目を瞑る彼が子供のようで、微笑ましいと思ってしまう。
「本当にどきりともしてくれないんですねぇ」
「サンポ相手だからね」
「はぁ、意識されていないようで悲しいです
……
」
そうしてまた穏やかな時を過ごしていると、外からガシャガシャとシルバーメインの足音が聞こえて、彼を捕まえにきたのだと直感する。
ああ、この癒しの時も終わりか。彼を突き出さなければ。
そんなことを考えながら、通り過ぎていくシルバーメインの兵士達をカーテン越しに見送って。
「いいんですか?」
「さぁ、何も聞かれてないし」
彼から私への評価は正しい。
少し報酬を与えれば、罪も見て見ぬ振りをする。
その報酬が毎回彼自身の行動であることが気がかりではあるのだが、それは本人の判断に任せるとしよう。
サンポの身体をソファに転がして、その上に寝転がる。
溜め息をつく彼を他所に、その首筋に顔を埋めた。
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