アサヒ
2026-02-28 23:33:57
2527文字
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お題『○○○と言う夢を見たんだ』

鉢雷ワンドロライ(#8828_1draw )に2025/2/28に投稿したもの。

 すん、と鼻をすする音が聞こえた気がして、三郎は面を彫っていた手を止めた。
 いつものように書物に集中しているだろう雷蔵が、うっかり風邪でも引きかけているのだろうか。
 もし寒そうにしているならば半纏でも着せてやったほうがいいかもしれない。
 
 そう思いながら同室の方に顔を向けたところで、三郎は予想もしない光景に息を飲んだ。
 視線の先で、月明かりを背にして、ぺたんと座り込んだ雷蔵がはらはらと涙を落としている。
 物語の類に感動したのかと思いきや、雷蔵の周りにそれらしき冊子や巻物は一つも見当たらない。
 こんな泣き方をしている彼を見たのはいつ頃だろう。つい記憶を辿ろうとして、今はそんな場合ではないと思い直した。
 
 一人で静かに泣いている様は悲しそうで、寂しそうで、とにかく早く涙を止めて、いつものように笑わせてやりたい。
 そう思った三郎は雷蔵のそばに膝を進めて、そっと背に手を当てながら雷蔵を覗き込んだ。

「雷蔵……どうしたんだ。何か悲しいことがあったのか?」

 その声に反応して、雷蔵の視線が三郎に向いた。涙を浮かべたままに何かを口にしようとして、言葉にできずに浅く息を吐く。
 そんな同室を急かさないように、なるべく話しやすいようにと、三郎は努めて相方を真似た笑みを浮かべながら首を傾げた。
 その甲斐あってか、雷蔵の口からようやく言葉が音としてこぼれ落ちた。

「ぼく……僕ね」
「うん」
「僕……
「雷蔵が、どうしたの?」
……月に、帰らないといけないんだ」 
……へ?」

 予想外の返答に、三郎は思わず一瞬真顔になった。
 それを見て雷蔵が一層悲しげな顔をしたので、慌てて腕を回して抱き寄せる。

「ごめん雷蔵! ちょっと驚いただけで、君の言うことを信じていないわけじゃないんだ! 本当に! ……それで、何があったのかもうちょっと詳しく教えてくれるかい?」

 いやまあそりゃあ、頭の中はクエスチョンマークで一杯ではあるんだけれども。
 本心は面の奥に隠して腕の中の雷蔵を覗き込む三郎に、雷蔵は眼に涙を溜めたままにこくりと頷いた。

「僕ね、実は……あの、竹の節から産まれたんだけど……

 (……って竹取物語じゃないか!? 5年も一緒にいたのに、そんな話初めて聞いたんだが? ……そもそも竹というならどちららかというと八左ヱ門の領分だろ?)
 
 そんな思考が一瞬で脳裏を巡るも、欠片も匂わせることなく三郎は真剣に相槌を打つ。

「それで?」
「それで……ええと、でもね、本当は僕、この地上じゃなくて月の人間だったんだ」

(やっぱり竹取物語なんじゃないか!)

 そう叫びたくなったが、しかし真剣に訥々と語っている雷蔵はふざけているようには見えない。
 どうしよう。どうしたらいいんだ?
 三郎の面の下につう、と一筋の汗が流れた。

「それで、この地上で過ごせる時間は決まっていて……僕、もう月に帰らないといけないみたいなんだ」
「いや待って雷蔵、展開が早い。宝探しの段はどうなったんだ?」

 耐えられずについ話を遮ってしまい、三郎はあっと口を塞ぐ。
 雷蔵はそれに目を瞬かせ、さっきまでの悲しげな様子はどこに行ったやら、きょとんとした顔で首を傾げた。

「ええ? いやー、まさかどこぞの美姫でもあるまいし、僕に求婚する人なんているわけないもの。そんなのスキップだよスキップ」
「そこは飛ばさないでくれ! 大事なところだから!」
「うーん……でももうスキップしちゃったし……。それで続きなんだけど、今、月から迎えが来てしまって」
「今!?」

 雷蔵の声に、やけに明るい背後をばっと振り返る。
 長屋の窓の外には奇妙に巨大な月が浮かんでいる。そこから伸びた光の帯の上には、牛車の影のようなものが確かにこちらに近づいてきているように見えて、三郎は思わず腕の中の雷蔵をきつく抱きしめ……ようとしたところで、その手はするりと空を切った。
 いつの間にか窓の外に立っていた雷蔵が笑顔で手を振る。

「そんなわけで、僕もう行かないといけないんだ。今まで色々ありがとう、三郎」
「いや君さっきの涙はどこに行った!? どうして笑っているんだ!? ちょ、ま、行かないで!」


「せめて私に求婚をさせてくれ雷蔵!!!!!!」

 そう叫びながら、三郎はがばりと起き上がった。その勢いに布団が跳ね飛ばされたのを見て、自分が今まで眠っていたのだということを認識する。
 おそるおそる横を見ると、同じく寝ていたであろう雷蔵が驚いたかのように布団の中から三郎の方を見ていた。
 それを目視した瞬間、三郎は速やかに同室の布団に滑り込む。
 ぽかぽかと温かな体にぎゅっと腕を回して、手からすり抜けないことに安堵した。
 と、時が止まったかのように大きく開かれていたまんまるな目が、ようやくぱちぱちと瞬いた。
 
「ええと、三郎?」
「雷蔵……君は私を置いて行かないよね? どこに行くにしても、帰るにしても、私を連れていってくれるよね?」
「僕が連れて行かなくても付いてくるよね……って、ごめんごめん。えっと……良く分からないけど、僕にお前を置いて行く予定はないよ。それで、一体どうしたの?」
「聞いてくれよ雷蔵! 夢の中の雷蔵がひどかったんだ……

 胸に甘えながら言い募る三郎の話をひとしきり聞き終えて、雷蔵はゆっくりと頷いた。
 
「なるほどね。夢の中の僕は僕じゃないけど、三郎を置いていってごめんよ」
「らいぞぉ~……
「そんな夢を見るくらい、お前は僕に置いていかれるのが嫌だったんだね。うん、分かった」
「えっ、何が?」
「お前が望むなら、僕は三郎の求婚を受けるよ。卒業したら結婚しよう」
……!?」

 真面目な声でそう言う雷蔵に、三郎は笑顔で胸に懐いたままに激しく混乱する。

(求婚!? 求婚ってどういうこと……ってもしかしなくてもさっきのアレか!? えっ、結婚してくれるって言った? 雷蔵と結婚しちゃっていいの? いや、まさか、そんな都合がいい話が……まさかこれも……夢!?)



『そんな夢を見たんだ』