Hnyanko
2026-02-28 23:09:11
2623文字
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片思い🏹、今のところラーメンに全敗🏹🧡

タイトル通りの🏹🧡

六分街には胃袋を騙す天才がいる。それこそ、僕の天才ぶりが霞むくらいには。
道端の油の匂い、屋台の甘辛いタレ、焼き鳥の煙――全部が「寄り道しろ」って言ってくるのに、最後に勝つのは決まってる。

チョップ大将の湯気だ。

白く、太く、やわらかく立ちのぼるそれが、暖簾の隙間から街に流れ出して、通りすがりの人間の理性をひとつずつ奪っていく。
そして、僕の隣の男は――奪われるどころか、自分から差し出している。

「今日は、塩だな」

アキラくんが断言した。
まだ店の外。暖簾まで数メートル。なのに。

……なんで分かるの」

「匂い。脂が軽い。あと、スープの湯気がね、輪郭がある」

湯気に輪郭。
僕は一瞬、「この人、詩人だったっけ?」と思いかけてやめた。詩人じゃない。ラーメンの亡者だ。

列に並んで待つ間も、アキラくんの視線は厨房の奥へ。
鍋の位置、湯気の動き、麺上げのテンポ。まるで戦場の観測。

「回転いいね。今日は茹でが短め」

……短め?」

「三秒くらい」

相変わらず怖い。
いや、僕が怖いのはそこじゃない。

僕は、アキラくんに片想いしてる。
でもアキラくんは、僕の気持ちに一切気づいてない。ゼロ。皆無。
透き通るのは塩ラーメンのスープの濃度だけでいいのに、僕の片想いまで“透明”にしないでほしい。

ようやく席に通されると、カウンター越しにチョップ大将が笑った。

「おっ、兄ちゃん!今日も来たねぇ!」

「こんばんは。今日、塩いけます?」

「いけるいける!むしろ今日の塩は当たりだよ!」

その会話の時点でもう腹が鳴る。
“当たり”って言葉、ラーメン屋で聞くと破壊力が倍になる。

僕がメニューを眺めている間に、アキラくんは迷いなく言った。

「塩。味玉は別皿で」

「出た、別皿!分かってるねぇ!」

別皿って、何?儀式?
卵にもプライバシーが必要なの?

しばらくして、丼が置かれる。
その瞬間、空気が変わった。たぶん店内の酸素が、アキラくんの幸せに吸われた。

まず丼の表面に、澄んだ黄金色のスープ。
油の膜が薄く張って、光を受けるたびに、きらりと揺れる。
湯気がふわっと立ち上がり、鶏の旨みと、貝の香りみたいな塩の立ち方が鼻の奥をくすぐってくる。

その中心に、白く艶のある麺がきちんと収まっている。
細めなのに芯があるタイプ。箸で持ち上げたら、しなやかにほどけて――それでいて切れない、あの感じがもう想像できる。

チャーシューは、薄く切られてるのに存在感がある。
表面は軽く炙られて、香ばしい焦げ目が脂を甘くしてる。
メンマは色が濃い。多分、しっかり出汁に浸かってる。
刻み葱は青と白のバランスが良くて、香りだけで口の中が“さっぱり”の準備を始める。

そして、別皿の味玉。
殻の名残ひとつないつるんとした白身。割った瞬間にとろりと流れる、濃いオレンジの黄身。
たぶん、漬けダレは強くない。塩のスープを殺さないように、控えめに甘い。

……はい、終わった。もう勝てない。

アキラくんは箸を割って、丁寧に揃え、レンゲを取る。
動作が宗教。

「いただきます」

まずスープを一口。
アキラくんの目が、すっと伏せられる。

あ、これだ。
この顔だ。
僕に向けたこと、一回もない顔。

……うん。今日、良い」

何が良いって、全部だろ。
いや、僕は分かるよ。分かるけどさ。

僕もスープを飲む。
熱が舌に触れた瞬間、塩の輪郭がまず立つ。尖ってない。丸い。
その次に鶏の旨みがふわっと広がって、奥から貝っぽい甘さが追いかけてくる。
油は軽くて、唇に残るのにくどくない。むしろ、次の一口を呼ぶ。

……くそ、美味い。

麺をすすれば、つるっとした喉越しのあとに、小麦の香りが遅れてくる。
スープが麺に絡みすぎないから、口の中が重くならない。
“軽いのに満足する”ってこういうやつ。ずるい。

チャーシューを噛むと、脂が舌の上でほどけて、炙りの香ばしさが鼻に抜ける。
肉の旨みがちゃんと残ってて、スープの塩気と合わさると、口の中に小さな花火が上がる。

僕は半分、本気で思った。
これ、恋に勝てるやつだ。

……いや、僕の恋の敵なんだけど。

「ねえアキラくん」

「ん?」

返事はする。ちゃんとする。
でも目は丼に戻ってる。返事の重心が、完全にスープ側。

「アキラくんってさ、ラーメンのときだけ人格変わるよね」

「変わってないさ」

変わってる。
今の君、絶対“麺と会話”してる。

アキラくんは僕の食べ方を一瞥して、真面目な顔で言った。

「悠真、レンゲはもう少し浅く。塩は深くすくうと角が出るから」

……角が出るんだ」

「出る」

断言が怖い。
でも、言われた通りにすると確かに丸くなる。
悔しい。好き。悔しい。

僕は意地になって、冗談っぽく言った。

「ねえ、僕がさ、ラーメンだったら何?」

アキラくんがやっと顔を上げた。
よし、こっち見た。今、視線が僕に――

……悠真は、つけ麺」

「なんで!?」

「最初は距離あるけど、だんだん濃くなる」

最悪だ。
その例え、わりと刺さる。
刺さるのに、恋の話だと思って言ってないのが一番最悪。

僕は慌てて麺をすすって誤魔化した。
熱い。美味い。恥ずかしい。美味い。
感情が渋滞してる。

アキラくんは満足そうに頷き、味玉を箸で割る。
黄身がとろりと流れて、スープの熱で少しだけ固まりかけて、黄金色に溶けていく。

……これ、最高だね」
……そうだね」

最高なのは分かる。
でも僕は、その“最高”を、できれば僕に向けてほしいんだよ。

しかし現実のアキラくんは、僕の顔色を見てこう言う。

「悠真、大丈夫?熱かった?」

優しい。
優しいけど、方向が違う。
僕の心臓が熱いのは、ラーメンのせいじゃない。

「だいじょぶ」

「よかった。じゃあ、替え玉する?」

「しないよ!」

「え、しないのかい?」

……今は、しない!」

アキラくんは首を傾げて、素直に「そっか」と言い、また丼に戻る。
僕の片想いだけがカウンターに置き去りにされる。

六分街の灯りは今日も眩しくて、湯気はやさしくて、ラーメンは――腹が立つほど美味い。

そして僕は今日も思う。

僕の恋、いつになったら“替え玉”できるんだろ。
今のところ、スープに完敗です。