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来羅
2026-02-28 23:05:07
1959文字
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トワウォ
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強風(風信)
ワンドロライ第33回。
「おっと、」
突然の強い風に思わずたたらを踏んだ。
揺らいだ体を支えられて、ウィンストンの煙が頬を掠める。
「落ちるなよ」
「落ちないって」
屋上を吹き抜ける風は殊更に強い。
龍捲風に凧を揚げてもらうのだと張り切っていた子供たちのひとりが姿を消したと聞いたのは一時間ほど前で、城砦の住民たち総出で探してやっと見つけたのは数分前。凧を両手でしっかりと抱きしめて屋上へと続く階段の影に隠れていた子供は、あまりの風の強さに前にも後ろにも進めず、泣きながら身を屈めていた。
「落ちかけただろう?」
意地悪く口角を上げた龍捲風が強風に目を細める。いつもはきっちりと撫でつけられている髪が乱れて、前髪がはらりと額に落ちていた。
目の毒だ、なんて場違いにも思う。
うざったそうに髪を払う仕草は、夜のそれを思い出させて胎の奥が疼く。
「いつの話だよ」
「俺にとってはついこの間だがな」
「子供の頃だろ」
尖らせた唇に、龍捲風が笑う。
子供の頃の話だ。
よくある話。
テレビで見たメリーポピンズに感化された子供が、養父の傘を手に強風吹きすさぶ屋上へ向かい飛び降りようとした──のは、信一の数ある『武勇伝』の中でも指折りの暴挙だった。
「俺はあのときほど生きた心地がしなかったときはなかったぞ」
「ごめんって」
傘を開こうとして、けれども風の強さに開くこともできず、さりとて風に耐える体も持ち合わせていなかった信一は、予定と違ってその身ひとつで屋上から投げ出されそうになった。間一髪、龍捲風がその体を抱き込んで阻止していなければ、今こうしてここに立っていることもできなかっただろう。
「飛べると思ったんだよなぁ」
その点、今日の子供はまだ理性的だった。龍捲風と信一を見るなり、凧を投げ捨てて抱きついてきた子供に心底ほっとして、怒って、抱きしめた体は温かく、生きていた。
『
……
生きてる
……
』
あの日の、龍捲風の呆然とした声がよみがえった。
焦りと怒りと安堵とで強張った顔は、実のところ今でも覚えている。
「大佬が助けてくれてよかった」
「二度とあんな思いはしたくないがな」
「もうそんなバカしないって」
「どうだか」
呆れたように肩を竦める龍捲風が、支えたままの腰を名残惜しげに撫でて離す。
少し離れるだけで声すら遠い。
「今度は俺が支える番!」
「年寄り扱いするな」
「年寄りぶるくせに」
風にかき消されないように声を張れば、さらに嫌そうに顔を顰めた龍捲風が何か口を動かした。声は届かない。
「なに?」
「いや、期待しよう、と言った」
「まかせて」
先刻されたように、今度は龍捲風の腰に腕を回して抱き寄せる。
「
……
ちょっと痩せた?」
「気のせいだ」
「本当に風に浚われそう」
「お前が助けてくれるんだろう?」
「それはもちろん」
笑いながら体重を預けてくる龍捲風に、重い重いと騒いでさらに体を摺り寄せる。
こんな風の強い日だ。誰も外には出ていないし、まして屋上を見上げる人間もいない。
「やっぱり痩せた?」
人目を気にせず抱きついていれば、なんとなくの違和感に眉を顰めた。
そういえば、最近は食が細くなった気がする。
もともと大食漢というわけではないが、それなりに食べていたはずだ。
「年だからな」
「またそうやって、都合の悪いときだけ年寄りぶる!」
ぬけぬけと言い放って龍捲風が僅かに口角を上げた。
抱擁をほどいて離れた体に、吹く風は冷たい。
こんな日は、理髪店も早仕舞いして温かい鍋でもして過ごすに限る。鍋なら野菜も肉も取りやすい。
「信一」
「ん?」
振り返った信一を龍捲風が見つめていた。
なぜだか駆け寄るのは躊躇われて、小さく息を呑む。
「────────」
風が吹きつける。
また、声は届かない。
「え、なに? 聞こえない」
「────」
風が吹いた。
信一の髪を乱し、龍捲風の声をすべて掻き消してしまう。
「っ、大佬!」
ひゅっと喉が鳴った。
まさか本当に風に浚われるなんて思ったわけじゃない。
けれども、でも、それじゃあ、この胸の中を吹き抜けた嫌な何かはなんなのだろう。
「帰るぞ、と言った」
どうした、と近づいて来た龍捲風が顔を覗き込む。
ふっと金縛りが解けたように体から力が抜けた。
「
…………
あ、うん、なんでもない」
なんでもない、はずだ。
可笑しな奴だと笑う龍捲風が背を向ける。その顔はもう見えない。見えないことが、なぜだか怖い。慌てて掴んだ腕に、驚いた龍捲風が振り返る。
「だいろ、」
なんでもない。なんでもない。
ふるふると首を振って必死になる信一に、龍捲風は「落ちるなよ」とだけ、また意地悪く言った。
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