こゆ
2026-02-28 23:02:48
2239文字
Public
 

君の名は

#ハートのワンドロワンライ
お題「いただきます」

※ギャグだと思っておおらかな気持ちでお読みください🥴



 ポーラータング号の食堂は、静まり返っていた。扉は開いていたのに、誰の気配もない。ペンギンとシャチが今日の担当だったはずだ。
――キャプテン!今日の昼メシ楽しみにしててくださいね
そう、確かに言っていたのに。
カウンターの奥を覗けば調理台には殻付き生牡蠣が二十個、パルメザンチーズ、アンチョビ、トマト、オリーブオイル、ベーコン、マッシュルームが整然と並ぶ。だが、調理は始まっていない。
あまりにも不自然だ。

ゆっくり視線を牡蠣に落とせば、プルプルっと身が揺れた気がした。

なんだ、この違和感は。
誰かに呼ばれた気がしたが、誰もいない。
脳に直接響くような震え。プルプルプルプルと震えているように見える牡蠣の身。

一体全体なんだというのだ。
目の前で牡蠣が震えている。
漠然と、この中にアイツらがいると思った。
そう、ペンギンとシャチの気配だ。見誤るはずがない。プルプル。ペンギンの声が「ローさん」と名前を呼ぶ。
普段は「キャプテン」と呼ぶくせに、こんなときに限って。
乳白色の身がプルプルと震えて、そして。

……」 

牡蠣と目が合った。目はないのに、確かに見つめ返してくる。

「ペンギン……なのか? 隣は、シャチ?」

プルプルプルプル。 
ローさん、わかりますか?
と、問いかけるようだ。

「状況を説明しろ」

プルプルプルプル(以下略)。
いわく、寄港地の入り江で牡蠣漁に興じた二人。新鮮なうちに食べようとメニュー変更を企て、ロー好みのアレンジを考えていた矢先――自分たちも牡蠣になってしまったのだという。

プルプル。
震える牡蠣は昼食の準備が進まないと謝るが、そんな場合じゃない。

「しかし、どうしたら……

プルプル。

「なっ、食えるかって? 何考えてんだ」

プルプルプルプル。
牡蠣は、ローさんに食べられるなら本望だ、と訴える。牡蠣の震えは、切実だった。

「いやいや、おかしいだろ。お前らの思考回路が牡蠣になってるぞ。お前らを失くしたら、おれはこの先どうすりゃいい」 

プルプル(以下略)。
放置すれば傷む。新鮮なうちに食べてほしい。焼かれるのも揚げられるのも嫌だ、と。ソテーやフライの姿を想像したローは「……なるほど」と納得しかけた。最悪の光景だ。

「本当に食っちまっていいのか? あと一日くらい、時間あんだろ?」

プルプルプルプル。
ローさんがおれたちを食べて食中毒になるのは耐えられない。牡蠣にあたるのは辛い。今しかない。

「お前等を食って腹壊す程、おれの胃腸が弱ェとは思えねェが。――わかった」
 
素手でぷっくりした身を外す。フォークじゃ痛がるかも、と。
プルプルプル。
指先に牡蠣の身の震えが伝わる。

「じゃあ……………いただきます」 







ーーー✴︎ーーー







……っていう夢を見た」 
港町の賑わう土曜夕方。十日ぶりに戻ったローが、甲板で合流した仲間たちに滔々と語り出す。不可解で馬鹿らしい夢話だ。ベポは途中から聞き流すが、ペンギンとシャチは真剣である。なにせ、自分たちのことだ。
「で、……美味しかったんですか?」
ペンギンの一言に、シャチが慌てる
「いやいやいや! そこ聞きたいか? 一番知らなくて良いところ!」
「いや、気になるだろ。キャプテンが食った感想。っていうかおれならキャプテンに生で食えなんてぜったい言いませんけど」
「そもそもキャプテン、ダイジェストでいいですよ。おれ等が牡蠣になった夢って」
「美味かったかどうかは分かんねェな。そこで目が覚めたから」
「まだその話すンの? オイスター・シャチなんて不味いと思いますけど」
「ちょっと、シャチ」
ペンギンが吹き出すのを堪える。
「えっとその時のローさんは、腹減ってたんですか」
「ん? ああそうか。そろそろお前等のメシが食いたかったのかもな。だから戻って来た。なんかあるか?」
素直にそう言われれば、ペンギンもシャチも素直にニヤける。気ままに出て行ってしまったキャプテンへのお小言も秒で何処かへ旅立ってしまった。
「じゃあ、この島の名物でもいっちょ食べますかね」
ペンギンとシャチが足早に食堂へと歩き出す。ふたりに続いて船内を進み、食堂が見える。扉は開けっ放しで、ふたりの姿はすでになく、先に入ったのだろう。
ローは夢を反芻したのか、思わず足を止めた。
踏み入れた食堂は静まり返っていた。先に入った二人がいるはずなのに、誰もいない。料理の匂いも音もない。

「!」
 
キッチンへ。調理台には牡蠣が二個。
ペンギンとシャチの気配ない。

魅入られたように、ロー踏み出す。
調理台の牡蠣を手にするために。

「ペンギン……シャチ」

ローは慎重に牡蠣に話しかけた。

その瞬間――

「キャプテン! それ生で食う気ですか?」
ちょうどローの死角にいたペンギンが全力ダッシュで飛び出してくる。
 
ローは手に持った牡蠣を見つめ、いや、と首を振る。
 
……夢の続きかと」
「どんな理由があっても生牡蠣はダメです!」

と叫ぶペンギン。
その後ろで、シャチはもうヒーヒーと笑い転げていた。

「キャプテンが、ひっ、あははっ、か、牡蠣に、ふっ、ははは」
「シャチ黙れ」
「はっ、ふひふ、無理…………真剣なかおで、ふっ、くくっ、」

笑いの止まらないシャチが青い光に包まれるまであと、――秒。