雪成はす子
2026-02-28 22:01:49
3832文字
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毒喰(どくばみ)の食卓にさよならを

ハートのワンドロワンライ お題:「いただきます」
ロビンちゃん視点のワノ国道中のお話。
ポラタン組で警戒心解くのが一番遅いのはロビンちゃんだろうな~って思ってこんな話になりました。
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 食事を心から楽しめるようになったのは、麦わらの一味に入ってからだった。

 幼い頃から、食事を楽しむような時間などありはしなかった。養母には粗末な食事しか与えられず、いつもお腹を空かせていた。見かねた図書館の学者たちがティータイムがてらお菓子を食べさせてくれた時もあったけれど、そんな日々も長くは続かなかった。
 オハラが滅ぼされ、『悪魔の子』として追われるようになってからは、一時たりとも気を抜く事は出来なくなった。人々から隠れるようにしながら市場の果物を能力で盗み、物陰でこっそりと食べる。可哀想な子だと親切にしてくれた人もいたが、食事に薬を盛られていたり、食事をしている最中に通報されていたなんて事もしょっちゅうだった。
 一時的に組織に身を置いたとしてもいずれは通報され、あるいは自分を追ってきた世界政府の者に組織ごと潰されまた追われる身となる――その、繰り返しだった

 バロックワークスに居た頃は、その頃に比べればまだマシだっただろうと思う。
 秘匿性の高い組織だった事や、社内でも特に秘匿された副社長という地位のお陰で少なくとも追われながら慌ただしく食事を摂るという事態にはならなかった。それでもクロコダイルという男が自分以外を信用しない男だという事も理解していたし、いずれ何かあった時には容赦なく自分を切るだろう事も予想していた。
 だから常に警戒して、食事をする際もひとつひとつをしっかりと噛み締め、毒が入っていないかを常に警戒していた。追われる事がない代わりに、常に毒物に対して警戒していなければならなかった。
 私にとって、毒物の味を確かめる事は、ごく日常の癖のようなものだった。

 まあ、一味に入ってからは――特にシャボンディで再会してからは、そんな癖もなりを潜めていたのだけれど。

  ***

 ルフィたちとゾウで再会した後、私たちはホールケーキアイランドに向かう組とワノ国へと向かう組とで二手に分かれる事になった
 先んじてワノ国に向かう為に、私やサムライさんたちはハートの海賊団の艦であるポーラータング号に乗る事になった。他の海賊団の艦、それも潜水艦に乗るのはこれが初めてだった。
 魚人島に向かう時以来の海底の探索に、心が踊ったのも事実だ。ポーラータング号の僅かな照明に照らされて、海底に沈んだかつての文明の痕跡が海底に浮かび上がる度に胸が高鳴る。
 時折窓の外を通り過ぎる銀色の魚群はまるで、暗闇を駆ける流星のようで美しい。窓の外を眺めているだけで、海底には飽きる事のない風景がいくつも過ぎ去っていった。


 そうして窓を眺めていると、ジャーンジャーンを鐘を鳴らすような音が響く。次いで、ハートの海賊団のクルーたちがばたばたと通路を通り過ぎて行った。
「イッカク。今の音は何かしら?」
「お昼ご飯の合図よ。ほら、うちは潜水艦で昼夜が分からないから、朝昼晩の食事と消灯に当たる二十四時には決まって時報を鳴らすようにしてるの。ロビンさんはお腹減ってる?」
「そうね。それなりに減っているかもしれないわ」
「なら、行きましょう!」
 イッカクに促され、私は彼女を後をついていく。艦内で一番広い空間だという食堂は、ハートのクルーをはじめとしてサムライたちやゾロたちも集まってごった返していた。
「今日はあなたたちの歓迎会を兼ねているから、いつもよりちょっと豪華なランチ会よ!」
 と言いながら、イッカクは私の前に食事を差し出す。一時的にとはいえ同室である彼女には、この艦の道案内も含めて世話になりっぱなしだ。ナミとはまた違うさっぱりとした性格だが、細やかな気遣いが出来るのは彼女の美徳とも言えるだろう。
 目の前に差し出されたのは、大きな肉の塊がごろっと入ったシチューだ。その他には黒パンとおにぎり、それからキャベツやキュウリのピクルスが置かれている。香しい匂いがふわっと立ち上って、見るからに美味しそうだ。
 既に樽ジョッキを開けているゾロや、一口頬張って「うめえ!」と歓声を上げるウソップの声が遠くから聞こえる。サムライたちも最初は警戒していたが、ウソップの歓声を聞いてすっかり警戒心をなくしたようだ。難しい顔でスプーンを頬張っていた錦えもんの顔も、今はすっかり緩んでしまっている。
 私も彼らに倣って、大きな塊の肉に匙を入れた。良く煮込まれた肉はほろりと崩れ、食べなくてもその柔らかな触感を私に伝える。崩した肉をシチューに絡め、スプーンで掬い上げ――そこで手が止まった。

 同盟を組んだとはいえ、ここは敵船の真っただ中だ。
 だから警戒を怠るべきではない――と、過去の自分が警鐘を上げる。

「よう、邪魔するぜぇ」
 その時、向かい側の席にフランキーが座った。続いて、この艦の船長であるトラ男くん――トラファルガー・ローも同じように席に座る。次いで、お盆を持ったペンギンとシャチが彼らの前にシチューを並べた。コホン、とペンギンが口を開く。

「こちらのシチューは俺が作りました。材料はラム肉、玉ねぎ、にんじん、ニンニク、赤ワイン、オリーブオイル、セロリ、リンゴピューレ、トマトピューレ、塩、胡椒、ローリエ、タイム、ローズマリー、蜂蜜。仕上げにバターと隠し味に醤油もちょっと入っています。毒類その他薬物類は一切入れてません。というかそんな事をしたら俺がキャプテンにバラバラにされてしまいますので」
「ピクルスは酢とレモン果汁で漬けたもの、黒パンはライ麦と水とイーストと黒ビールと少量の塩と砂糖で作りました! デザートのティラミスは自家製ヨーグルトと保存食のビスケット、それから砂糖と生クリームとココアパウダーとペンギンが淹れたコーヒーで俺が作ったものです! 俺もバラされたくないんで変なものは一切入れてません!!」
「あとおれがおにぎり握ったんだ! 材料はお米と水と塩と海苔とあとは具はシャケとか昆布とか色々! 梅干しは入れてないからキャプテンも安心して食べられるよー!!」

 ペンギンから始まって、隣のシャチ、それから少し離れた席に座っていたベポが口を開く。流れるような彼らの連携に、私は思わず目を丸くさせてしまっていた。
 そんな私の様子を見ながら、トラ男くんは小さく笑う。
「どうやら、ニコ屋を驚かせちまったようだな」
 喉の奥でくつくつと笑い声を響かせながら、トラ男くんはシチューを頬張った。
「いいえ。……どうやら気を遣わせてしまったみたいね」
「気にするな。それにうちのクルーたちにもニコ屋と同じ反応をした奴が何人もいてな。今は全員克服しているが、まあそんな訳でうちの奴らもこういう時の対応には慣れてる」
「そうそう。俺も解体屋やってた時にそういう奴は何人も見て来ててよぉ。だからロビンもそうなんじゃねえかって思ってな」
 そう言ってフランキーはコーラを煽り、おにぎりを頬張った。
 私はふと、辺りを見回してみた。食堂に座ったクルーたちは各々食事に舌鼓を打ち、それぞれ杯を傾けながら談笑している。その様子はとても楽しそうで、食事に警戒していそうな人物はひとりもいない。
 一番隅に座っている、一際大きな体のジャンバールというクルーもそうだ。彼は元天竜人の奴隷であり、シャボンディ諸島で鎖で繋がれていた姿も確認している。そんな彼もまた、大きな樽を傾けて宴に興じている。その姿に、翳りなど一切見られない。

 この空間に居る誰一人として、食事に警戒している者などいないのだ。

……成程ね」
 独り言ち、私はスプーンをそっと置いた。
 両手を合わせ、目の前の食事に改めて敬意を表す。
 限られた食材でこれだけの食事を作ってくれた彼らと、これから私の血肉となる食材たちに感謝を込めて。

……いただきます」

 一度置いたスプーンを持ち上げ、私はシチューを口に運ぶ。
 豊かな滋味と、コクのある味。玉ねぎや野菜の甘みと、香辛料のピリッとした香りと、ラム肉の旨味。それらが全て合わさった、滋味豊かな味――そこに、雑味と言えるものは一切存在しなかった。
 ましてや毒の味などは。


 あたたかで安心できる食事を、まさか敵船とも言える艦で摂れるなんて思ってもみなかった。
 彼らがルフィを助けてくれた事にはとても感謝している。だが、それとこれとは別問題であり、たとえ同盟を組んだと言えど、敵船である事には変わりはない――そう、思っていた。
 けれどどうやら、その認識は改めるべきなのかもしれない。

 彼らは絶対に、食事に毒など混ぜたりはしないのだと。

「美味しいわね。サンジが作るシチューとはまた違った味」
「って、そこで黒足の名前を出すなって! プロには敵わねえって分かってるんだし」
「あら、あなたの作る味も充分美味しいわ。それに味の個性はあっても比べるものじゃないし、私はどちらも美味しいと思ってるもの」
「そ、そうかよ」
 私がそう言うとペンギンは口をへの字に曲げ、帽子の鍔を下げた。「照れんじゃねーよ」と隣の相棒に肘で突かれ、ムッとしながら相棒の腕を掴んで引きずっていく。そんな様子を微笑ましく見守りながら、私は食卓に添えられた黒パンを千切り、シチューに浸した。

 同盟を組んだのが、彼らで本当に良かった。
 彼らが作ってくれた料理をひとつずつ噛み締め味わいながら、そんな事を思うのだった。