遊音。(ゆね)
2026-02-28 19:43:42
3694文字
Public 約束シリーズ。
 

ふぁーすときす

トガカバになってきました。

――トガシに何もかも初めてだとばれてしまった。
「カバキさん、かわいいのつけてるんですね」
出社するとたまに話しかけられる女性から、カバンに付けたキーホルダーを指さされたカバキは「あぁ、まぁ」と曖昧に返事して頷いた。
他人のカバンなんて誰も気にしないと思っていたのに、女性はやはり見るんだなと思った。
どこにつけるか悩んだキーホルダーはやはり持ち歩きたくて普段使いのカバンに付けた。トガシはキーチェーンにつけたというLINEが送られてきていた。そのときは何も気にしていなかったが、こうやって声をかけられると、自分も鍵とか普段目につかないところに付けといたほうが無難なのかとカバキは考える。かといって隠したいわけでもないな、と考え直す。まだ、今のトガシとの関係に現実味がないのかもしれない。
好きな人とお揃いのものを持つとか、しかもキーホルダーとか、確かにガキ臭いのかもしれない。だが、それをトガシがしてくれたと思うと嬉しかった。恋は盲目なのだ。なによりトガシがすると意外で可愛らしいなとおもう。きっと歴代の元カノたちもこうしてトガシに落ちていったのかもしれない。当の本人は、初めてならもっとちゃんとしたものにすればよかったと後悔していたが、カバキとしてはトガシにもらえたならなんでもいい。企業契約の陸上選手の懐事情なんてタカがしれている。カバキとしては一緒にいれるだけていいのだが、トガシが色々考えてくれたのが嬉しかった。
――なんかお礼できたらいんやけど。
今度は自分が何かしたいなとおもう。でもわからない。トガシの考えてる事や欲しい者なんて少しもわからない。スポーツウェアくらいしか思いつかない。基本物欲なんてないんじゃないかと思う。カメラ通話したときに垣間見た自宅も殺風景だった。
午後になり練習に入ってもそんなことばかり考えていたので上の空だった。これは良くない。物事は切り分けないといけないと思うが、世の中の人間はどうやって切り分けているのだろう。半ばどうこうなることなど諦めていた相手と付き合えたとなれば、人間浮かれるに決まってる。というか浮かれさせて欲しいとカバキはおもう。幸いオフシーズンである。いまはこの幸せを噛み締めていたい。
今日、当の恋人はここにはいない。若手を引き連れて別の練習場にいってるらしい。森川がはしゃいでいたのを思い出した。
トガシは何事も慣れていそうだったなと、カバキは思い出す。デートも恐らくそれ以上もそれなりに経験しているのだろうことを思うと、嫉妬半分、納得半分。むしろ何もかも初めての自分に愛想を尽かさないか不安になってくる。
一通りの練習メニューをこなしたカバキは大きなため息をついた。今日はもう帰ろうと帰り支度をすすめる。着替え終わってバッグを手に取ると、目にはいるイルカのキーホルダー。
「もしかして毎回全員にしとるんちゃうやろな……
お揃い相手が他にもたくさんいるのかも、と思うと気が滅入ってくる。
――めんどくさいな、俺……
恋愛はめんどくさそうと思っていたが、当事者になった自分が一番面倒だとわかった。今日はとっとと帰ろうとカバンを背負ったところでポケットにしまっていたスマホが震える。
画面に表示される名前を見て心が綻んだ。
『こっち終わったんだけど、良かったら会う?』
そういえば明日はオフだった。カバキは二つ返事でOKの返信をした。


食事をして腹ごなしに公園を二人で歩く。今日どんな事をしていたのか、練習メニューとか、たわいない話ばかりだったのにカバキは楽しかった。
いつものバックパックを背負ったトガシが右隣を歩くのが、カバキはまだ信じられない。実はまだ夢なんじゃないかと思ったりもする。インハイで優勝した時もそんな事は思わなかったというのに。
大きな池にあたって、どちらからともなく立ち止まる。黒い湖面を見つめると、帰りがけに思っていたザワザワする気持ちが蘇ってきた。
「トガシさん、めんどくさい事、聞いてもいいですか?」
「いいよ?」
カバキの問いにトガシが首を傾げながら振り向いてくれる。
「ああいうお揃いって、毎回してるんですか?」
「お揃い?」
「ほら、俺にイルカのキーホルダーくれたじゃないですか。お揃いって。毎回、恋人できるたびにしてるんかなって」
キーホルダーのある部分をみせるように鞄を傾ける。面倒くさい質問だとわかっているが、疑問はそのままにしない性格なので仕方ない。
「あぁ、しないよ、そんなの。処分に困るし、別れた時めんどうだし」
なんで?とトガシが逆に聞いてきた。結構ひどい人なのかもしれない、とカバキはトガシに対する印象をあらためる。しかしそのトガシの解答は、カバキのトガシに対するイメージとも一致する。そうだ、そういうものを渡す印象がなかったから、余計に嬉しかったのかもしれない。
「なんでって……じゃあ、なんで俺にはくれたんですか?」
「なんで……かな?」
問われたトガシは顎に指を添えて考え込む。
トガシを好きになったカバキだが、ちょっと『何なんだこの人』と思ってしまった。好意的にとるか、それとも何も考えてなかったのか。
「もしかして、俺とは別れる気がないとかですか?」
冗談めかして聞いてみると、トガシは真顔のまま頷くのでカバキのほうが驚く。
「それもあるけど……なんていうか……
カバキの心臓がバクバクする。さらっと人の心臓鷲掴むようなことをするのでやめてほしい。
暫く考えていたトガシは顎から手を離して微笑む。
……繋がってたいとおもった……からかな」
うん、と納得したようにトガシがカバキに頷く。
「俺が、カバキくんと繋がりがほしかったんだとおもう」
――どうしてこの人は。
どうしてトガシは想像以上の嬉しい言葉をくれるのだろう。カバキが不安になるほどトガシは向き合ってくれている。
「俺、結構不安なんだよ。カバキくんが思うほど、憧れるほど、良い人間じゃないし、素晴らしい人間でもない。君が俺に愛想つかさないか、不安なんだよ」
苦笑するトガシに、カバキは心臓がギュッとする。そんなことない、とか。自分の方が不安だ、とか、たくさんの言葉が頭を巡るがなんと答えるのが正解かわからなくて、カバキはトガシから少し視線を逸らした。
「そんなん言われたら、俺が特別みたいですね」
心臓の鼓動を抑えようと、あえて茶化してしまった。茶化したかったわけではなかったのだが、カバキは心臓が跳ね続けていて、上手く対処できない。もっとクールに振る舞いたいのに。
気づくと、近づいてきたトガシの右手が伸びてきた。何だ、と思う前に頬に温かさを感じる。左頬がトガシの手に包まれたかと思うと、顔の向きをトガシの方に向かされた。
「特別だよ……こんなに真剣に他人の事を考えたことはないよ」
夢かと思った。トガシはこんな事を言ってくれる人だったのだろうか。しかも自分相手にだ。少し前まで眼中にもなかったはずだ。カバキはまだ信じられない。心臓がさらに早く鳴る。まるで百メートル駆け抜けたあとのように。
トガシの顔が近づいてくる。こんなに至近距離で他人の顔を見たことなんてないかもしれない。
……キス、してもいいかな?」
……そういうのって、聞くものなんですか?」
「嫌なことはしたくないから」
もう片方の頬にも手が添えられて、トガシの両手に顔が包まれる。鼻が触れ合いそうなほどの距離で見つめられて、カバキはどうしていいかわからず、目を閉じた。
次の瞬間、唇が柔らかいもので塞がれる。思わず目を開けるとトガシの顔がぼやけるほど目の前にあった。
ゆっくりとトガシが唇を離していく感触を感じながら、カバキはトガシを見つめ続けた。頬を包まれたまま、トガシははにかむようにわらった。
「初めて、だった?」
……あたりまえです」
素直にカバキがいうと、ははっとトガシが笑ってコツンと額をくっつけてきた。
「やっばい……かわいいね、カバキくん……
……バカにしてます?」
「まさか……ごめん、怒った?」
……トガシさんなので、許します……
軽い笑い声をあげたトガシに抱きしめられる。カバキの鼻先にトガシの髪の毛が触れる。
「トガシさん……
「なに?」
抱きしめられたまま、肩口でトガシが返事をする。
……好きです」
カバキはそのまま、トガシの耳元で囁いた。
……ほんと、まいったな……もっかいキスしていい?」
「聞かなくていいですよ」
少し体を離して頭をあげたトガシが思った以上に照れた顔だったので、カバキは気分がよくなってもう一度言った。
「好きです、トガシさん」
返事の代わりに唇が塞がれて、あぁ、夢じゃないなとカバキはやっと実感した。





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やっとキスまでいきました。カバキくんが乙女モードですみません。もっとカッコいいと思ってます。
トガシが何かはっきりしてなくて酷いですが、多分次あたりでちゃんとするんじゃないかなっていう(希望)
一応ずっと続いてます。