伊織くんの手袋

「ピグレット便の配達員」おまけ。
「伊織くんの眼鏡」がアフターならこちらはビフォア。

前々からなんか軍手薄いな?って思ってたんですよね。盛大なる思い込みでした。
軍手ちゃう。
運転する時の薄手の手袋ですよ〜って言われて真顔になった。なんだと……私は戦慄した。ホック付きのかよ。これを伊が「毎朝とめてる」ってか?まことに?
しんぼうたまらなくなったので書きました。
眼鏡を外すのがキャストオフならプットオンがあってもいい。
ムーンプリズムパワーメイクアップ宮本伊織。朝の山門運送宮本変身バンク。
相棒時代のいつかの朝の風景。本編をお読みになってからお楽しみください。


 冬の朝。日の昇る時刻が日毎に遅くなってゆく、そんな時分。
 営業所の更衣室はがらんとしている。スチール製のロッカーが並ぶ狭い空間には空調音が降りそそぎ、室内を忙しなくぬくめている。
 出勤した伊織は割り当てられたロッカーを開くと、着ていた外套を脱ぎハンガーへとかけた。引き抜いたセーターの下からは薄手のTシャツが露わになり、ふるりと、肌が粟立つのを感じる。剥き出しのそこに部屋の空気はまだ冷たい。
 鞄から洗いたての制服を手に取った。
 山門運送のイメージカラーである緑色のシャツにはアイロンがかかり、皺ひとつない。袖を通すと、しゅるりという音とともに布地が腕に沿ってゆく。
 次いで上から順にボタンをはめる。
 首元が開くよう第二ボタンからひとつ、ひとつ。指が下り最後のボタンをとめ終えると、腹の上で前立てが重なり、腰回りをシャツが包んだ。
 襟のあいだから暗色のTシャツが覗く。襟首に潜り込んでいた結い髪を引き抜き、折り目をつまみ、左右揃えるよう襟を正す。
 続けてカフス幅に合わせ一度二度、袖口を折り返してゆく。肘上まできたところでロールアップボタンでとめ、半袖状へと整える。すでに腕を晒すは厳しい頃合いだが、荷を運べばすぐに体は温まる。
 まくり上げた袖口の下、見えた手首は薄く赤みを帯びている。昨夜の稽古で師匠から受けた打ち込みの跡だ。熱こそこもっておらぬものの、いなしきれずに色は変わった。己の未熟に一瞥をくれ、伊織はボトムスに脚を通し始めた。
 リフレクターつきの縞柄ボトムスは、しゃがみ込み時にもたつかぬよう、ある程度ゆとりのあるサイズを選んでいる。腰に合わせベルトを締めると、かちりと、バックルが硬く鳴った。
 道着と違うとわかっていても、腰まわりが締まると重心が決まる。身支度に区切りを覚え、ゆっくりと息を吐いた。
 そうして会社支給の安全靴に足を入れ、置きっぱなしの眼鏡をかける。フレームが耳に乗り、鼻あてが肌にあたる。更衣室の照明光が白くレンズに映り込む。
 その光に、伊織はわずかに目を細めた。
 最後に棚の帽子へ手を伸ばしロッカーを閉める。
 ばん。いつもと変わらぬ、耳慣れた音だった。
 
 廊下に出ると空気が違った。更衣室の生ぬるさはそこにはなく、LEDの光に照らされた冷えた空気が身を包んでくる。
 帽子を小脇に抱えた伊織は、歩きながらピスポケットに押し込んだものを抜き取った。
 支給の軍手ではない、薄手のドライビンググローブ。手のひらに滑り止めが施されたそれは、自らが選び、手入れしながら使い続けているグローブだ。いまではそれが、伊織の指の形を覚えている。
 左手からはめた。少しきつい。だが伊織はこの感触が嫌ではなかった。指一本一本を滑り込ませ、指の股まで引き上げてひたりと密着させてゆく。
 次に右手。同じように指を通し収めると、内側に手を添えた。手首に掛からぬ浅い箇所にひとつ、スナップボタンがついている。浮き上がる血管の下、肌と生地の境界線。這わせた指でホックを合わせ押し込んだ。

 ぱちん。

 弾けるような音が鳴り、グローブが手を締めてゆく。
 続けて左のホックをとめる。
 
 ぱちん。
 
 少しだけ硬い音だった。
 白く覆われた手を握り、開く。過不足ないよう指先までなじませる。こうして一枚隔てるだけで、素肌とは違う感触になった。その違いが仕事をする手へ、伊織のものを変えてゆく。
 ぱんと張った緑色の上着、折り返された袖口に正された襟元。程よく添った腰回りにゆるみはなく、迷いのない足取りで廊下を進んでゆく。
 その通路の先、自動販売機の前でふいに色が変わった。白く無機質な視界に鮮やかな朱が入り込む。
 朱色の帽子を頭にかぶり、三つ編みひとつを背中に流した配達員。なにかを買った彼はもう一度ボタンを押すと、伊織へと手にした缶を放ってきた。

「おはようイオリ」
「おはよう」

 投げられた缶をキャッチする。とたんにじわりと、指に熱が染みてきた。素手ならば熱さで持ちかえるほどの温度のようだが、グローブ越しに伝わる温かさはちょうどよい。

「なんだ、おまえ持ちか」
「まさか。あとで返せよ」
……高くつくな」

 互いに笑いあうとプルタブを開ける。
 タケルも同じグローブをはめ、熱いコーヒー缶をその手でくるんでいる。
 羽織ったシャツに縞のボトムス。色柄こそ同じものの、タケルはくるぶしで折り返された大きめのオーバーオールをはいている。このゆとりこそが動きやすいのだというが、伊織は知っている。たとえそうでなくとも、彼の動きが鈍ることなどないのだと。
 すでにタケルも準備万端だ。カゴ台車の走る音が聞こえ荷捌き場からは金属音が響き、シャッターが上がったことを知らせてくる。早朝の仕分けスタッフと入れ替えの時間が近づいてきた。

「今日も荷が多そうだな」

「お歳暮がひと段落したかと思うと、すぐにクリスマスだからなぁ。軽い荷物が多くて……

 タケルはため息と共に天を仰いだ。
 この時期タケルの負担は増えがちだ。積み込む軽荷が増え、朝の時点ですでに余裕がないことも多い。
「午後便の量を見て調整しよう。そのときはまた、いつもの場所で」
 仕上げとばかりにコーヒーを煽ると、目覚めるような熱が喉を通り過ぎてゆく。

「さて、行くか」
「おう!」

 ゴミ箱に投げ入れた缶が、こん、と小さな音を立てた。
 タケルと共に歩きながら、伊織は抱えていた帽子をかぶり、グローブに包まれた手でつばの位置を直す。

 営業所の一日は始まったばかりだ。