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fuji30557753
2026-02-28 18:14:44
3190文字
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バレンタイン2026
大遅刻のバレンタインネタです。
七復帰一年目の話です。七伊になる予定ー
「そういや、明日バレンタインですね!」
今日は2/13。確かに明日はバレンタインデーだ。今日、任務を共にしている猪野からの言葉に、七海は一瞬言葉に詰まる。猪野が言わんとしていることの真意が、よく分からなかったからだ。無難に「そうですね」と返すのが正解だろうーーそう思いながら、その通りに返答する。
「毎年、バレンタインに任務があると、補助監督からチョコが貰えるんっすよ!」
ああ、そういう
……
と内心ホッとする。自身のバレンタインの思い出等に言及されたら面倒だな、と思っていたからだ。いくら後輩と言えども、触れてほしくない部分だった。面倒だから。
そうとは知らない猪野は、笑顔のまま言葉を続ける。
「小袋にちょっとしたチョコとメッセージが添えられてるんすけど、入ってるチョコがめっちゃくちゃ美味しいやつで! 一度誰が準備してんのか聞いてみたら、伊地知さんだったんすよ!」
「ほう?」
急に知った名が聞こえてきたな、と猪野の方へ視線を向ける。
「伊地知さんって、どういう訳か美味しいチョコレートすげぇ知ってるみたいで! 去年のも美味かったんで、オレ密かに楽しみにしてんすよねー!」
だから、明日が楽しみだ! が、話の終着地だった。復帰一年目の冬だ。そういった慣例があるとは知らなかったな
……
と、脳裏に伊地知の顔が浮かぶ。そういえば学生時代、五条が自身の術式の維持の為、糖分補給を恒常的に行うようになった頃だっただろうか?
『バレンタインの催事場で美味しいチョコ探しに行くぞ!』と言い出し、伊地知を無理矢理連れ出して行ったことを不意に思い出す。その後、きれいに包装されたチョコを伊地知から貰ったことも、だ。「いつもお世話になっているので」がバレンタインの伊地知の口癖だった。ホワイトデーにお返しを渡すとビックリしながらも「
……
ありがとうございます」と受け取ってくれたっけなぁ
……
思い出に引きずられるように、あの頃の出来事が次々に頭に浮かんでは消えていく。懐かしさに胸が詰まる。
「どうしたんすか? 七海サン」
「いえ、何でもありません」
フッと短く息を吐き、思考を現実に引き戻す。跋除が完了したとはいえ、まだ仕事中だ。帰投するまでは気を引き締めねば
―
—
そう内心溜息を吐いた。
次の日
―
—
つまりバレンタイン当日も、もちろん仕事だった。単独任務だった為、報告書は自分で書けば終わりだ。諸々忘れないうちに書いて提出してしまおう、と高専へと向かう。
「失礼します」
事務室内は、みな仕事に励んでいるものの、いつもの雰囲気とは少し違っていた。甘い匂いの漂う室内に、心なしか補助監督たちの面持ちも柔らかな気がする。
「お疲れ様です、七海さん」
一早く反応してくれたのは、やはり伊地知だった。ありがたい。用事が早く済むのはほぼ確定だ。
「伊地知君、報告書を書いてしまいたいのですが
……
」
「ありがとうございます。あちらの席でお待ちいただけますか? 用紙と筆記用具をお持ちしますので」
未だにアナログ感満載の報告書であるが、内容の改ざんや術師個人の特定等の問題もあり、跋除にあたった当人の直筆での提出が基本だ。例外はあるようだが、昔から変わらない方法なのは、正直助かっている。面倒ではあるが、これも全体の規律を守る為
……
仕方のないことだ。着席してしばらくすると、伊地知がやってきた。
「七海さん、お待たせしました」
目の前に書類と筆記用具が置かれ、その横に見慣れない袋をそっと置かれる。
「こちら、よろしかったら
――
今日はバレンタインなので」
猪野の言っていた通り、ギフト用の包装紙に『いつもありがとうございます』と書かれたメッセージシールが貼られていた。こうしたちょっとした、というか伊地知らしい気遣いに「ありがとうございます」と自然に口から言葉が零れる。
「いえ
……
その、記入終わりましたら、また声を掛けてください」
伊地知はそう言って自分の席へと戻っていく。学生時代に戻ったかのようなやりとりに、いつの間にか口角が上がっていた。
報告書の記入欄を埋めて、最後に署名を入れる。十分程の作業ではあるが、緊張もそれなりにする。修正ペンも用意はされていたが、今日は使わずに済んだので御の字だ。もらったチョコレートを内ポケットへしまい、書類等をまとめて席を立つ。
「伊地知君、報告書の確認をお願いします」
書類と筆記用具を手渡すと「拝見します」と伊地知は即座に対応してくれた。まだ入力途中であったのか、パソコンのカーソルが微かに動いている。申し訳なさと、それでもこちらを優先してくれたことへの感謝とで、どんな表情をしていいのか
……
一瞬分からなくなる。
そんなこと、彼は知らないだろうが。
「はい、確かに。お預かりしますね」
どうやら、大丈夫だったらしい。ホッとしながら、事務室を後にした。
「な、七海さん!」
あと一歩で構外、というところで呼び止められる。聞き知った声に、どうして? の文字が頭に浮かぶ。
「伊地知君? どうかしましたか?」
なにか不手際でもあったのだろうか? 実は、記入抜けでもあったのか? 等と考えても仕方がない。駆けてくる伊地知に声を掛けて、その場に立ち止まる。伊地知の表情が、ホッとしたものへと変わっていく。息を切らせながら、追いかけてくるような事態でもあったのだろうか? 心配になりつつ、伊地知が来るのを待つ。すみません、という一言の後、伊地知は手に持っていた小さな紙袋をグッと差し出してきた。
「あ、あの、これを
―
—
お渡したくて、ですね」
For,youと書かれた紙袋だ。もしかしなくても、これはチョコレートなのだろう。バレンタインの。
「
……
もう、いただきましたが?」
先ほど貰った小さなチョコレートは、まだ内ポケットの中だ。これは今日という日の術師へのご褒美ではなかったのか? と、至って普通の言葉で返す。が、伊地知は「そうなんですけど」と言葉を続ける。
「あぁ、その
……
これは、ですね。私個人から、でして」
個人的なチョコレート
―
—
そうか、学生時代のころと同じようなものか、とようやく合点がいった。
「毎年、五条さんのお使いでバレンタインの催事場に行く用事があるんですが。先日、そこでお酒入りのチョコレートを、見つけてしまってですね
……
」
「それを、私に?」
「はい! いつもご迷惑をお掛けしてますし、五条さんにはアルコール入りのチョコは渡せないので」
聞けば伊地知自身も購入して、美味しかったからと追加で購入したのだと言う。わざわざそれを、自分の為に用意してくれたことに、そこはかとない感情が芽生える。嬉しいのは間違いないのだが、どうも言語化が難しい。
「そう
……
でしたか。では、遠慮なく」
差し出されたままだった紙袋を受け取ると、伊地知はフフっと笑みを浮かべる。仕事中には見られない顔に、思わず目が止まる。
「またこうして、七海さんにお渡しすることができて良かったです」
きっと彼に他意はない。ただ言葉の通りだ。それなのに、ジワリと胸が温かくなっていくのは何故なのか。
分からない。分からないが、悪い気はしなかった。
どこをどう帰ってきたのか定かではないが、気付いたら自宅のエントランスだった。手には伊地知からもらった紙袋をしっかりと持っている。どうもおかしい。
貰ったチョコレートを一粒口へと運ぶ。ほろ苦いチョコレートに続いて、芳醇な香りが口内に広がっていく。これは確かに五条には無理だ。
わざわざ追いかけてまでしてくれたチョコレートだ。一気に食べてしまっては勿体ない。残りはあと五粒
―
—
一日一粒までと決めて、残りは冷蔵庫へとしまった。
労働後の密かな楽しみが出来た瞬間だった。
【了】
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