一月なかば、冷え込みの厳しい日に京都国立博物館にて尾形光琳の特別展示を見に行った帰りのことである。心ゆくまで展示品を鑑賞し、図録も購入していい気分で帰路についているところだった。
空いている博物館を満喫できて機嫌がよかったせいで、なんとなくまっすぐ家に帰るのが勿体ないように思い、ジェイアール京都伊勢丹を回遊していくことに決める。レストラン街で遅めの昼食を摂り、せっかくだからコーヒーでも買っていくかと地下一階の食品売り場をひやかしていた時のことだ。
いわゆるデパ地下の喧騒から少し離れた位置に、デパ地下には珍しく壁に仕切られた店舗がある。珍しい形態に興味を惹かれ、何の店だろうと思い近づいてみたところ、店の入り口の自動ドアに描かれた店名の青いロゴに見覚えがあった。
「あれ、ここで買ったんかな……」
十四年来の知己である火村英生から、去年のバレンタインデーにチョコレートを貰ったことを思い出す。青いリボンのかかった、いかにも洒脱な高級感のある箱に印刷されていた店名のロゴは、今まさしく目の前の店に掲げられているものだ。
あの時は見るからに高級そうな贈り物の意図を計りかね、せっかくのチョコレートを気もそぞろに食べる羽目になってしまったことを思い出すと、急に何やら惜しい気持ちになってきた。きちんと味に集中して食べることができていれば、さぞかしおいしかったことだろう。
そのリベンジと、今年のバレンタインデーにはこちらからもチョコレートを贈ってやろうかというリサーチも兼ねて店に入ってみることにした。平日の昼間だからか、店舗内の先客は女性の二人連れがひと組いるだけで静かなものだ。これなら落ち着いて吟味することができるだろう。
足を踏み入れた店内はカカオの甘い、けれどどこか上品に香りに満ちている。さて、と一番近い棚に置かれているチョコレートの詰め合わせを見て、向けた目玉が飛び出そうになった。
──高い。想像以上に高い。なんだこれは。本当にチョコレートの値段なのか?
確かに高そうなチョコレートだと思ってはいたが、昨年私が受け取ったのと同量のものなど五千円札一枚では買えない値札がついている。バンパーのへこんだベンツを乗り回しているくせに、どうしてこんなところで奮発したのだ。
受け取ったチョコレートの意図に悩んでいた頃の私に伝えたい。こんな価格帯、本命に決まっているではないか。金額で気持ちを計るものではないとは言え、義理で買うようなものではない。
数歩進むと右手側にショーケースがあり、チョコレートがひと粒から売られていた。そしてその値段にまた慄いてしまう。ひと粒で煙草ひと箱と同じくらいの値段がする。というか、物によっては煙草よりも高い。
買い物のセンスが壊滅的な恋人がよくもまあこんな店に行き着いたものだ、と最早尊敬にも似た気持ちを抱きながら店内を見て回る。ありがたいことに原稿料が入ったばかりで懐に不安がないのは幸いだった。まさかチョコレート店でこんな安心を得る日が来ようとは思わなかったが。
さして広いわけではない店内の商品棚を見終わって、片手サイズの薄い箱に入ったタブレットなるもの──私には板チョコに見える──を購入し、小洒落た紙袋に入れられてこそばゆい気持ちになりながら店を出る。ガヤガヤと騒がしいデパ地下の空間に戻りようやくひと息ついて、思わず心の声が口から洩れた。
「すごい世界やったな……」
◇
すごい世界を覗き見てしまったという興奮もそのままに帰宅した私がまず行なったのは、頂きもののドリップコーヒーを探すことだった。以前なかなか良い品を貰ったのでとっておきの時に飲もうと日常使いのものと分けて置いていたうちに、いつの間にか行方不明となってしまったのだ。
捜索がてら軽く掃除もしつつ、なんとか目当てのものを掘り出して、湯を沸かしてカップを用意する。あくまでメインはチョコレートなのだから、砂糖とミルクは入れずにブラックの方がいいだろう。コーヒーを丁寧に淹れると独特の芳醇な香りが立ちのぼって、なんだかとても優雅な気持ちになってくる。
コーヒーカップを持ってリビングに戻り、チョコレートのサイズを考えればだいぶ大仰な紙袋から目当てのものを取り出した。ヨーロッパの街模様が印刷された箱を開けると、中から店名──ブランド名と言うべきか──のアルファベットが刻まれたチョコレートが出てくる。
「やっぱり板チョコやないかなぁ、これ」
開けてみたところでやはり、タブレットとやらと板チョコの区別が私にはつかない。
縁が銀色に光る袋に包まれているチョコレートタブレットを溝に添って割ってからようやく封を開け、ひと口サイズとなった薄茶色のそれを口の中に放り込んだ。
口に入れた感想は、当然ながらまず甘い。けれど噛み砕くと甘さだけではなく塩っ気も感じる。チョコレートそのもののコクの深さの後から、何らかの香ばしさも追いかけてくる。気になってパッケージの箱を裏返してみると、商品名と成分表示の欄にキャラメルの文字があって、なるほどこれはキャラメルの味だったのかと納得した。
チョコレート自体はふだんの私の味覚からすれば若干甘すぎるきらいがあるが、塩味がアクセントになっていて濃厚さの割にくどさを感じない。高いチョコレートとはこんなにもまろやかなものなのか。たまに頭脳労働に疲れて買う、スーパーの棚に並んでいる板チョコとは別物だ。
チョコレートの味を堪能してからコーヒーに口をつけると、口の中に残っていた甘味がコーヒーの苦味に引き立てられて尚更際立った。まるで吸い寄せられるようにもうひと粒、もうひと粒とついつい口に運んでしまう。
夢中になって三分の一ほど食べたあたりでコーヒーカップが空になったので、今日のところは切り上げることにした。残りのチョコレートが空気に触れて酸化しないようにきっちり封をして箱にしまい直してから、深く息を吐く。つくづく去年火村から受け取ったチョコレートを上の空で食べたことが悔やまれる。まさかこんなにいいものを貰っていたとは思わなかった。
去年のバレンタインデーに火村は、「お前の好きそうな味だと思ったから」と言っていた。つまり火村はあの店で、山ほどある選択肢の中から私の嗜好に思いをめぐらせて件のチョコレートを選んでくれたのだ。
買い物のセンスに乏しくて甘味に詳しいわけでもないはずの男が、どんな経緯とどんな気持ちで選んでくれたのだろう。大して私と金銭感覚も変わらないはずだ、店に入って価格に驚かなかったのだろうか。
今時バレンタイン用のチョコレートなんてコンビニでも買えるというのにわざわざ専門店まで足を運んでくれたことも、今日とは違いバレンタインシーズンのチョコレート店なんて女性客だらけだっただろうことも、火村の真剣さを察するには余りある要素だった。
そう考えると、貰いもので気に入った味を通販で取り寄せた去年の私がひどい不義理を働いたような気がしてくる。クッキーにしろキャンディーにしろきちんとした店のもので、決して悪い品ではなかったが、火村のことで頭をいっぱいにして選んだものではない。
「今年はちゃんと、あいつの好きそうなもん探しに行くか」
今年こそはきちんと恋人と向き合って、彼のことを考えて、火村が喜びそうなものを探して足を伸ばしてみよう。長い付き合いなだけあって、あの男の趣味嗜好を探るための材料はたくさんあるのだから。
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