せうゆ
2026-02-27 17:20:34
4152文字
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【2026.03.20 HARU COMIC CITY 35】 新刊サンプル


【一冊目】
タイトル:横恋慕日記
サイズ:A5 (和綴じ) 25p程度
¥1000

高主♂前提、高杉←女学生モブ視点
※隠し刀はあまり出てきません


【二冊目】
タイトル:キツネノボタン
サイズ:A6 25p程度
¥500

高杉×隠し刀♂←伊藤
※伊藤が隠し刀に片想いしています
 苦手な方はご注意ください



【横恋慕日記】

あれは……確か、明治の世になってすぐのことでした。
 ……いヽえ、まず私の話を少しさせてください。私はヨコハマの、とある商家の娘として生まれました。ちょうど貿易なんかをやっていたものですから、外国の方とお仕事をしていることが多かったように思います。
 目まぐるしくいろんなものが変わって行きました。父は、そういうのが上手かったものですから、徳川の世が終わってからは特に、貿易で多くの財を成しました。
 少し、変わった人といえばそうなのですが、父は女の私にも兄と同じく多くを学べと言いました。その考えには、私も異論はございませんでしたので、年頃になって、宣教師の方が開かれた女学校で勉学に励むことになりました。
 これは、その時のお話です。
 
 
 港がとても近く、いつも潮の香りがしていたように思います。生徒数はとても少なく、仲が悪いことはありませんでした。でも、良いことも、ありませんでした。
 今思えば、私はいつも気を張っていたのだと思います。家の恥にならぬ様にと、必死でした。だから放課後はヨコハマの街をぶらりとお散歩するのが、ほんの少しの楽しみでした。
 あの日もいつもと同じ様に港の近くを散策しておりました。……いえ、確かいつもよりほんの少しだけ大通りの方に足を伸ばした様な気がします。そこで、私は古びた本屋を見つけたのです。とはいえ、見た目はとても西洋的で新しく、曇ったガラス窓から中を見ることができました。
……アラ。こんなところに古本屋なんてあったかしら。」
 気になって少し覗いてみますと、薄暗く、少し埃っぽい様でした。私は父の影響で本が大好きだったものですから、壁一面に積み上がった本の山にはとても心躍りました。しかし、入る勇気はありません。人の姿も見えなくて、そもそもやっているかもわかりません。そう、ぐるぐると考えておりましたら、
「入らないのか?」
 と、後ろから声が聞こえまして、
「ひゃっ」
 と、私ははしたない声をあげてしまいました。恐る恐る後ろを振り返りますと、とても容姿の整った、少し色の白い殿方が立っておられました。鴉のあしらいの入った、珍しいお着物はとても良い生地で、高いご身分の方なのかと思ったことを覚えています。
「す、すみません。」
「謝るなら、俺の方だな。客なんぞ来ないだろうと思って店を留守にしちまった。せっかくだ。狭い店だが、ゆっくり見ていくといい。」
 そう言って、そのお方は鍵を開け、私を中へ入れてくださいました。入ってぐるりと店内を見てみますと、所狭しと本が並んではおりましたが、きちんと整理整頓されておりました。そこには、珍しい西洋の本もございました。
「わざわざ買わんでもいい。好きなだけ、読んでいけ。」
 いつの間にかカウンターに立っておられた店主様は、まるで面白いものを見るように、私の様子を観察しておられました。不思議とその深い真っ黒な瞳で見られると、体がかっと熱くなるような気が致しましたので、私は慌てて顔を逸らしました。
「で、でも。申し訳ないです。」
「いい、いい。どうせ誰も来んしな。俺もちょうど暇してたんだ。……そうだ。」
 店主様は私のお隣に来られて、ひょいと上の方の洋書を取り出されました。
「あんた、英語わかるか?」
「ええと、少し。」
「おお、だったらここのページ和訳してくれねぇか?いや、いつも訳を頼んでた知り合いが〝大層な〟旅に出ちまったもんでな。」
 どこか嫌味っぽくそうおっしゃられたあと、まるで悪戯っ子のように笑い、こちらに本を差し出されました。私は断ることもできず、その本を受け取りました。それはちょうど学校で借りようと順番待ちをしていた英吉利の本でしたので、思わず微笑んでしまいました。


結局あの日は、その本をそのままお借りしました。店主様は訳してくれた礼として、私に譲るとおっしゃってくださいましたが、流石に申し訳がないので、お借りするということで、落ち着きました。
 それに、何か理由を付けて、またあのお店に行きたいという、少々浅ましい心もございました。
 少し量のある本でしたから、再びその書店を訪れたのはほんの数日経った後でした。学校で読んでいると、学友たちがなぜその本を持っているのかと質問してくるものですから、はぐらかすのに少々苦労いたしました。いえ、別に隠す必要はなかったのかもしれませんが、なんとなく、まだあのお店は秘密にしておきたかったのです。
 放課後、私はまたあの書店を訪れました。中をひょこ、と覗きますと、店主様はカウンターで一人、何か執筆されておられる様子でした。
 扉を開けると、カラン、と音がします。西洋から輸入した鈴を扉につけているのだと、以前店主様はおっしゃっていました。
「お、来たか。」
 以前と変わらぬ悪戯っ子の様な無邪気ででもどこか影のある、そんな笑顔で私を出迎えてくださいました。

♦︎♦︎♦︎

【キツネノボタン】

「なぁ、伊藤。」
 長屋の囲炉裏に鍋を掛け、ぐつぐつ煮だった昆布出汁にさっとぷりぷりのフグの刺身を通す。キュウと締まった身は、あっさりしていて、かつ上品な味がする。舌がとろけるとはまさにこのこと。伊藤は口に含んだフグに舌鼓を打ちながら、自身の名を呼んだ男に返事する。
「うす、なんでしょう?」
 囲炉裏を挟んで前に胡座をかいて座る人物……隠し刀と呼ばれる男は、皿を片手になにやら難しい顔をしていた。フグを前にして、何か他に考えることでもあるのか?と伊藤は思わず眉をひそめる。
「どうして、フグは御法度なんだ?」
 純に疑問に思ったのだろう、フグを箸で摘み、不可思議そうにじろと観察する。
「そりゃ、毒があるからですよ。」
 伊藤は、はは、と笑ってまたフグを頬張る。隠し刀の驚きで丸くなった瞳が、ならどうして食べる?と今にも聞いてきそうで、伊藤はまたおかしくなった。
「ちゃ~んと処理すりゃ無毒ですから、大丈夫です。ほら、食べて食べて。」
 ふむ、と刀は一口、パクりと身を口に放り込む。どうにもこの人は味覚が弱いらしく、旨いのか、不味いのかなんとも読めない顔をしているが、楽しそうに食べている。
「なぜ、毒があるのに食べるんだ?」
 うーん、と伊藤は考える。確かに、あまり深く考えたことはなかった。
「そりゃあ、旨いからってのが一番ですけど……
 素行こそたまに荒々しいが、根は真面目な伊藤は隠し刀の質問の答えを真剣に探す。特に好物のフグについて、興味を持ってくれたのだから尚更だ。
……人ってのは昔っから毒のあるものに惹かれるんですよ。だからですかね。」
……そういうものか。」
 果たして答えになっているのか、甚だ疑問ではあるが、これ以上の答えが見つからない。
「そういうものです。」
 間の抜けた会話だが、長屋で過ごすなんともない時間が、伊藤は好きだった。


どく【毒】[音]
 生命や健康を害するもの。
 

「よぉ、精が出るな。」
「あ、高杉さん。」
 藩邸の一角に沢山の本が積み上がっている。伊藤と隠し刀は本に囲まれるようにして、一冊の和本を共に読んでいた。寺子屋で童が読むような簡単な内容のものではあるが、文字の読めない隠し刀が読み書きを学ぶには十分な教材だ。
「やっぱり、覚えがいいですよ。教え甲斐があります。」
 伊藤はふふ、と嬉しそうに微笑む。隠し刀はふと半紙に向き合うと、なにやら筆を走らせた。まだ拙い持ち方ではあるが、他人が読める文字が書けるようになったのは随分な進歩だった。
「高杉、これを。」
 手を少し墨で汚しながら、力の入れすぎで皺の入った半紙を高杉に渡す。そこには大きく〝しんさく〟と書かれている。
「あって……いるか?」
 不安そうに眉を下げる隠し刀に高杉は心底嬉しそうに笑みを浮かべた。
「あぁ、上出来だ。」
 伊藤はまだ乾き切っていない〝しんさく〟の文字を見る。晋作隠し刀と高杉が情人となったときは驚いた。
 病をきっかけに仲を深めたのは知っていたが、遊郭にもよく通っていた高杉が特定の人物、ましてや男と良い仲になるとは思わなかったのだ。初めは一時の気の迷いかとも思ったが、二人の因縁は伊藤が思っている以上に深いものだった。それこそ、少し嫉妬してしまうほどに……
 伊藤は小さく頭を振った。なにやら余計な考えがよぎったような気がする。兎にも角にも、隠し刀は高杉と二人きりの時だけ彼を「晋作」と呼ぶ。高杉が嬉しそうに情人の書いたその文字を見るのももっともだろう。
「そうだ伊藤。そろそろ、飯に行かないか。」
 折りたたんだ半紙を懐に大切に仕舞いながら、高杉は伊藤に声をかけた。
「あ……えっと、少し用事があるんです。」
 伊藤はぐるんと思考を回す。確か、桂から頼まれていた資料の整理がまだだったことを思い出したのだ。
「だったら、ついでに何か買ってこよう。」
 隠し刀の提案に、伊藤は助かります、と頭を下げた。
 
 藩邸を後にする二人を見送りながら、伊藤は頭をかく。最近、うっかりすることが増えたように思う。ぱち、と軽く頬を叩く。しっかりせねば。うつつを抜かしていれば新しい日本など作れるわけがない。うつつ……いったい、何に心奪われているというのだ?
「伊藤、何を一人で唸っておるのだ。」
「わ、ぁ! ……なんだ、山縣さん
 なんだとはなんじゃ、といつものようにどこか不機嫌そうに、山縣は腕を組んで立っている。
「いや、気を引き締めなきゃなって、改めて思ってただけですよ。」
 ふぅ、と息を吐き、伊藤はとりあえず散らかった床を片付けることにした。山縣は何も言わず伊藤をじぃと見ている。
……えっと、なにか、用事でも?」