「みづき、」と甘くわたしを呼ぶ声が好きだった。わたしと目が合うたびに心の底から嬉しそうな表情をして、幸せそうに微笑むあなたが好きだった。
──誰にでも等しく甘やかな言葉をかけるあなたのことが嫌いだった。あなたの目が喜色に染まるたび、その眼差しがひどく眩しいものに見えて嫌だった。
わたしが悪夢に魘されていたとき、誰よりもやさしく握ってくれた手の温度を忘れることは生涯無いだろう。
わたしたち、一緒にいればいるだけ、間違いに気づくことができないね。
そう言って彼を傷つけたとき、悲しげに歪んだその表情を見て満たされてしまった。そしてわたしは自分が慎のことを憎んでいることに気づいてしまったの。
何で、憎しみを抱いているのだろう。
どうして、あなたの言葉をまっすぐに受け止められないのだろう。
衝動が体を動かすままに、心無い言葉をかければかけるほどに、翳が射すその昏い瞳に優越感を抱いた。
あまりにも醜悪で、独善的で、利己的な自分の中の怪物の存在に気がついてしまった。
そこに居たのは『わたし』のことを押しのけてでも、慎の柔い感情に傷をつけたがるわたしの心だった。
それは紛れもない自分の本心だったのだから、自分で殺すこともできたのかもしれない。それなのに死にたくない、と思ってしまうのは。もっと生きていたいと願ってしまうのは。痛々しいほど自分というリソースを削ってわたしに親身になってくれた、慎の存在だった。
どれだけ傷ついても笑ってる。
どれだけの理不尽をぶつけても、涙のひとつも見せてくれない。
ひどく暴力的な言葉をぶちまけて、頭から猛毒のような言葉を浴びせかけて、それでもあなたは傷ついた顔をしない。
それがひどく、心を締めつけてならないのだ。
「みづき、大丈夫ですよ」
「ボクがそばにいますから」
「苦しまないで、泣かないで」
「ボクが何だって、受け止めますから」
その言葉が、わたしの心を壊した。
そんな、あまりにひどい責任転嫁。
あまりにもあんまりな、強い衝動性。
逃げ出さなくてはいけない。わたしという化け物が、慎の心をばらばらにする前に。
最低限の手紙を置いて、家を出た。
走って、走って、電車に乗ってようやく息をした。
久しぶりの外の光景は、出不精だったわたしには、目の毒なほど眩しかった。
さようならを言った、ついに言ってやった! その高揚感が、わたしの背中を押してくれているのだろうか。
だって、だって、仕方ないでしょう?
慎がわたしに向けるやわらかな眼差しの裏に透けて見えていたあのエゴイズムは、おぞましかった。
お互いの醜悪さに気づいていないフリをしようにも、その視線はとても近すぎたのだ。
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