Hayate
2026-02-27 02:53:32
4166文字
Public 無双(CPネタとか)
 

🔞雨音(現代徳于)

現代徳于と言いつつ龐徳殿は名前しか出ません、ご容赦ください。
前世の記憶に苦しむ現代于禁殿が可哀想な感じになってる🔞話です。


 窓硝子を叩く水滴の音が、規則正しく、それでいて容赦なく続く。灰色に滲んだ空を見上げながら、于禁はカーテンを閉めた。意味はないと分かっている。ただ視界だけでも雨を遮りたいからだ。雨は、あの日を連れてくる。
 濁流。降り止まぬ雨。泥に沈む旗。叫び声。――そして、龐徳。
……違う」
 否定しても、脳裏の光景は色濃くなるばかりだ。雨の日は決まってこうだ。視界の端に、あの戦場が重なる。
 龐徳の背が浮かぶ。濁流の向こうで、最後まで揺らがなかっただろう姿。彼は武人らしく潔い死を選び、自分は全てと引き換えに生きる道を選んだ。その事実が、喉元に棘のように刺さっている。
 ソファに腰を下ろすが、落ち着かない。両手を握りしめても震えが止まらない。深呼吸を繰り返す。それでも胸の奥が締めつけられる。
「私は……
 声が掠れる。己の選択は間違いだったのか。いや、間違いではないと理解している。あの状況で兵を守るには、曹操の天下を遠ざけぬためにはそれしかなかった。自分の名誉と引き換えにしてでも成さねばならぬことがあった。
 だが理屈と感情は別だ。見捨てた、その言葉が、何度も何度も胸を打つ。額を押さえる。こめかみが痛む。耳鳴りがして、遠くで誰かの叫び声が響く。
 ――龐徳将軍を見捨てるのですか。
 あの時と同じ声が、雨音に混じる。
「やめろ……
 ソファから立ち上がり、キッチンへ向かう。水を一杯、無理やり喉に流し込む。冷たいはずなのに、身体の内側は熱いままだ。
 近頃、雨の日は龐徳が必ず傍にいた。悪夢に魘される夜は肩を抱き、何も言わずに背を撫でる。熱を持て余す日は気が済むまで肌を重ねる。龐徳の体温が、現実へと引き戻してくれた。だがそれがない。数日の出張だと分かっている。たった数日待てばいいのだ。しかし、理屈では理解しているのに、身体はそれを納得しない。
「っ……
 胸が軋む。呼吸が浅くなる。同時に、腹の奥がじわりと疼く。恐怖と同じ場所から、別の熱が滲む。戦場を離れた時、互いを求めた記憶が混ざり合う。龐徳の低い声。強く、それでいて優しい掌。
 ──自分が嫌になる。
 罪悪感と欲望が、同時に込み上げる。あの日見捨てた相手を、今も求めている。手の甲で口元を押さえる。呼吸が乱れる。身体の奥が、寂しさに軋む。
「龐徳……
 掠れた声が、部屋に溶ける。返事はない。あるはずもない。
 龐徳は何も悪くない。悪夢も、疼きも、弱さも――全ては己の選択の結果だ。致し方なかったと誰が言おうと、于禁の胸の内でその言葉は空虚に響く。自分は彼を見捨てた。例え龐徳が否定しても、その事実は変わらない。
 
 壁に背を預け、ずるずると座り込む。膝を抱え、額を押しつける。雨音が近い。鼓動と混ざって、耳の奥で鳴り続ける。
 ――どうして生きた。
 ――どうして彼と同じ道を選ばなかった。
 ――どうして彼を助けようと思わなかった。
 無様な思考が堂々巡りを続ける。自分の名声と引き換えに守れたものがある。それだけの話で、後悔などない。なのに、泣き言のような問いが浮かぶ。答えは出ない。ただ確かなのは、自分が弱いということだ。
 厳格であろうと努めてきた。揺らがぬ将であろうと。誰に何を言われようと構わないとさえ。だが時を超え、再び生を得た今は。
……私は」
 言葉が途切れる。龐徳を想うたび、胸が裂ける。それでも想わずにはいられない。癒しであり、傷でもある存在。いないはずの体温を探すように、腕が空を抱く。虚しく空気を掴むだけだ。
 雨は、まだ止まない。于禁はただ一人、過去と現在の狭間で身を縮める。救いの声も、差し伸べられる手もない。あるのは、選んでしまった生と、背負い続ける罪だけだった。
……熱、い」
 熱という名の欲望は、逃げ場を失った獣のように体内を暴れていた。身体の重さが、まるで鎧を纏っているような錯覚に陥る。雨音が鼓膜を打つたび、あの日の記憶が脳裏をちらつく。
……っ、あ」
 現実から目を逸らすように、于禁は己の象徴に手を伸ばす。布越しに触れた昂りは、苦痛と混ざり合って脈打っていた。
「ふ……っ、あぁ」
 下着の中に手を滑り込ませ、直接握りしめる。思わず漏れる声に、自分で眉を顰めた。荒い息がやけに響く。雨音に紛れるはずなのに、耳の奥では自分の呼吸ばかりが反響していた。逃げるように触れたはずの熱は、指先の動きに応じて確かに反応する。苦しさと羞恥が混ざり合い、胸の奥がさらに軋んだ。
「んっ……
 どれほど凍えた心が拒んでも、与えられた刺激に応じて熱を帯びる。脈打つ感覚が強まり、思考が鈍る。逃避のための行為が、逆に自分の浅ましさを浮き彫りにする。
 滑稽だ、と自嘲が浮かぶ。
 部屋の片隅で罪悪感に苛まれ、雨に震え、それでも淫に縋ろうとする己。荒い息が喉を震わせる。快いとは思えない。ただ、別の感覚で塗り潰してしまいたいだけだ。
「浅ましいな……
 低い声が、掠れて消える。更に刺激を求めるように、空いた手が無意識に胸元へと伸びる。衣服の上からでも分かる敏感な箇所に触れると、びくりと身体が跳ねた。そこもまた、熱を帯びている。
「あぁ……っ、う、ああっ」
 指でなぞるたび、背筋に細い震えが走る。本当に快いのかと問われれば、違う。だが確実に身体は反応している。
 ――どうして。
 尚も浮かび上がる言葉を振り払うように、動きを速める。雨音を掻き消すほど荒くなった呼吸が、静まり返った部屋に満ちる。 
……は、ぁ……っ」
 指先は止まらない。止めればまた、あの戦場が迫ってくるからだ。
 苦しい。
 だが、やめられない。
「く……っ、ぁ……
 昂りを握る手に力を込める。一定のリズムで刺激を与えるたび、腹の奥がきゅ、と締まる。
……っ、は……や、め……
 誰に向けた制止か分からない。欲望に逃げる自分か。それとも雨と共に蘇る記憶か。どたらにせよ、指は動く。胸を弄る指先も、焦れたように強さを増す。
 その瞬間、龐徳の手を思い出した。大きく、温かく、決して乱暴ではない掌。それを思い浮かべた瞬間、ぞくりと全身が粟立つ。
「龐、徳……っ」
 堪えきれず、名が零れる。呼べば余計に苦しくなると分かっているのに。
……ぁ、は……っ」
 動きが速くなる。呼吸が乱れ、視界が滲む。彼の手で胸元を強く摘まれたような錯覚に、腰が跳ねた。
「や……、ぁ……っ、く……
 喉の奥から、押し殺した声が零れる。甘さと痛みが、区別なく混ざる。罪悪感が胸を刺すたび、刺激を強める。忘れたい。塗り潰したい。だが頂点が近づくにつれ、浮かぶのはやはり龐徳の姿だった。最後に向けられた。覚悟を秘めた静かな眼差し。
……っ、ちが…………
 否定する声は震え、すぐに息に溶ける。腹の奥がきつく締まり、熱が一気にせり上がる。
……ぁ、あ……っ、龐徳……!」
 名を呼んだ瞬間、視界が白く弾けた。短く鋭い息が漏れ、身体から力が抜ける。はぁ、はぁ、と荒い呼吸を繰り返しながら、于禁はその場に崩れ落ちた。
 熱は急速に引いていく。身体は生理的な終着点へ辿り着いたが、胸に残ったのは空虚だった。
…………はは……
 乾いた笑いが漏れる。
「私は……何をしている……
 額を押さえる手が震える。甘い余韻などない。和らいだ熱の代わりに、深い疲労が押し寄せる。あるのは、虚しさと罪悪感。龐徳を想って達したという事実が、胸を抉る。
……最低だ」
 低く呟き、膝を抱える。雨は止まない。罪も、記憶も、消えはしない。それでも身体は彼を求める。傷でありながら、唯一の救いでもある存在を。于禁は蹲り、震える呼吸を整えようとする。静まり返った部屋には、雨音と、自分の浅い息遣いだけが残っていた。

 ぽたり、と頬を伝い落ちた雫に、于禁は一瞬だけ天井を見上げた。
 雨漏りなどするはずもない。
 ――涙だ。
……何故、だ」
 将であった頃の自分は、泣いたことなどなかった。旧友を軍法に則り処刑した時も。龐徳の死を告げられた時も。帰国後、裏切り者と罵られた時も。胸の内が裂けようと、顔色ひとつ変えなかった。それが将としての務めだと、それが自分なのだと、信じていたからだ。
 感情は切り捨てるもの。
 涙は弱さの証。
 そうやって、ずっと耐えてきた。
「なのに……
 だが今、視界は滲み、喉は詰まり、息がうまく吸えない。頬を伝う雫が、止めどなく落ちていく。
……く、っ……
 声を押し殺そうとすればするほど、肩が震える。泣き方など、とうに忘れている。どうすれば止まるのかも分からない。袖で乱暴に目元を拭う。だが次の瞬間には、また溢れる。
 情けない。厳格であろうと努めてきた男が、床に座り込み、子どものように涙を零している。
「う、ううぅ…………
 嗚咽が、うまく抑えられない。喉の奥が震え、胸がひくりと痙攣する。
 ふと、思い浮かぶ。もしここに龐徳がいたら。無言で隣に座り、何も問わずに背を摩るのだろうか。乱暴に涙を拭うのではなく、ただ温かな掌で支えるのだろうか。
 ──その光景を想像した瞬間、于禁の胸の奥に鋭い嫌悪が走った。
……何を」
 震える声に、怒気がまとわりつく。
「何を、考えている……
 何を期待している。
 何を甘えようとしている。
 見捨てた相手に慰めを求めるなど、どれほど身勝手か。拳を強く握る。爪が掌に食い込む。それでも、想像は消えない。彼の体温。静かな声。眼差し。欲しているのは赦しか。それとも、ただ独りであることから逃げたいだけか。
「私に……そんな資格は、ない……
 絞り出すように呟く。龐徳は何も責めない。むしろ、許す許さないの話自体に首を傾げている。だが于禁は自分自身が許せなかった。 
……っ、あ……
 雨が、また強まる。情けなく、弱い声。将であった頃の自分が見れば、蔑むだろうか。それとも、ようやく泣けたのだと――言うだろうか。それは分からない。 
 涙はまだ止まらない。
 龐徳の名を呼ぶことさえ、今は許されない。それでも胸の奥では、確かに彼を求めている。その矛盾が、何よりも苦しかった。