tonami
2026-02-27 01:22:41
6292文字
Public 世にロゾ
 

鬼舞

世にロゾ参加作品⑤。現パロ。



 そういえばユースタス屋、土産だ。──おれからなわけねェだろ。ゾロ屋からだ。てめェが欲しがってたからってわざわざゾロ屋が用意してくれたんだよ。ありがたく思え。つーか、ガラスにも手を出すのか? ──なんだ、ただ欲しかっただけか。確かに綺麗だもんな、びいどろ。
 ──いや、本来の目的はゾロ屋の実家だったんだが。あそこまで来るならついでにこっちにも顔を出せと牛マルさん……ゾロ屋の大叔父様からお声がかかってな。ついでにって言える距離ではねェんだが。ゾロ屋の実家は北の大地だし。ちょうど祭りもあるからって言うんで、ロロノアの家に行ったあと鈴後の霜月家に寄ったんだ。
本家って言うだけであって、次から次へと訪問客が来る。あの辺一帯の地主でもあるから親戚以外の人間も来てたな。おれとゾロ屋は当然のように手伝いに駆り出された。顔を出せってこういうことだったんだなって理解したよ。でも牛マルさんにはいろいろ世話になってるから断れなかった。おれ達はしばらく客の相手したり、茶や菓子を出したり走り回った。
 訪問客が落ち着いて、せっかくだから祭りに行ってこいって言われたのが夕方六時頃だった。わざわざ浴衣を用意してくださっててな。これがまたゾロ屋がよく似合うんだ。なんでも牛マルさんが若い時に着てたものらしいが、もともと顔立ちや振る舞いがよく似てっから誂えたみたいだった。ゾロ屋は良い男だって褒めてくれたが、そっくりそのまま返したよ。美丈夫ってのはああいうのを言うんだろう。
 普段着物を着ねェからゾロ屋に着付けてもらって、二人で祭り会場に出かけた。本会場は町の奥にある寺なんだが、そこから正面の通りにも露店が並んでるんだ。何度か訪れたことはあるが、あんなに人がいたのは初めて見たな。夕飯はまだだったから露店でいくつか見繕って近くのベンチで食べた。ゾロ屋はすげェぞ。普段も行くとこ行くとこでおまけを貰う奴だが、祭りの時はぜんぶの露店で呼び止められる勢いだ。霜月の人から代金貰うわけにはいかねェだのおまけ持ってけだの、あれこれ押しつけられそうになってた。霜月、というか牛マルさんの甥っ子ってことで可愛がられてんだろうな。ゾロ屋も慣れたもんで代金をむりやり渡して、おまけは多少貰ってた。つっても量増やしてもらうとかりんご飴一本おまけとかそんなレベルだ。──美味かったもの?そうだな、お汁粉は絶品だったぞ。町にある茶屋が出してるところで、祭りの日は気軽に立ち寄ってもらうために店を閉めて露店を出すんだと。少なくともおれはあんなに美味いお汁粉は初めて食べた。
 腹を満たして寺に向かうと、そっちでも露店がいくつか出てた。通りに出てるのはよくある食べ物や射的とか輪投げとか、祭りと聞いて浮かぶ一般的な露店だったが、本会場のほうは違った。市の特産をメインにしてて、びいどろと金物の露店が出てた。風鈴とかアクセサリーとかあった。祭りらしく気軽に買える金額のだな。──そう、その土産を作った職人だ。やけにゾロ屋に懐いてるのは気に食わねェが、腕は良い。うちで使ってる風鈴もそいつが作ったものだ。そこでペンギン達に土産を買って少し世間話をしてるうちに花火の時間になった。家からでも見えたんだが、せっかくだから穴場に行こうってゾロ屋が連れて行ってくれたんだ。……いや、連れて行ってくれようとした、のほうが正しいな。
 ゾロ屋が言う穴場は、寺の向こうにあるって話だった。奥に向かっていくとちょっとした広場に出られる道があるんだそうだ。そこに行くまでの道が草に覆われれて一見わからないから、地元でも知ってる人間は少ないらしい。暗くて細い道をゾロ屋に着いていく。十分ほどで着くって話だったが、なかなか広場に出られない。いくらゾロ屋が方向音痴って言っても真っ直ぐな道だ。後ろにおれもいるから道から逸れたらすぐにわかる。でも十分以上歩いても、広場には着かなかった。さすがにおかしいと思って引き返したほうがいいんじゃないかとゾロ屋に声をかけた。けど返事はなかった。……目の前を歩いていたはずなんだ。距離だって手を伸ばせば背中に届くくらいだった。なのにゾロ屋は、いつの間にか姿を消していた。
 一瞬でおれはパニックに陥った。いくらゾロ屋の名前を呼んでも、道を引き返そうが進もうがどこにもいない。それどころか寺にも目的地の広場にも辿り着かない。周りにあるのは草むらだけで、街灯なんてあるわけねェから頼りになるのは月明かりだけ。地元でも知られてないような道だ。誰か来るはずもなく、誰もいない獣道同然の空間におれは閉じ込められちまった。
 ただ、混乱はそう長く続かなかった。これまで何度も妙な体験はしてきてる。こういう時こそ冷静にならねェと相手の思う壺だ。なんとか気を落ち着けて、おれはまず周囲を見回した。景色に特に変わりはねェが、月はさっきと同じ位置のままだった。たぶん極端に時間の流れが遅いか止まってるかのどっちかだったんだろう。おれはまず一度、引き返してみた。が、やっぱりどこにも着かなかった。それならと思って進んでみたが、結果は同じ。はてどうするか、と悩んで、そこでようやくスマホの存在を思い出した。──これで解決するんだったら楽だったがな。案の定、圏外だった。打つ手のなくなったおれは今度こそ途方に暮れた。
 ……そんな時だ。背後から名前を呼ばれた。ゾロ屋の声で。本来なら振り向くべきじゃねェのに、おれはつい振り向いちまった。そこにいたのは、赤い鬼の面をつけた男だった。左耳に三連のドロップピアスをつけて、出かけた時と同じ浴衣を着て、左腰に刀を差して、緑の髪をした、男。──怪異を相手にする時は家宝だっていう刀を使うんだよ。妖刀なんだ。トラファルガーに伝わる刀もそうだな。おれはあまり抜いたことねェが。
 まァなんというか、見慣れた姿ってのは安心するよな。それが大事な奴ならなおさら。鬼の面をつけてる理由はわからねェが、それでも知った気配だったから気が緩んじまったのは確かだ。そいつはおれを睨むと、小さく舌打ちをした。──ああ、そうだ。ゾロ屋じゃねェよ。まずもって気配が殺伐としすぎてる。おれのゾロ屋はもっと丸っこくて柔らかい。
 あとゾロ屋はクロスドミナンス……交差利きだ。──いや、両利きとは違う。あいつは箸を持つのは右手だが、ペンを持つのは左手になる。小さい頃に矯正されたのかもな。でもって、帯刀するのは右なんだ。普通は右利きなら左に刀を差して右手で抜くんだが、ゾロ屋はなぜか逆だった。本人もこっちがしっくりくるってだけで深い理由はないらしい。おれの目の前にいるゾロ屋の刀は、左腰に差さってた。
 最初っからゾロ屋じゃねェことには気づいてた。でも前に……ゾロ屋と初めて会った時に、おれはこの男と会ってんだ。今回みたいに迷い込んだおれをゾロ屋のところまで案内してくれた。だからゾロ屋じゃないとわかった上で、おれはそいつに着いて行くことにした。
特に会話もなく、そいつの後ろを歩いてどのくらいだったか、さほど経ってはねェはずだ。景色が変わらねェから距離が把握できねェんだよな。ずっと月明かりだけで暗くて細い道を歩いてるから。そいつは唐突に立ち止まっておれを振り返ると「少し離れていろ」って、しっしって、片手で追い払う仕草をした。言われた通り少し距離を取りながらおれは思った。おれのゾロ屋のほうが良い声だな、と。ゾロ屋の声はもっと耳触りが好いんだ。時々甘えきって「ろー」ってひらがなでおれを呼ぶ可愛さにはほど遠い。──あ? てめェに聞かせるわけねェだろ。おれだけが知ってりゃいい。
 そいつはおれが下がったのを確認するなり、腰に差した一振りの刀を抜いた。そんで、そのまま逆袈裟に振り上げた。続きざまに反対も同じように斬り上げる。何もないはずの空間が斬った形にひびが入ったかと思うと、強化ガラスみたいに細かく砕けて割れた。何者かはわからないが、空間を破壊できるなんて人間技じゃねェ。ゾロ屋でさえ、やろうと思えばできなくはないがそのあと体調崩すんだ。それをあっさりやってのけた男はおれの胸ぐらを掴むと、勢いよく空間の外に放り投げた。「く去ね。貴様がここに在ると迷惑だ」だそうだ。
その後は無事におれを探してくれていたゾロ屋と合流して、花火を見て帰った。ゾロ屋はすごい心配してくれてたけどな。歩き続けたせいで足は少し痛かったが、それだけだ。ゾロ屋からは「お前のメンタルが強くてよかったよ」って褒められた。──なんだその顔。不満でもあんのか。いいんだよ、ゾロ屋はこういうおれを愛してくれてるんだから。
 ……なァ、ユースタス屋。おれを「トラ男」なんてふざけた呼び方するのは麦わら屋と、あいつと連んでる奴らだよな。例外がゾロ屋だ。ゾロ屋とは麦わら屋経由で出会ってねェ。──いや、あの鬼の面の男が最初におれを呼んだ時、「トラ男」って呼んだんだ。ゾロ屋に似せるんだったら「ロー」って名前で呼ぶはずだろ。なのにあいつ、どこでその呼び方知ったんだろうな。




 やられた、と苦み走った顔で舌を打つ。油断をしていたつもりはない。だが、いままで町中では何も起こったことはなく、加護の強い土地なのもあって多少の気の緩みがあったのは事実だ。まさか空間ごと取りこむとは思わなかった。しかも恋人はあくまで餌に過ぎず、本命はこちらを自らのテリトリーにおびき寄せることだ。
 この土地の主は霜月の人間をひどく好むようで、少しでも血が流れているとそばに呼び込みたがった。それでも一度顔を合わせれば満足していたのに、大叔父と自分に関してはやけに気に入られているらしく何度も呼ばれる。ただ、最近は落ち着いていたから今年も大丈だろうとどこかで思っていた。その隙がいまの状況を招いてしまったのだけれど。
 くそ、と吐き捨てながら細い道を探る。妙な気配はそこら中にある。いわゆる神の所業だ。異空間を作ることくらい造作もない。手元に妖刀さえあれば空間に割り入ることができたのだけれど。自分一人に異空間へ入る力はない。それができるのは人ならざるものであって、できた時点で普通の人間から逸脱している。
 霜月の家まではそう遠くない。さすがにこの町内では悪癖は発揮されないのでまっすぐに妖刀を取りに行ける。問題は、往復する時間の余裕があるかどうかだった。いくら護符を持っていても相手が相手だ。空間を作るほどの存在にはたいして役に立たない。それに恋人がどれほどの耐性があるかわからなかった。以前、初めて会った時などは妖刀自ら出口まで案内していたので最短距離で脱出していた。昨年の病院での件もたやすく怪異に巻き込まれたことに激怒した鬼哭により、入ったとほぼ同時に即除霊されている。思い返してみれば過保護な妖刀達によって長時間異空間に滞在することにはなったことがない。だから恋人の実際の耐性はどの程度なのか把握できていなかった。
 歩きながら思考する。迷っている暇はない。取りに戻る暇がないのであれば、方法は一つだけだ。恋人のためには来てくれずとも、主人の呼び声には応える忠実さは持ち合わせている。
 刀の銘を口にしようとして、しかし、パリンとガラスが割れるような音に遮られた。驚いて音のほうに駆けていけば、宙に空いた穴から浴衣姿の男が放り出されてくる。
「っロー!」
「ゾロ屋……!!」
「無事か? どっか痛むとか、気分悪ィとかねェか」
「ない。大丈夫だ。ゾロ屋のところに戻れてよかった……
「おれもだよ。無事でなによりだ」
 抱きついてくる恋人の背を撫でつつ、穴の中に立っている姿を見上げる。緑色の髪に赤鬼の面、濃い藍色の浴衣、そして左腰には一振りの刀。まさか、呼ぶ前に来てくれるとは思わなんだ。
「──三代鬼徹」
 いつもは似た男の姿なのに、今日はこちらの なりを取ったらしい。それにしては面をかぶったり刀を佩いているのは、完全に同じ姿形を取ってしまえば空間が取り込んでしまうからだ。人ならざるものが住まう場所に、普通より力が少し強いだけの常人は長く存在できない。かといっていつもの姿を取ってしまうと、意思の疎通が難しくなる上にあの姿では刀が振れないようだった。三代鬼徹自身の姿はまた別にあるものの、それを顕現させるためにはもっと複雑で特殊な手順が必要になってくる。なので手っ取り早く最初の主だという長着の男か、こちらの姿を写し取ることが多かった。
「ローを助けてくれてありがとな。ちょうどお前を呼ぼうとしてたんだ」
 気にするな、と妖刀が首を振る。いつもの姿ではないから喋れるはずなのだが、変わらず無口な妖刀だ。お喋りな刀というのも不思議な話ではあるけれども。
 破ったとはいえ一時的なもので、早々に修復をされ閉じつつある空間の中で、妖刀が背を向ける。このまま霜月の家に戻るのだろう。祭りから帰ったら礼をしなければ。ゆっくり手入れがいいだろうか、それとも時間のある時に大叔父にひと勝負挑もうか。遠ざかっていく背を見送りながら考えていると、恋人がその後ろ姿に向かって声を張り上げた。
「本当に助かった。ありがとう」
 ほぼ閉じた空間で妖刀はこちらを振り向くことなく、ひらりと一度手を振った。
……ところで、さっき三代鬼徹って呼んだか、あいつのこと」
「? ああ」
「ゾロ屋と初めて会った時にも、たぶんあいつに助けてもらってるんだが」
「そうだな。あの時は鬼徹がおれをお前のとこまで案内してくれたしな」
「まじか……
 眉を寄せて唸る恋人を不思議な心地で見守る。お前だって昨年鬼哭と会っているだろうに。それ以外にも妙なことに巻き込まれているのに、いまさら不可思議も何もない。しかし、続けられた言葉は思いもよらないものだった。
「あいつ、おれのことトラ男って呼んだんだが、なんでだと思う?」
……あ?」
 自分は恋人のことは「ロー」と名前で呼んでいる。トラ男と呼ぶのは恋人の遠縁である中学時代からの相棒で、それに感化された仲間内だ。他にそんな呼び方をしている人間はいない。なにかしらの影響があってはいけないと、仲間内と三代鬼徹は会わせないようにしているから実際呼ぶ場面に遭遇したことはない。本体から離れてひっそりこちらのそばにいたとしても気配でわかる。そもそも霜月の人間以外に興味を示さない刀だ。わざわざ会話を聞きに来るような真似などするわけがなく、だから三代鬼徹は「トラ男」という呼び方は知らないはずだった。
 そもそもあの手の存在にとって、名前というものは重要なものだ。正体を看破して初めて退治できるように、自身の力を発揮するためには正しく呼ばねばならない。姿を模したこちらの名はともかく、救出する人間に関しては空間に取り込まれないよう自我を保つ必要があるので正確であればあるほど良い。名前は、一番身近にあるものであり、一番短い呪だ。
「なんで知ってるかはわからねェが、お前の我の強さならあだ名でも大丈夫だって思ったのかもな」
……褒められてんだよな?」
「褒めてる褒めてる。お前のメンタルが強くてよかったよ」
 もしかしたら妖刀にそんなつもりはいっさいないかもしれないが。それでもなんだかんだ、いままで怪異やら怨念の塊やらに遭ってきたことを考えれば、平然としている恋人の精神力というか自我の強さには関心するばかりである。






25.09.08