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tonami
2026-02-27 01:21:24
3383文字
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世にロゾ
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鳴子
世にロゾ参加作品④。現パロ。
邪魔するぞ、黒足屋。なんだその嫌そうな顔。準備したいから開店前に来いっつったのはてめェだろうが。せっかく届けに来てやったこれは要らねェんだな。──最初からそう言え。ほらよ。ご所望の品だ。コウ三郎のじいさんが今度は直接来いって言ってたぞ。お前の好みに合わせて一丁打ってくれるそうだ。あ、あとこれも。ペティナイフ。こっちは光月のスキヤキってじいさんから。うちでも使ってるが切れ味抜群で使いやすいぞ。
──残念ながらゾロ屋は仕事だ。呼び出しがかかったんだよ。普段はこんなことねェんだけどな。なんでもお偉いさんが急に来ることになったんだと。誰かまではさすがに知らねェが。
……
せっかく休みがかぶったからデートするはずだったんだがな。こればっかりは仕方ねェよ。そもそも呼び出しかかって予定変えるのはおれのほうが多いんだ。ゾロ屋はいつも快く送り出してくれるが、やっぱり楽しみにしてたぶん落胆が強くて毎回こんな思いさせてるんだと思うと申し訳ねェ。──わかってるよ。仕事を投げ出すことはしねェ。それこそゾロ屋に嫌われちまう。
ああ、そうだ。ゾロ屋から渡しとけって言われてたんだ。──風鈴。使ってたの割れたんだろ? 新しいの付けとけってよ。黒足屋のイメージを伝えて作ってもらったんだそうだぞ。ちなみにおれが持ってるのもそうだ。リビングに吊るしてるが、ゾロ屋がおれをどんな風に想ってくれてるのか毎日感じられて最高だぞ。
……
常々思ってるがお前の表情筋って器用だよな。安心しろよ。おれとお前だけじゃなくて鼻屋とか骨屋とかも一緒だ。──麦わら屋には必要ねェって。むしろ意味がないらしい。確かにそんな感じはする。
──よくわかったな。モモの助って言ったかな。前のおでんって職人の息子だそうだ。びいどろ職人としては駆け出しだが、腕は良いってゾロ屋が褒めてた。おれとそう歳変わらねェのにやたらゾロ屋に懐いてて複雑だったが。しかもその妹がまた厄介で、どうやらゾロ屋に気があるらしい。──あいつ、なんであの手の女に好かれるんだろうな。本人がものぐさなせいか知らねェが、やたら世話を焼きたがる奴が多い。何かと器用だからやる気になりさえすればできるってのに。
……
あ? もしかしておれもか? 確かにゾロ屋に構ってる時はめちゃくちゃ楽しいが。──黒足屋、お前も人のこと言えねェからな。つーかあいつと連んでる奴らだとお前が最たるものだろうが。
そういえば、前の風鈴はなんで割れたんだ? 落としたのか? ──落ちた? 勝手に? へェ。吊るしてる紐でも緩んでたのかもな。いつ貰ったんだ。──五年前?ああ、一人暮らしの祝いね。ゾロ屋が寿命だって言ってたから不思議だったが、なるほど。納得した。
うちの風鈴もこの間割れちまって新調したんだ。お前にしてはよく保ったほうだってゾロ屋は慰めてくれたが、まだ貰ってから二年しか経ってないから申し訳なくてな。ガラスとはいえ本来ならもっと保つはずなのに、おれのところに来たばっかりに短命で終わらせちまった。ゾロ屋はそれがこいつらの役目だと言うが、ひとつひとつ職人が命を吹き込んでるものだ。大量生産される既製品を雑に扱っていいってわけではねェが、それでもこういうのは特別だろ。しかも伝統とありゃなおさらだ。だったらもっと大切にしたいと思うもんだろ。──うるせェな。黒足屋に褒められても嬉しくねェ。どうせならゾロ屋に褒められたい。
……
話は変わるが、鳴子って知ってるか? 忍者が使うような、木の板に竹とか木片をつけた長い紐のやつ。──そう、侵入者対策のトラップだな。元は田んぼを野鳥から守るための物らしいが。ゾロ屋の故郷で使ってるのを見て思い出したんだ。そういやァ、風鈴も似たようなもんだよなって。
なァ、黒足屋。時々、風もないのに風鈴が鳴ることはあるか。──そうか、おれもある。珍しい話じゃねェらしい。玄関じゃなくて窓から入ってくるのもいるんだと。だいたいのものは招かれないと入れないが、時々勝手に家の中に侵入してくるような力があるタイプがいるんだ。そういう奴らには風鈴の音ってのは抜群に利く。不法侵入しようとしてる奴らにとっては、誰もいない、見られてないはずなのに急に音が鳴るから驚くんだと。警報の役割、つまり鳴子だな。加えて音っていうのが重要で、濁りのない澄んだ音であればあるほど効果が高い。風鈴は涼をとるためじゃなく、危険を報せてくれるアラートとしても機能してるってわけだ。まァ、ぜんぶゾロ屋からの受け売りだがな。
ところで、黒足屋。さっき風鈴が鳴ってたが、あれはいったいどっちなんだろうな?
あ、と焦りを含んだ声に反射的に顔を上げた。間を置かず、すぐにガシャンと何かが割れる音。洗い終わったカップを水切りに置いて、カウンター越しに窓辺で蹲っている恋人に呼びかける。
「どうした? なにか割れたような音したが」
「ゾロ屋
……
」
恋人が沈んだ面持ちで顔を上げる。その手の中には色がついたガラスの破片があった。フローリングにはそれと同じような細かなガラスが大小問わず散らばっている。慌ててそちらに駆け寄って、手からガラスを叩き落とした。
「馬鹿野郎! 危ねェだろ!」
「すまん」
「怪我は? してねェか」
「大丈夫だ。
……
風鈴、せっかくゾロ屋がくれたのに、割れちまった」
「んなことはいい。こういうのはいつか割れるもんだ」
念のため怪我がないか手を確認し、傷が見当たらないことに胸を撫で下ろす。誰かを救うための手だ。些細な傷ですら、ミクロ単位での繊細な動きを求められる手術への悪影響になりかねない。
「よかった、確かに怪我はしてねェな。大事な手なんだから気をつけろ」
「ん、悪い。気をつける」
「片づけはおれがやるから、お前は
……
あー、掃除機持ってきてくれるか?」
「わかった。軍手も持ってくるから素手で触るなよ。おれだってお前に怪我してほしくねェんだ」
いいな、と念押ししてリビングを出ていった恋人を見送って、散らばった破片をなんともなしに眺める。海をイメージして彩色されたガラスは、天気が良い日には陽光を透かしてフローリングに小さな海を作っていた。恋人はその光景がいたくお気に入りで、風で揺蕩う海をぼうっと眺めては気づいたら眠っているなんてことがよくあった。だから余計に割れてしまったショックが大きいのだろう。確かに普通に使っていれば何年も保つ物だ。乱暴に扱いさえしなければ割れることもそうない。
──まァでも、二年もよく保ったな。
家には結界を敷いているし、そもそもそばに自分がいる。それでも事前に追い払えるのであれば越したことはない。そのため魔除けの意味合いも兼ねて警報装置として置いていたが、恋人の体質で二年保ったのであれば良いほうだ。きちんと浄めればもっと長く保つだろう。次は徹底的に浄めようと決め、破片を覆い隠すように差し込んだ黒く澱んだ影に目を細める。
ガラスの中から、短冊がついたものを摘み取る。割れるほどの大きさではなかったからか、棒状のガラス──
舌
ぜつ
と呼ばれる部分には傷一つついていない。綺麗に残っていてくれてよかった。生まれる前から可愛がってくれている職人がわざわざ希望を聞いて作ってくれたものだ。すべて捨てるのはさすがに忍びない。左耳に下がるピアスを一つ外して、舌を軽く打ちつけた。リィン、と透き通った音が響き渡ると、影が動揺したように揺れる。リィン。二度打てば、影が薄まる。リィン。三度。リィン。四度。リィン──五度。掃き出し窓の向こう、ベランダに蟠っていた影はすっかりなくなっていた。少しでも守りが薄れるとこれだ。生まれついての体質だから仕方ないとはいえ、よくいままで生きてこられたと思う。
……
たぶん、こちらの影響もあるのだろう。人ではないものに好かれやすいのはこちらも同じだ。恋人はどうにも人間のどろどろとした感情の塊のほうが強いようだけれど。
恋人が戻ってくる前にピアスを付け直し、舌はポケットへ。おでんに謝らないとな、と思いながら掃除機を抱えた恋人から軍手を受け取った。
その翌週。リビングの掃き出し窓では、黄色と青色の風鈴が涼やかに澄んだ音を鳴らしていた。
25.08.28
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