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tonami
2026-02-27 01:20:06
4574文字
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世にロゾ
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にわたずみ
世にロゾ参加作品③。現パロ
よォベポ。おつかれ。いま帰りか? ──そうだな、たまには一緒に帰ろうか。
今日は大変だったな。まァ子供が相手だから仕方ねェが。久々にペンギンが振り回されてるのを見たよ。あんだけ慌てたあいつもそうそう見れねェな。なんだかんだ、いつも器用に切り抜けるんだからたまにはいいだろ。
──なんだ、ベポ。お前までその手の話にハマってんのか? いったいなんの流行りなんだ? 言っとくがおれもそんなに話のストックはねェぞ。
あ〜
……
そうだな。何年か前の秋の話になるんだが、雨が一週間くらい続いた時があったんだ。もともとおれは車通勤だから雨でも関係ねェが、ちょうどその時期は徒歩で通勤してた。──そう、あの時期だ。
徒歩通勤を始めて一ヶ月ほど経ったくらいだった。いつものようにおれは家を出て、いつもの道を歩いてた。深夜から降り続いてる雨はまったくやまなくて、むしろ勢いを増したくらいだった。道の端に水たまりがいくつもできてどんどん溜まっていく。用水路に流れるスピードより溜まるほうが早くて、傾斜がない場所は水浸しになってて歩くのに苦労した。今日ばっかりは車で行けばよかったと思ったな。ゾロ屋とできるだけ長く一緒にいたくて徒歩にしてたが、ああいう天気の時はゾロ屋も素直に送られてくれたかもしれねェ。まァ夕方には止んだから結果的にはよかったがな。
その日の退勤が午後七時くらい。辺りはもう真っ暗だった。夏を過ぎるとすぐに暗くなるよな。ゾロ屋は八時に上がるから、バイト先まではのんびり歩くことにした。──そういや教えた覚えねェな。知り合いがやってる会社の雑用だと。本人としては居酒屋でもどこでもよかったらしいが、周りに反対されたらしい。仕事内容にしては割りのいい時給だったから怪しいとこじゃねェか心配したが、まったくそんなことはなかった。むしろ目の届くところにいさせるためだったみたいだ。
すっかり雨が上がったとはいえ、水たまりはまだ残ってた。たまにそれを避けながら歩いてると、道の端にある水たまりが風もないのに揺れた。虫とか気づかないうちに靴にあたった小石でも入ったんだろうとその時は気にも留めなかった。すぐ前にも水たまりがあったし、そっちは何も起こらなかったからな。そこから二、三分歩いたところにまた水たまりがあった。大きめで、道の真ん中にあったから避けて端を歩こうとした。そうしたら手前に来た辺りで水たまりに波紋が起きたんだ。なんとなくつられてそっちを見た。頭空っぽの時に動くものがあると反射的に目で追っちまう時あるだろ。その時は何も考えずに歩いてから、つい水たまりを見ちまった。
時にベポ、水たまりっていうのは静止してる時は周りの景色を映すものだよな。そもそも水面を鏡代わりに使うことは古くからある話だ。その手の都市伝説もある。ただ周りが暗くて街灯からも距離がある場合、何が映ってるかは正確に判別できねェ。良くて黒い影が見えるくらいだ。特に色の判別は濃淡くらいだろう。それなのに、波紋がおさまった水たまりには、女の姿が映った。黒髪で真っ白な顔をした女が、血走った目で恨みがましそうにこっちを見てた。その場にいるのはおれだけで、誰ともすれ違ってなければ人もいない。幻覚でも見えるようになったのかと危惧したが、夏頃に妙な体験をしてたからな。これは見えたらいけないものだとすぐにわかった。ゾロ屋にもお前は引き寄せやすいから気をつけろって言い聞かされて、お守りを貰ってたんだ。いつも鞄につけてるんだがな、どこかに落としたのかいつのまにかなくなってた。──ああ、お前がお守りを見つけてくれて助かったよ。ゾロ屋がおれのために用意してくれたものだからな。あのままなくしてたら申し訳が立たないところだった。
思わず固まって立ち尽くすおれに、女はやたら嬉しそうに嗤った。血走った目を見開いて、口の中は歯まで真っ赤に染まってた。水たまり一面に映ってた女の顔がどんどん近づいてくる。そのうち口が消えて、すぐに鼻が見えなくなった。両目だけになった女は相変わらずおれを見てる。片目が消えて、両目も消えた。もはや近すぎて何かもわからねェ。
ほどなくして水たまりは黒い水面に戻った。これで一安心
……
できるわけがねェよな。水たまりからごぷりと音がしたと思ったら、アスファルトを白い何かが握った。指だった。女が、出てこようとしてる。おれはすぐに走り出した。水たまりを通り過ぎるたびに、徐々に出てくる面積が増えていった。大小合わせたらそこかしこにあったからな。指から手首、腕、肘、肩。ここまでくれば頭も見えてくる。髪、目、鼻、口。首まで出てきた女が、水たまりから嗤いながら這い出る。全身を現した女はびちゃびちゃ音をさせながら追いかけてきた。幸い足は遅いみたいだった。ゾロ屋のバイト先まで全力で走って、玄関の明かりが見えて安心してスピードを落とした。ここまで来れば大丈夫だろうって立ち止まって息を整えて、
……
すぐ後ろで、ふふって、女の声がした。
──シャチといいお前といい、おれをなんだと思ってんだ? 無事だからここにいんだろうが。咄嗟に建物の中に入って難を逃れることができたんだよ。なんでか、女は中にまで入ってこれなかったみたいだからな。
ちょうど下りてきたゾロ屋が様子がおかしいことに気づいて、おれを上に連れて行った。たぶん、玄関の外も見えてたんだろ。話を聞いたゾロ屋はなぜかおれを奥の部屋に押し込んで、一人で下りていった。
……
その奥の部屋ってのが、社長室でな。社長がまだ中にいたんだ。いくら知り合いとはいえ、勤め先のトップだぞ。そんな慇懃無礼なことするとは思わねェだろ。社長のほうは慣れてるみたいで、あいつが戻ってくるまでゆっくりしてろってわざわざお茶を淹れてくれた。まァゾロ屋との関係について根掘り葉掘り聞き出されたんだがな。どうもおれのことを調べたようで、ドフラミンゴのところのガキってのは気に食わねェがって苦い顔してたな。──さあ。コラさんならともかく、あいつのことなんざ興味ねェ。
二十分ほどして戻ってきたゾロ屋は「もう大丈夫だ。でもあんなのと遭ったあとだし、念のために送らせてくれ」って太陽みたいに笑った。ぴっかぴか、満点の笑顔だったな。あまりに頼り甲斐がありすぎて惚れ直した。ただ、ゾロ屋の悪癖を考えるとおれが送られちゃだめだろ。そもそもいつもはおれが送る側で、うちにも数えるくらいしか来てくれたことがねェんだ。帰り道覚えてねェだろうし、何時に家に着くかもわからねェ。でもゾロ屋はおれを送るって聞かねェから、結局見かねた社長に送ってもらった。ついでに飯も奢ってもらった。いい店だったからまた行きてェな。
──あの女が何なのか? ゾロ屋が言うには、怨念の塊なんだと。おれはそういった類のを寄せられやすいんだそうだ。今回はたまたま女だったが、男女問わず怨みを買いやすいらしい。だからお守りを貰ってたんだがな
……
もう二度となくさねェ。
ん、少し早いがここでお別れだ。ゾロ屋と飯食いに行く約束でな。向こうまで迎えに行くんだ。──ああ、お前も気をつけて帰れよ。水たまりとか見ねェようにな。──ははっ、冗談だよ。大丈夫だ。ベポは誰かから怨まれるような性質じゃねェんだから。おれと違ってな。
「よりによって面倒なのを選んだな」
帰りの車内で葉巻を吹かしながら、上司が嘆息した。ゆる、と視線だけをそちらに向ければ相変わらず眉根の寄った横顔がある。
「面倒?」
「ドフラミンゴが目をかけてるガキだろう、あれは。なにかとおれに連絡を寄越してくるから鬱陶しいったらありゃしねェ」
「あんたに構ってほしいんだろ」
「やめろ気持ち悪い」
言葉とともに煙を吐き捨て、それからこちらを見やるとどっちだ、と主語もなく問う。こっち、と同じように返すと、上司はこちらの自宅を告げた。
本来ならさきほどまで一緒にいた友人
……
友人? が送ってくれるはずだったが、あんな騒動が起きたあとでは仕方ない。しかも護符をなくしてしまったとあっては一人で帰すわけにはいかなかった。何度か訪れた際に結界は敷いているので家の中は安全だけれど、いざ外に出てしまえば何と遭うかわからない。出会った時もそうだったが、やたらに負の感情を引き寄せやすい男だ。護符をなくした途端にこれなのだから、もう少し力を強めたほうがいいかもしれない。
「明日はどうする」
「朝一であいつの家に行って護符渡して、念のために職場まで送ってくる」
「あのガキの家、行ったことあるのか?」
「
……
何度か」
「送っていってやるから家で待ってろ。そのまま病院と大学にも連れて行ってやる」
「
……
頼む」
己の道の迷い方を考えると、友人(仮)の家までは送って行ってもらったほうが確実だ。それでも不満がそのまま顔に出たようで、上司は宥めるように荒く髪をかき回した。幼い頃から知っているせいか、いつまでも子供扱いされている気がする。この上司に限った話ではないのだけれど。
「お前のそれは、治さねェほうがいいんだろう。だったらおとなしく周りの親切を受け入れておけ」
親しい友人達にはファンタジスタと呼ばれるほど、自分の方向感覚はおかしいらしい。一応自覚はある。いわゆる方向音痴の酷さは物心つく前からで、地図を見て歩こうが人と一緒に歩こうがいつのまにか道を逸れて、まったく違う場所にいることなんて日常茶飯事だった。友人や昔からの知り合いは車や公共機関を使うか、逸れないように手や腕を掴んで歩く。周りからどう見られようが逸れることのほうが問題だ。子供の頃など幾度も自分を探す手間で遊ぶ時間がなくなってしまって、けれど近所の子供らはそのことすら責めないから幼いながらに申し訳なさを感じていた。成長しても改善される兆しはまったくなく、もう己の悪癖として受け入れるしかなかった。
いままで何度も治そうと思っても治らなかったのならば、逆に治さないほうがいいのかもしれないと言ったのは大叔父だ。祖母も酷い方向音痴なので恐らくは遺伝なのだろう。あの手のものを扱うのなら下手に真っ直ぐに歩くより、法則性がないほうがあちらを翻弄できる。とにかく常に自分のペースを崩さなければ、呑み込まれることはまずない。これも大叔父の受け売りだった。
「とにかく明日の朝一番で迎えに来るから、ちゃんと起きてろよ」
「おう、頼んだ」
自宅アパートの前で停車した車から下り、ドアを閉める前にふと思い立つ。そういえば、上司は勘違いしていたようだから正しておかねば。
「そういやクロコダイル。あんた勘違いしてるみてェだが、おれとローは付き合ってねェぞ」
「────あ?」
「あいつはなにかってェと口説いてくっけどな。告白もしてこねェうちは付き合う気はねェ」
じゃあまた明日の朝な、とぽかんとしたままの上司をそのままにドアを閉める。狭い道をものともせず、滑らかに社長を乗せた車はすぐさま走り出した。有能な運転手で助かる。
その後我に返った上司が旧知にクレームのメッセージを入れたこと知ったのは、友人(仮)が恋人に昇格した日のことだった。
25.08.19
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