tonami
2026-02-27 01:17:35
4154文字
Public 世にロゾ
 

地下に棲まうもの

世にロゾ参加作品。現パロ。



 最近? なんだいきなり。……ああ、そういう季節だから聞いて回ってんのか? お前、怖がりのくせにホラーとか見たがるもんな。
 そうだな、ナースコールの話はしたんだったか? ──そう、空き部屋の。話したか。じゃあエレベーターの話でもするか。
 昨年になるんだが、ゾロ屋が入院してたことがあったろ。つってもあいつ一週間で退院していったが。まあ特にどこが悪いってわけじゃなかったからな。
 ゾロ屋が運び込まれた一日目は、いろいろ慌ただしかったが夜にはなんとか落ち着いた。運び込まれた当初、あいつ心臓止まりかけてたからずいぶん焦ったよ。おれが応急処置したとはいえ、持ち直すか不安だったからな。あの時はお前らがいてくれて助かった。おれだけだったらみっともなく取り乱して何もできなかったろうな。
 無事に息を吹き返したはいいものの、ゾロ屋の意識は戻らなかった。……いろいろ、力を使い果たして疲れてたんだろう。その日はずっと眠ったままだった。心配だから泊まろうと思ったんだがお前らがこぞって帰そうとするから仕方なく帰宅した。──ああ、実際帰ったのは正解だった。よほど疲れてたんだな。ベッドに入るなりぐっすりだったよ。
 二日目、おれは遅番だったから昼過ぎに出勤した。ゾロ屋の様子を見にいったが、帰る前に見た時と変わらず眠ったままだった。バイタルは安定してたし、他の検査結果も問題なかった。あとは意識さえ戻れば安心できたんだがな。特に何事もなく仕事を終えて、何時だったか、夕飯を買うために一階の売店に下りたんだ。六階からエレベーターに乗って、四階で止まった。乗ってきたのは看護師だった。病院なんだ、別に看護師が乗ってくるのは不思議でもなんでもねェ。──さあ。他の科の看護師なんざいちいち覚えてねェな。ねェが……見たことがない顔ではあった。特に会話もなく一階に着いて、おれは下りた。てっきりその看護師も下りるのかと思ったが、そいつはエレベーターに乗ったまま、扉が閉まった。別に興味もなかったしおれはそのままコンビニに行ったから、そいつがどこに行ったのかは知らねェ。
 三日目もゾロ屋の意識は戻らなかった。特に変わったこともなかったな。……ああ、いや、あるといえばあった。帰る時にエレベーターに乗ったら、四階で看護師が乗ってきた。二日目と同じ奴だ。──そう、別におかしなことじゃねェ。だから気にはしなかった。一階に着いても一緒に下りねェのは、地下に用があったんだろ。二日連続で行くくらいだ、担当してた患者だったのかもな。
 四日目、ゾロ屋の意識が少しだけ戻った。あんまり起きていられなくてすぐに寝ちまったが、ちゃんとおれを見て名前を呼んでくれた。安心したよ。初日以降はあんまり寝られなかったが、その日はちゃんと眠れた。──仕方ねェだろ。ゾロ屋がいないとうまく寝られねェんだ。……四日目も、帰る時に四階で看護師が乗ってきた。同じ階で乗ってくるのは、そいつの配属が四階なんだったら当然のことだ。三日連続で会うのは、まあ、そういうこともあるだろう。三基あるエレベーターで乗り合わせるのも、時間がかぶれば不思議なことでもない。向こうは下りてくるものに乗ってるだけだからな。たまたまそいつの仕事とおれが乗る時間がかぶっただけ。おれが一階で下りると、エレベーターは地下に向かっていった。──妙だなとは、思ったさ。だけどおれにできることはいくらもねェんだ。下手に刺激して大事になるのは避けたかった。
 次の日、五日目だな。ゾロ屋の意識が完全に戻った。念のため受けさせた各種検査に問題は見られなかったから翌日には退院できることになった。おれは休みだったからな。一日中ゾロ屋に付き添ってた。──だろ、おれがいなかったら検査に何時間かかったかわからねェぞ。あいつの方向音痴は洒落にならねェからな。ゾロ屋と一緒にいられるのが嬉しくて面会時間ぎりぎりまでいて、さすがに帰れって怒られたから帰ることにした。翌日は出勤だから迎えに行けねェのが残念だったが、黒足屋と鼻屋が迎えに来たからな。あいつらなら大丈夫だろ。
 帰るためにゾロ屋の病室があるフロアからエレベーターに乗って、四階で看護師が乗ってきた。……なあシャチ。お前、ゾロ屋が何階に入院してたか覚えてるか? ──そうだ、ゾロ屋がいたのは三階なんだ。おれは乗る時に、確かに下のボタンを押した。エレベーターの「下へ参ります」ってアナウンスも聞いた。それなのに、四階に上がった。看護師が乗り込んでくるとエレベーターは下に向かって、一階を、通り過ぎた。エレベーターは、地下で止まった。
 看護師が下りる。……そこで思い出したんだが、ここ数日で患者が亡くなった話を聞いた覚えがなかった。救急で運ばれてきた話もない。だから霊安室に用があるはずがねェ。地下の倉庫だって、そんなに毎日取りに行くようなものはねェはずだろ。じゃあ、この看護師は何の目的で地下に下りてきてるんだ? わざわざおれを連れてきて。
 さすがに嫌な予感どころじゃなくて、エレベーターのボタンを連打した。でもどのボタン押そうがドアは閉まらない。看護師が振り返る。顔はやっぱり見覚えがなかった。それどころか、見るたびに顔が変わるんだ。いくつも顔が変わって、……その中に、一人だけ知った顔がいた。半年前に、受付の事務員が一人、事故で亡くなっただろう。──そう、出勤途中に飲酒運転の車に轢かれて、そのまま。患者のことでよく話す機会があったから覚えてるし、通夜にも行った。その事務員の顔が、あった。
 看護師はゆっくり近づいてくる。エレベーターのドアは一向に閉まらない。いつの間にか看護師は事務員の顔になってた。事務員が、にたりと笑う。エレベーターの中に、看護師が入ってくる。──お前の目の前にいるのは誰だと思ってんだ。無事だからこうして話してんだろうが。
 そいつがエレベーターに足を踏み入れようとした瞬間、看護師が後ろに吹き飛んだ。まじでびっくりした。まさか新手かとか身構えたが、目の前にいたのは、ゾロ屋だった。ゾロ屋はおれが無事なのを確認すると床に転がる看護師の胸に、刀を思いきり突き立てた。──あ? なんだ? 刀? 我が家に伝わる家宝だ。妖刀でな。おれには懐いてくれてるみたいだからボディーガードしてもらってる。刀を突き立てたまま、ゾロ屋はにやりと笑った。「あれはおれのだ。手ェ出すなら相応の覚悟があんだろうな」……おれは改めて思ったよ。おれのゾロ屋は格好良くて最高の男だな、って。
 看護師はゾロ屋と刀によって退治された。それ以降、おれはあの看護師に会ったことはないし、エレベーターで鉢合わせたこともない。……これでいいか? ──そうか、満足したならいい。話してるうちにいい時間になったからおれは帰る。今日はゾロ屋の肉じゃがの日なんだ。絶対食い逃すわけにはいかねェ。
 それじゃ、お疲れ。また明日な。気をつけて帰れよ。特にエレベーターにはな。




「ははは! そりゃお前、キャプテンに担がれたんだよ!」
 げらげら笑う幼馴染みにシャチは眉を八の字に下げた。ここ最近聞いた怪談話では一押しだったのだけれど。目の前で転がる幼馴染にとってはそうではなかったらしい。ペンギンはしばらくひーひーと腹を押さえながら起き上がって、グラスを呷った。中身は水だ。互いに素面である。
「だって、思い出してみろよ。キャプテンは六階から乗ってたんだろ? じゃあ地下に行くのはおかしいじゃん。地下室に行くエレベーターは東側のだけだぜ? おれらが使う西側のは一階までしか止まらねェよ」
「でも東側使ってたかもしれねェだろ」
「あのキャプテンがわざわざそんな面倒なことするかな。東側とはけっこう距離あるのに。つーか、三基あるって言ってたんだよな? だったらやっぱ西側だろ。東は二基しかねェんだから」
 それに、とペンギンは言い募る。
「ロロノアが入院してた部屋ってナースステーションの目の前だったから、出入りすればすぐわかるよ。意識が完全に戻った日の夜、キャプテンが帰ったあとはあいつ一度も出なかった……あ、いや一回だけトイレ行ってたかな。でもすぐに戻ってきてたし、地下まで往復する時間なんてなかった。おまけに刀なんか持ってたらめちゃくちゃ目立つだろ。持ってくるにも行くにも」
……確かに。言われてみれば、そうだな」
 思い返してみれば、上司の話はところどころおかしな点がいくつもあった。聞いていた時は何もおかしなことだとは思わなかったのに。雰囲気に呑まれたのだろうか。職場だから設備の配置なんて地図がなくても頭に浮かべられるし、当時のこともさすがに鮮明には覚えていないが、彼の恋人が運び込まれてきたことが衝撃すぎて、ある程度のことはまだ記憶に残っている。
「でもさ、事務員さんが亡くなったのは本当じゃん。 キャプテンが作り話のために利用するか?」
「しないな。キャプテンはそんな人じゃない」
 即座に否定したものの、だとすると上司の話はすべて本当だということになる。だが、ペンギンが挙げた矛盾点が引っかかって素直に肯定できないでいた。小骨が喉の奥に刺さっているような違和感。テーブルにグラスを置いた拍子に注がれた水がわずかに跳ねる。
……どこまで本当なんだと思う?」
「さあ……
 すべて真実か、嘘か。それともどちらかが一部だけ混ざっているのか。語った本人以外には到底わかりようもなく、二人の間に妙な沈黙が落ちた。




「──って、ことがあったんだけど、ロロノア覚えてる?」
 忘れ物だと上司に弁当を届けにきた歳下の青年は、聞かされた話に首を傾げた。まさか覚えていないなんてことはないはずだが、あのトラファルガーと付き合えるだけあって、彼もいろいろと規格外だ。
「去年? …………あー、ああ。あれか」
「さては忘れてたんかい」
「忘れてはねェ。いろいろあったからごちゃ混ぜになってんだよ。──地下のだろ。それ、あれだ」
 青年は一度、医局に目をやって、やけに達観したような顔で苦笑した。
「鬼哭がすげェブチギレてたやつだ」





25.07.25