ぽるすみす
2026-02-26 23:08:12
2713文字
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欲張る

マミよし(ちょっと二次創作)

 マミが吉岡に声を掛けたのも単に文句を吐き出す誰かにしてやりたかっただけで、吉岡である理由は特になかった。ただ、結果としてはマミが想像していたよりも吉岡は面白くない反応と予想を裏切る返答を残して、意識をマミから別のものにすっかり移した。
それに対しマミは、無性に腹が立ったわけでもない。
幼稚さがいなされているようで恥ずかしくなったりなんてしない。
ただなんとなく、なんでもない、だけがマミの中に残った。

 芸人とはいえ劇場やロケ以外で会えばそれなりに一般人であり、若手なんて本当にフリーターと何が違うって生活をしていることが大半。たった三年しか人前に立っていないマミもその例に漏れず、ワーキャー言われる場所もあれば、その倍の時間は誰でもないどなたかとして、名前も知られず社会の中の極めて小さな歯車になっていた。
そんな時、マミは芸人であるはずの自分がこんなちっぽけな存在になっていることが悔しかった。逆に言えば、誰も気に止めないような男が実のところ、人を笑わせては羨望されるやつだったらどうする?と知らしめて笑ってやりたかった。
けれど自身のプライドの高さ故、ちょっと話しただけ、ちょっと仕事が一緒なだけのやつが芸人のマミも、一般社会に紛れる村瀬慧斗のことも知ったつもりになられるのは許せない。同じ理由で芸人仲間にだって心根を開示したことはなく、口に出すのは舐められない為のお作法ばかり。
だから誰にも自身の信念や馬鹿みたいな自尊心を誇示することなく、気を許す人など本当のところいないのだ。
そんな、どちらにもなりきれず、どちらにも迎合したくないマミにとって、吉岡はどっちともつかない存在として不意の隙間に入り込んでしまった。


「で、吉岡はどう思う!?」
「いやぁだから僕にお笑いのこと聞かないで下さいよ。口出す立場じゃないんですってぇ」
「ちがーう、だから市場調査っつってんじゃん!」
マミは平日の夕方、授業終わりの吉岡をチェーン店のカフェに連れ込んで相も変わらず駄弁っていた。最初の頃こそなんのことかと萎縮していた吉岡だったが、今では肘をついてカフェオレをストローで混ぜ続けている。
「もー……面白いんじゃないですか?和田さんがボケ。新鮮だと思いますよ」
「もっと」
「えーっ!?慧斗くんがツッコミだと和田さん叩く時に腕の振りが大きくなるから見映え的にも笑いどころだなって分かりやすいです」
「まだまだ!」
「勘弁してよ!もう……強いて言うなら、落とした後に客席の顔見渡してくるのはちょっと居たたまれないかあなー、って……
「吉岡の分析って浅いな。」
「うるさいな!あんたが言わせたんだろ!」
吉岡が疲弊の色を見せながら頭を抱えるが、マミは気を悪くした風でも嫌みったらしくご機嫌な様子でもない。
「感想なら自分のファンに聞いたらいいじゃん。マミさんはいっぱいいるでしょ」
「いるけどチューしてる時にお笑いの話聞きたくねーじゃん」
「ファンとチューすんなよ」
目を細めて呆れるようにストローに口をつける吉岡を見たってマミは嫌な気にならなかった。
「ネタとかの話しないって、逆になんの話するの?出待ちとかさ」
「出待ちの時はまぁ、出番の時のこと話すよ。面白かった?とか。でもこれからセックスしますって子とそんな話してもなんかさー」
「だからセックスすんなって」
「てかあの、どこが面白かった?って聞いたりしてさ、『全部です!♡』とか言われるとなんか全然見てねーじゃんってイライラするっつーか。全部って?それ聞いてんだけど?って。笑いに来てるというより芸人に抱かれるために来てる感?」
「抱いちゃうせいじゃない?」
痛いところを突かれても吉岡からの言葉は責める響きもなく、芸人のマミにも、マイクを前にしない村瀬慧斗にも投げてくれているようだった。
 マミが『まあね』という顔で手を上げてる間に、吉岡は腕を組んで顎を擦り出す。ネガティブな考え事をしている時の仕草だ。
「えー……全部って答えちゃうのよくないの?ヤバいな、俺キャンピーさんに言っちゃってるかも。嫌だったかな……
「馬鹿言え。キャンピークソ喜んでるだろ」
「キャンピー"さん"な!」
「全部っつって。結局一から百まで言って聞かせてるじゃねーか。あーあ。いい客だよホント」
「えー?そう?あははやったー」
「時間食い過ぎだっつってんだよ」
「まぁそれは確かに」
マミは、先輩芸人であるキャンピーを心酔する吉岡をいつも俯瞰していた。痛々しいやつだな、とは初めて会った時から思っている。そのうえ、この浮わついた熱狂の声をキャンピー本人が心底喜んでいる様子も、マミにとっては恥ずかしさすら感じるほど純真無垢だった。
大の大人が、男同士でキャーキャー言い合って何が楽しいのかね、とは思うものの、自分に持ち得ない隣の芝は、少しだけ羨ましい。
「吉岡はいいよな。ホントキャンピーさんにしか興味ないからつまんねー感想くれてもムカつかないわ」
「僕はいいけどキャンピーさんのこと悪く言うなよ」
「あの人面白いか?」
「おっと。流石に手が出るぞ」
吉岡が何をそこまで面白いと思っているのか、マミには分からない。分からないけど、分かろうとも思わない。
吉岡が自分に向けてくれる言葉だけでマミは十分に平坦になれた。

沸き立つような興奮もない。だからといって悲しくなるような期待もない。吉岡といる時は自分に向かない興味に、何故だか安心した。どの言葉にも自分を喜ばせるための作為はなく、どの仕草にも自分になにかを求める暗示はなく。売り言葉に買い言葉と、何も起こらず何も進まない口だけの遊びがマミの隙間を埋めてくれた。
でも、でも少しだけ。
大好きな芸人について話している時の饒舌が、自分に向けられたらどう思うだろうと想像もする。
熱が上がるとよく回る口が、自分の気を回してる部分を丁寧に拾ったり、知らなかった偶然まで完璧だと称賛してくれたら。
 もしかしたら誰に言われたって同じくらい嬉しいのかもしれない。でも、期待を想像して一番最初に出てくる顔は、いつ頃からか吉岡になっていた。
安心と無害を担保に引き連れた吉岡に、マミは自分の手を握りたがって欲しくなってきていた。
結局、追われる側になりたいのかと自分の性分に呆れてしまう。

「俺って面白い?」
「慧斗くん?まぁ。面白いんじゃない?」
「なんで疑問形。吉岡的に」
「僕的には、」
なんか変だなって思う。

マミもそう思った。なんでもないって高を括ってた吉岡が、なんだか気になってきていて落ち着かない。