toko-honey
2026-02-26 21:07:41
3320文字
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結んでほどけて5【艶めく】

レオン×タクミ。タクミの髪をきっかけにレオンがタクミに惹かれていくお話の第5話。1日1話の連載で全7話です。
Japanese Only
#leokumiweek2026

 サクラに借りた髪油を付けて寝た翌朝、タクミの髪は見違えるほどさらさらになっていた。
「え、すごい……
 朝の支度の最中、鏡の前で何度も自分の髪をなでる。まるでおろし立ての絹のような手触りで、櫛を通さなくてもいいくらいにまっすぐに整っていた。ちゃんと効果があったのはうれしいけれど、いつもと違いすぎて自分の髪が他人のものになったような変な気分でもあった。
 手触りの良い髪をいつまでも触っていたくなる気持ちを抑え、普段と同じように髪を結んでタクミは弓の朝稽古に出た。
 髪がつやつやになったというだけでどこか新鮮な気持ちだった。いつもと違うことが起こりそうな気がしていた。
 誰かに会うだろうかとどきどきしながら稽古場に向かったが、いつもの朝と変わらず誰とも会わなかった。もともと人目を避ける目的もあって早朝に稽古をしているのだから当然といえば当然だ。
 稽古の出来もいつもと同じだった。すべての矢が的のど真ん中に当たる、というような奇跡は起きなかったし、稽古中に偶然敵兵が現われてタクミが大活躍する、ということもなかった。
 髪がつやつやになっただけで特別なことなど起こるわけはない。当たり前だった。少しがっかりする。
 そしてタクミが自分の髪艶にすっかり慣れて朝稽古から戻ってきたときに、いつもと違うことが起きた。
 タクミが宿舎に入って階段を上る前、何気なく一階の廊下の先を見ると、そこにレオンがいたのだ。
 こんなタイミングで彼を見るのは初めてだった。
 レオンはたいてい朝が遅い。だからこの時間帯に見かけること自体が珍しかった。それにレオンの部屋はタクミと同じ二階にあるので、一階で見かけることも珍しかった。レオンは誰かの部屋から出てきたというわけではなく、部屋の中の誰かを待っている様子だった。そこが誰の部屋だったかまではタクミは思い出せなかった。
 レオンはすぐにこちらに気付いた。一瞬目が合う。いつもは彼のほうが先にタクミを見ているから、今日は順序が逆だった。
 レオンはタクミの姿を認めると目を見開いた。何か言いたげに口が開く。
 そんな反応も初めてだった。いつもの彼ならタクミと目が合った途端に何気ない風を装って目をそらすのだ。こんな風に目が合った後もじっと見てくることはなかった。
 緊張してどきどきと鼓動が速くなる。いつも意味ありげに見つめてくるのはどうしてなのかと問いただしたいのに、喧嘩腰の会話しかしたことがないからここからどうしたらいいのかわからなかった。
 何か言わないとまた目をそらされそうだった。何か言わなくては、と思った。嫌味や文句ではない、何か普通のことを。
「お、おはよう……
 口から出たのは普通の挨拶だった。レオンが意表をつかれたような顔になったが、タクミも自分のあまりの気の利かなさに驚いていた。
「おはよう……
 レオンの方からも普通の挨拶が返ってきて、二人はまた無言になった。
「あのさ……
 意を決してタクミが口を開くと、レオンが立っている部屋の扉が開いた。オーディンが顔を出す。
「すみません、レオン様! 時空の乱れを鎮めるのに手こずってしまって」
 レオンとタクミの間にあった緊張感が消え失せる。オーディンの手にはリザイアの書があった。
「あれ? お二人で何かあったんですか?」
「いや……、別に」
 オーディンはレオンを見て、続いてタクミを見た。レオンが動揺して口ごもっているのを見てタクミはその場を離れた。人がいては、気になっていたことは聞けそうにもなかった。
 タクミはもやもやした気持ちを抱えたまま自室に戻り、風神弓の手入れを始めた。
 オーディンが持つリザイアの書を見て、タクミはやるべきことを思い出したのだった。出撃の予定は明日だ。
 レオンがオーディンの部屋の前にいたのも明日の出撃のためだろう。次の戦場ではレオンはソーサラーとして出撃することになっているから、きっとその関係で彼はあそこにいたのだ。
 髪の艶など気にしている場合ではなかった。初対面のときのような無様な姿をレオンに見せないことのほうがタクミにとって余程大事だった。

 戦場は木と茂みの多い林道だった。人の手が何年も入っていない伸び放題の植物が周囲の大部分を占めていた。足場も視界も悪い。林道とは名ばかりの道なき道であるが、崖の多い透魔王国の地形の中で進軍するにはもっとも適した道であった。
 ここを守備する透魔軍の編成は弓兵と忍が多かった。レオンはリザイアで弓兵を返り討ちにし、タクミは風神弓で忍を排除する。
 タクミが敵兵の前衛を片付けて一息ついたとき、また視線を感じた。振り向くと、視線の主はやはりレオンだった。彼の方でも首尾よくいったようで、周囲に敵は見当たらない。
 レオンはいつものように目をそらそうとしたが、タクミはガサガサと茂みをかき分けながら近付いていった。こんなときにまで見てくるのはなぜなのか、どうしても聞きたくなっていた。
 戸惑うレオンの目の前に立って話しかけようとしたとき、右手の茂みから人の気配がした。
 タクミはそちらを向こうとした。それより先に、レオンがすばやくこちらに踏み出してきた。
「髪が!」
 レオンはそう叫び、身体をぶつけるようにしてタクミに抱きついてきた。
――髪?
 と思う間もなく、ヒュンと何かが空気を裂く音と、炎が爆ぜる音がした。頭のすぐ側を熱い何かが通り過ぎる。結んだ髪にバシッと何かが強く当たった感触がした。
「大丈夫だった!?」
「う、うん」
 タクミはレオンの勢いに押されてうなずいた。攻撃が来た方を見ると、透魔兵の忍が爆炎手裏剣を構えていた。
 レオンはタクミの様子を見ると一気に険しい顔になった。すぐさま忍に向き直ってリザイアを唱える。続くタクミの風神弓の追撃で透魔兵は倒れたようで、二人でしばらく警戒したがそれきり何も起こらなかった。
「あのさ、ありがとう」
 警戒を解いてタクミが礼を言うと、レオンは申し訳なさそうな顔になった。
「僕がもっと早く敵に気付いていればよかったのに」
「何が?」
「髪だよ」
 タクミは髪の毛の焼けた臭いが周囲に漂っているのに気が付いた。レオンの髪は何ともない。自分の髪に触れると、結んだ束の途中に一部分、ざらざらとした感触があった。焦げたのだ。
「『髪が』って言ってたのはこれのことだったんだな」
 タクミは髪の焼け焦げた部分に触れた。燃えて縮れた髪のかけらが皮手袋に付き、それをパタパタと払い落とす。
「ずっとあんたに見られてるなって思っていたのは、僕の髪を見ていたんだね」
「それは――
 レオンは否定しなかった。すなわち合っているということだ。レオンの態度と発言で、色々と合点がいく。
 男が髪を長く伸ばしているのが物珍しかったのか、それとも目立っていたのか。どちらにしろきっかけは些細な好奇心だろう。何度も見てきたということは、少しは気に入ってくれていたのかもしれない。髪の手入れに気を使ったのも無駄ではなかったようだ。
 なぜレオンがこちらを見てくるのかの疑問は晴れたのに、別の部分がもやもやとしていた。他人に望んでも仕方のないことだけれど、髪ではなくタクミ自身を見ていて欲しかった。見てくれているのではないかと勝手に期待していた。
「僕の髪を守ろうとしてくれてありがとう。焦げちゃったのは残念だけどね」
 タクミがレオンから離れようとすると、腕をつかまれた。強い力だった。
「髪だけじゃないよ」
「えっ」
「僕が見ていたのは髪だけじゃないんだ。タクミ王子、僕が見ていたのは――
 そこまで話したとき、風上の方から声が聞こえてきた。複数人の戦っている声だ。武器の打ち合う音もする。透魔軍の援軍が来たのかもしれない。にわかに緊張が走る。
「タクミ王子、後で話そう!」
 そう言ってレオンは木々の向こうへと駆けて行き、タクミもその後を追いかけた。
 敵の援軍は思いのほか手ごわかった。傷ついた仲間たちをかばいながら風神弓を繰るうちに、いつしかタクミはレオンとはぐれてしまった。