音無 馨(おとなし かおり)
2026-02-26 04:28:19
4624文字
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【荒天の檻】インジュナ怪文書ホラゲパロ【END:F/雨の揺籃】

突如降り出した予報にない雨を突っ切って帰る(帰れない)END

生徒会の仕事に没頭し過ぎて、気付けば外は真っ暗になってしまっていた。慌ただしく靴箱から自身の靴を取り出し、履き替える。そのまま駆け出し、玄関の扉を潜って外に出た瞬間──ぽたり、と何かが鼻先に落ちた。

……え?」

そのまま頭に顔に、肩に……ぽたぽたと振り注いでくるそれは“雨”だった。先ほど生徒会室から見た窓の外に認められなかった雨が、コンクリートの地面を濡らし、黒く染め上げ始める。

「おかしいな……天気予報でも雨が降るとか、言ってなかったような……

天気予報に全幅の信頼を寄せていたわけではないが、兆候のない唐突な雨にはさすがに面食らう。しかも、雨脚はどんどん強くなっていく。

「まずい、傘なんて持ってきてない……折り畳み傘も今日は荷物になると思って、家に置いてきてたし……

このまま雨のカーテンを潜り抜けて校門を抜けるか否かと躊躇っている間に、視界が真っ白になるほど雨が振り出してしまった。あまつさえ遠雷まで聞こえてくる。軒先から手を伸ばして降り落ちる雨に触れると、かすかに痛みを感じるほどの強さで、おっかなびっくりで手を戻した。

「一旦、戻るか……?」

先ほど抜けたばかりの玄関越しに学校内を振り返り、アルジュナは思案する。



《選択肢》
『そのまま帰宅する』
『校内に戻る』

【→『そのまま帰宅する』】




……いや、もう遅いし……

いつ止むかわからぬ雨を待っていてはいつまで経っても帰れないかもしれない。何より、明日も学校で朝も早い。両親だって心配するだろうから──と、アルジュナは帰宅を選んだ。アルジュナの通う学校の近くには、近隣に住まう学生たちやその家族を客と狙って、大手コンビニ各社があちこちに居を構えていた。“犬も歩けば棒に当たる”と言わんばかりに等間隔に立ち並ぶコンビニの中でも、一番学校に近いところを頭の中でピックアップする。道中でいくらか濡れるのは覚悟で、そこでビニール傘を確保する算段をつけた。

……帰ったらすぐ、お風呂に入ろう」

肩に掛けていたスクールバッグの中身を覗き、前面に濡れて困るようなものが入っていないかを今一度確認すると、持ち替えて頭の上に掲げる。慰めにもならない回避策だが、無いよりはマシだろう。そう一人得心したアルジュナはそのまま助走をつけて“バケツをひっくり返したような”と形容するだけではすまない大雨の中へ飛び込んだ。容赦なく打ち付けてくる雨の中を、校門がある方向へ走る。当たり前だが急場しのぎの笠がこれを受け止めきれるはずもなく、バッグを掲げる腕や肩に振り注いだ雨がものの数秒でアルジュナが着ている白いシャツを濡らし、その下に隠されている暗褐色の肌色を透かす。地を蹴る足は地面を跳ね返る雨水と水溜まりにとっくに侵食されていて、ぐっしょりと重くなっていた。張り付く服や靴下の不快な感触に苦い顔をしながらも、もう少しの辛抱だと必死に駆け抜けた。駆け抜けて、いたはずなのだが──、

「(…………あれ、なんで)」

いくら視界不良とはいえ、校門らしいところを通り過ぎた気がしなかった。そもそもこのスピードで走ればこんな思考を差し挟むような時間もなく、校門に辿り着いているはずなのだ。何なら、もう最寄りのコンビニに到着していてもおかしくない距離を走ったはずだったと、感覚的に思った。妙な予感に囁かれ、更に濡れるのも厭わず足を止める。──見えない。必死に目を凝らしても、顔をつたい落ちる水を払い除けても、先が見えない。校門があるはずの所が何も無い ・・・・

…………な、んで」

呆然と立ち尽くしていたアルジュナの頭の中で、警鐘が響き渡る。おかしい、何かがおかしい。何がおかしいのか、言葉で上手く表せないが、とにかくおかしい。迫り来る焦燥に駆られて背後を振り返る。『そこに在って欲しい』と無意識に願っていた時点で、答えは決まっていたようなものだった。

先ほど出てきたはずの校舎が無い。本当は見えないと言ったほうが正しいかもしれない。左右を振り向いても同様で、まるでアルジュナだけがこの激しい雨で白む世界に取り残されているようだった。せめてどこかに当たらないかと思わず手を伸ばしてめちゃくちゃに走り出すが、どこに触れることも無い。異様な状況に自分が置かれているのだとようやっと受けとめて、ガタガタと身体が震え出した。

……な、なんだ、これ……どういう……

どうすればこの状況から抜け出せるのかもわからない。何度も繰り返し周囲を見回しても、己の姿は荒天の檻に閉じ込められたまま。ただでさえ悪い視界に加えて、ざあざあと降り続ける雨の音でアルジュナの聴覚も蝕まれ始めていた。

「だ、……だれか……助けて、ください……!!」

いくら夜が更けていたとはいえ二十時も回らない時間帯で、しかも都心だ。今、自分がどこに立っているにしても……学校内だろうが学校外だろうが人通りがあるはずだ。そう思って必死に助けを求めたが、そんなアルジュナの悲鳴ごと雨音が飲み込んでいく。この場で助けを乞うことに意味は無いと早々に悟って、ずぶ濡れになっている自身の身体も忘れて必死にバッグの奥に手を伸ばし、中のスマートフォンを引っ張り出す。正常に画面が点くことにかすかな希望を見出して、濡れた指で画面に水滴の軌跡を作りながらアドレス帳を必死に遡った。そこにやっと、見慣れた家族の名前が映る。

「あ、……、ああ、かあさん……かあさん……

必死に母親の電話番号をタップするが、指が震えて上手く押せていないのか反応が返ってこない。混乱しながら、画面をへこませる勢いで押した刹那、スマートフォンの画面表示が『着信中』に切り替わった。まるで天啓のようにそこに映った名前に、アルジュナは縋るように呟いた。

「あ、ッ……とうさん……!」



ドン



この雨が降り出してから常に遠くで雷の音は聞こえていた。しかし、こんなに大きい音は初めてだった。身体が飛び上がるほど地が揺れた気がして、思わずぐらりとバランスを崩す。固いコンクリートへ打ち付けられるはずだった膝は、何故か くうに浮いたままだった。痛みと衝撃に備え強張っていたアルジュナの身体が、徐々に弛緩する。

「えっ……?」

正面から、誰かに、身体を支えられている?アルジュナの両肩には誰かの両手が添えられていた。もしや、先ほどの助けを求める声を聞いて駆け付けてくれた人がいたのだろうか。──ああ、助かった。

安堵に満ちたアルジュナが顔を振り仰いだ先にあったのは、二対の光る蒼い目。二メートルをゆうに超える漆黒に縁取られた巨躯の男だった。

「ひッ」

異質だ、異常だ、一目見ただけでそうとわかった。普通の人間であるはずがない。青褪めて思わず後退ろうとするアルジュナの身体はしかして、両肩を掴む男の手にいとも簡単に阻まれた。

「いっ…………やだ、いやだ……!!離してくださ…………

もげそうなほど頭を横に振り、全身で抵抗するがまるで意味が無かった。力の差が歴然とし過ぎていて、意にも介されていない。巨躯の男はじっとアルジュナを見下ろすだけで、危害を加えるでも何かを語りかけてくる様子もないのがかえって気味が悪かった。安堵から一転、絶望に突き落とされてパニックになっているアルジュナの耳に、辛うじて鳴り続ける着信音が届く。このままでは不味い。せめて、せめて父親にこの身の危険を何とかして伝えねば。遠のきそうになる意識を引き止め、アルジュナは受話のアイコンをタッチする。繋がったのを確認して大きく叫ぶ。

……ッ、父さん!!父さん助けて!!助けてっっ……はやく、はやく来て、父さん!!!!!」

電話口の向こうにいるはずの父親へ向かってアルジュナがつっかえながら訴え始めた途端、男の空気が変わった。肩を掴んでいた手が離れたと思ったら、その手がそのままアルジュナの持つスマートフォンに伸びてくる。明滅する画面ごと隠し覆うようにスマートフォンを掴み、そして、

バチッ

まるでショートするように、閃光を放ってスマートフォンが内から弾けた。中の電子部品が飛び出し、地面に向かってばらばらと落ちた。

「は、あ………………と、父さ……とうさん……?」

スマートフォンだったもの ・・・・・が水没していくのをただ見つめることしかできない。心が追いつかない。何が起きているのかを、脳が理解することを拒んでいた。うわ言のように今や届かぬ父を呼び続けるアルジュナを前に、かすかな希望すら打ち砕いた男がゆっくりと膝を付く。その手でアルジュナの両頬を包むと、下がっていた顔を持ち上げ、男と目を合わせられる。

……う、とうさ………………

得体のしれぬ男はゆっくりとアルジュナの両頬を撫ぜ、慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。形容し難い化け物のような顔をしていればよかったのに。男はアルジュナがこれまで出会った校内で人気者の男女よりも、メディアで見る芸能人よりも、遥かに美しいかたちをしていた。過ぎたるものは恐ろしいのだと、知りたくなかった。

男はアルジュナを抱き寄せると、回した手で背をゆっくり叩く。まるで子を宥めるような手つきが、先ほどの父を求める声に応じるような男の態度と相まって、アルジュナをゾッとさせた。

「ちがう、ちが…………

おまえはとうさんじゃない、そう否定しようとして──声が出なくなった。だんだん濡れた服が重くなって、男にもたれ掛かるように身を沈める。次第に、顔にかかる雨水に押されるように瞼も重くなる。ここで意識を手放せばおしまいだとわかっているのに抗えない。どうして、いくら服が水を吸い切っているからといって、こうも重くなるものだろうか。なぜ、これだけの雨を浴びながら身体は微温 ぬるいままなのだろう。

眠気に誘われるようにアルジュナの感覚がひとつずつ閉じられていく。最後に残った聴覚が、男の柔く愛おしげに紡がれた言葉を捉えた。



『案ずるな、父が迎えに来たぞ』








【END:F/雨の揺籃】

ここから余談

雨はドラパパの領域だから軽率に突っ込んじゃ為す術なく負けってわけ。それはそう。真相もクソもわからないまま終わっちゃうし、大人しく学校内に戻ってドラパパと追いかけっこしましょうね〜(嫌)それとして逃げ回る時間が長引けば長引くほど捕まった時にブチギレのドラパパにえらい目(エロい目)に遭わされるんじゃないですかね……という疑念がある。今回は雨の中に突っ込んだので「自分からパパの腕に飛び込んで来てくれて感心感心♡」の気持ちかもしれません。読んだ人は気付いたと思いますが、アルジュナがこの世界における肉体的な実父(スマホで連絡取ろうとしてた方)を呼ぶ度にドラパパが解釈違いでイラッとしています。も〜♡パパはこっちでしょ〜♡している。こわ!恋人になろうが怪異になろうが何になろうが『アルジュナのお父さん』の役割だけは絶対譲らないぞ。最後の身体が重くなったり微温かったりするのは雨にそういう成分があるからかもしれない。そんな雨に媚薬成分混じってるみたいな言い方!あとドラパパはアルジュナを雨で濡らしても寒い思いとかさせたくないやろしな……優しさよね?ね?(圧)