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mado-ga-las1
2026-02-25 23:39:11
3453文字
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無題
結構前に書いて載せて一回消したおしめえみたいな内容のヨホです。
結構かなり恋愛寄りです。
・名ありモブ視点。自我も描写もがっつりあり。悪人ではないが善人という訳でもない。
・下品な揶揄がある
ライアンの印象に強く残っている新人だった。入社当初のオリエンテーションで担当したグループに彼はいた。支部とはいえ翼なのだから新入社員の数は多く、研修は幾つかのグループに分かれて受けるのが普通だった。中堅社員を名乗れる年数この会社にいるライアンは、当時そのうちの一グループを担当したのだった。
スーツに支給品の警棒を身に着けた新人たちを見渡してすぐ、裏路地出身者ばかりだと気付いた。どことなく表情に陰を帯びたような者が多く、こちらと目を合わせるのを躊躇うような仕草が目立つ。グループ決めの詳細はライアンには分からないが、裏路地出身者が固まっているグループだったのだろう。
だからこそヨハンは目についた。入社直後の新人によくいる、だがそのグループでは異質な、目が輝いているタイプ。こういう新人は経験上、巣の中流家庭の出身なんかに多い。しかしよく見れば目元の細かい皺にこれまでの苦労の跡が見て取れた。気になったので後で年齢を確認したら、その時の新人たちの中では歳が上の方だった。変なヤツ、とライアンは思った。でも見込みはありそうだった。
オリエンテーションから日が経たない頃に購買部で出会ったヨハンに、ライアンは巣の出身なのかと疑問をぶつけた。
「違いますけど
……
どうしてそう思ったんですか?」
「ふーん、やっぱりな。何でかっていうのは
……
」
ライアンは言い淀んだ。どう表現すべきなのか迷って、口から出たのは曖昧な表現だった。
「
……
普通だったから」
ごく普通に将来に期待をしている目。ここではそんな目をした人間に出会うことの方が難しかった。昔の自分もこんな目をしていただろうか、などと感傷的なことを考えるくらいには、彼はライアンに強い印象を残した。
それから二年ほどが経ったある日、ライアンはヨハンと久しぶりに顔を合わせた。配属部署が違ったので遭遇することもほとんどなかったのに、その日は何故か最後に会話したのと同じ購買部に居合わせた。
ヨハンはライアンのことを覚えていた。向こうから声を掛けてきて、他愛ない世間話が始まる。ライアンはそれを面倒臭がる人間ではなかった。少ししたら自分の部署に戻らなければいけないが、気が進まなかったのもある。部署のチーフがこの前管理作業の失敗で死んで、以前から気に入らなかった同僚が繰り上がってチーフになっていた。あちらも自分のことが気に入らないのか、顔を合わせれば嫌味ばかり言ってくるので、部署に戻るのが億劫だった。
ライアンが驚いたのはヨハンが変わっていないことだった。この二年で両手では数えきれない理不尽(それも大抵の場合は生死に直結する)に遭遇してきたはずなのに、彼はやっぱり未来に希望を持っていて、そのためにこの会社で歩んでいきたいと思っていることを隠しもしていなかった。入社して一年もすれば、退職を願い出るか、夢も希望も潰えた顔で死なないように生きていこう、と心を決めるかの二種類に分かれるものだと思っていたのに。
これは疎まれるだろうな、ライアンはそう思った。ライアン自身はヨハンに悪い感情を抱いていなかった。むしろオリエンテーションの時には見込みのある新人だという印象を持ったし、こんなに良い顔をしていられる人間にはそのままでいてほしいと感じた。でも嫌がる人間はいるのだろう
――
この前偶然聞いてしまった、顔を顰めてしまうような下世話な噂話が思い浮かぶ。
「あーそうだ、最優秀部署おめでとう」
「ありがとうございます。プロジェクトの中心はホーエンハイムさんでしたけど、私たちエージェントも結構貢献してますからね」
ヨハンは屈託のない顔で笑った。聞き覚えのある人名に、ライアンは少しだけ眉根を寄せた。
「あっ、分かります?ホーエンハイムさん。うちの研究員なんですけど」
「あーうん、名前は聞いたことあるよ」
曖昧に頷くと、ヨハンは大げさに溜息をついて見せた。わざとらしく肩を竦め、「あの人、素直じゃないんですよ、本当に
……
」と軽く口を尖らせている。
ホーエンハイム。今しがた話に出てきた人間が、最優秀部署賞を二年連続で受賞したコントロールチームの主席研究員だということをライアンは知っていた。ヨハンとその研究員が懇意にしていることも。
「自分から優秀って言っちゃうのはどうかと思うんですけど、でも実際優秀だし、視野も広いんだろうなって思うんです。周りをよく見ていて、指示や問題点の指摘も的確で。ただ、なんでしょうね
……
、人間関係で失敗しすぎたせいか、ちょっと臆病みたいで」
人の心配なんかしている場合なんだろうか。ライアンは唐突にそんなことを思った。ホーエンハイムの話をするヨハンはこちらをあまり見ていなくて、なんだか幸せそうにさえ見えた。
「今回こそあのひとから直接、素直にみんなへのお礼を言わせないと」
「随分仲が良いんだな」
でも気を付けろよ?とライアンは続けた。自分の口の片端が嫌な形に吊り上がっていることに、その時は気付けなかった。
「エリート様に股開いて、自分もエリートの仲間入りのつもりかーとか、酷いこと言う奴もいるしな」
言ってから、しまったと思った。
エリートの席に座っていながら目立った業績もなくパッとしなかった研究員が二年連続で賞を掻っ攫う、なんてやっかみの格好の対象だろう。その上隣にはやたらに明るい外面の新人エージェントがいて、小間使いの真似事をしているとくれば、尾鰭を生やす材料としては十分すぎた。噂話の好きなお喋りはどこにでもいて、そういう人間はえてして口が悪く、粗探しか邪な推測を生きがいとしている。ライアンが口にしたのは、そうした人間が出どころの、悪意に満ちた与太話の類だった。
最悪なのは、自分がヨハンの味方ヅラをしながらそれを口にしたことだった。疎まれるだろう、なんて心配するようなことを考えておいて、本当はライアン自身がこの男に嫉妬していたのかもしれない。少なくとも、この地獄みたいな環境でまだ希望を抱いている、普通のままでいられる人間の笑顔を凍り付かせてやりたい、という衝動を抱いたのは事実だった。「まあ無いとは思うけどな!もし本当だったらヤツのドタマを一発ぶん殴ってやろうかと思ってさ」なんて笑いながら続けてしまって、余計に自己嫌悪が募るばかりだった。
「えー
…
?そうなるんだ」
ライアンは思わず彼の顔を見た。ヨハンは目を見開いて、ライアンより少し高い位置、宙を見ていた。ぽかん、という表現がぴったりの、ただただ意外そうなだけの表情だった。それから、ヨハンはライアンに視線を移した。
「ライアンさん」
再び目が合った時、ヨハンは真顔だった。こんなに表情の無い彼は見たことがなかった。短い付き合いでもそう思わせるほど、彼の感情表現は豊かだったのだ。
「あ、その
……
ヨハン、悪かった。あんな話はするべきじゃなかった」
大丈夫です、とヨハンが言う。その声は平坦で、居心地の悪さはいや増した。怒らせただろうか、とライアンは身構える。ヨハンは静かに口を開いた。
「本当は、
……
そうですね、こんな言い方は嫌ですけど、ホーエンハイムさんが私に股を開かせてるんじゃなくて」
真顔だったヨハンは、その時ふっと笑った。それは、ライアンがこれまでに見た、彼のどの笑みとも違っていた。
「あのひとが私を受け入れてくれているんです」
ヨハンは本当のことを言っているのだと、ライアンは思った。
「すみません、こんな話をして
……
。でもライアンさんに誤解されたままになるのは嫌なので」
ヨハンが意趣返しでこんな話をしたのではないことは分かっていた。でもこの居心地の悪さと罪悪感は、ライアンにとっては罰だった。
「どこで聞いた話かは分かりませんし、知りたくもないですけど
……
見返してやろうって気持ちにはなりました」
そうして彼は、そろそろ時間なので、と何も言えないでいるライアンに会釈をした。
ライアンは慣れ親しんだ部署の扉を開けた。少し前まで開けたくないと思っていた扉を何も思わずに開いた。休憩明けの時刻に遅れたことを責められ嫌味を言われても、上の空で流して適当な返事をした。
壁に寄り掛かり、おかしいよ、とライアンは呟いた。明日には五体がバラバラになってるかもしれないこんな会社で、打算でも依存でもなく本気で誰かを好いているなんて。
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