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2222(にし)
2026-02-25 19:39:44
3515文字
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忍びの本懐
#nkzik_drawwriting【第60回】先生 の投稿作品です。
※映画軍師と、若い人の段の内容を含みます。
いつの間にか早くなった夕暮れに深まった秋の気配を感じながら、土井半助は廊下を進んでいた。目的の部屋の戸は、まだ開かれている。
「長次。本の返却、間に合うかな?」
受付を務めていた中在家長次は、土井の姿を認めると静かに目礼した。
ぺらり、ぺらりと紙を捲る音が図書室の空気を揺らす。
数冊の本と貸し出し帳簿の上を、無言の目が熱心に行き来している。本に汚損が無いか、貸出状況に誤りが無いか。図書委員会委員長の名に恥じぬ、入念な確認ぶりだ。
土井半助は長次の手元から視線をずらし、彼の左胸へと目を遣った。一見しただけではわからないほど丁寧に繕われているが、そこにはほんのわずかな綻びがある。深緑に染め上げられた生地は、その周りだけかすかに色を違えている。
土井の目線に気づき、長次は本から目を上げた。
「⋯⋯この前は、本当にすまなかった。傷はもう大丈夫か?」
長次は自身の左胸と土井とを交互に見遣ってから、ゆっくりと頷いた。
「私の怪我が、一番軽かったですから」
「でも、あの時は腕の腱と肺の損傷を狙っていたからねえ⋯⋯肋(あばら)で止まっていたのなら良かったよ」
両腕を曲げてぐっと力こぶを作る動作を繰り返す長次を見て、土井は笑い交じりの息を吐く。棒手裏剣が刺さった傷だけでなく、石造りの柵を無理矢理破壊した時に体を痛めてはいないかと気になっていたが、この様子なら大丈夫そうだ。
「⋯⋯私は、誰よりも冷静さを欠いていました」
頁を繰る音の合間、ぽつりと零された声に土井は数度瞬いた。長次の目線は再び返却図書へと向いている。
「先生の安否を受け入れられず、情に流され⋯⋯これでは一流の忍者には程遠いのでは、と」
長次の声は低い上に小さい。紙が擦れる音にすらかき消されそうな呟きを、土井は何も言わずに聞き取った。
卒業試験を控える時期に、至らなさを突き付けられる。悩める若人には、苦い現実だ。
「未熟さがわかっているなら、それでいいさ」
土井は長次の右肩にそっと手を置いた。伏せられた顔が上がることは無いが、振り払われることもない。
「それに、忍者の本分は情報を持ち帰ること。長次はそれができていたじゃないか。⋯⋯この前も、一年生の時も、な」
「⋯⋯一年生の時も、ですか?」
意表を突かれたのか、長次が瞳だけで土井を伺う。ドクタケ領の竹林で天鬼から書物を奪い取ったことはともかく、一年生の時のことは記憶と結びついていないようで、太い眉は険しく顰められていた。
無理もないかもしれない。五年前、まだ『若い人』と名乗るしかなかった土井が、今の六年生たちと会いまみえた時の話だ。
土井半助が忍術学園で初めて出会った一年生──打ち損じた手裏剣を拾おうとして走ってきたのが、一年生の頃の長次だった。『若い人』はぎこちなく自己紹介をしたのだが、長次は怯えたように後ずさり、走り去っていった。山田先生と安藤先生に指摘された、物騒な気配が無意識に出ていたのかと『若い人』は項垂れた。けれど内省する『若い人』のもとに、長次は同輩達を伴ってじょろじょろと駆けてきたのだ。
見慣れない人物を警戒しつつ、「新しい先生が来た!」と同輩に情報を共有する。のちの教え子たちに集われ質問攻めにされながら、ここは紛れもなく忍者のたまごを育てる学園なんだと実感したことを、土井は未だに覚えている。
土井の語る思い出を、長次は目と口を開いて聞き入っていた。どこか険の取れた顔付きは五年前のあどけなさを思わせ、土井はにっこりと口角を上げた。幼い子らを受け止められず、笑みさえうまく返せなかった『若い人』を『土井先生』にしてくれたのは、他ならぬこの子たちだ。
「⋯⋯だが! 敵の正体が見知った顔だからといって油断してはいけない! せっかく得た情報も、生きて持ち帰らなければ意味が無いんだぞ!?」
「っ、は、はい⋯⋯」
土井は声色をがらりと変えて、長次の右肩をばしばしと叩いた。嬉しそうだった顔は再び意気を無くしてしまうが、慢心されるよりはその方がずっといい。
──あの時、『天鬼』は本気だった。敵だと信じ込んでいたものを排するために刃を振るった。小平太が咄嗟に庇わなければ、長次の右腕と首は胴体と泣き別れていたことだろう。
小平太も、長次も、伊作も留三郎も文次郎も仙蔵も。相対した六人の命が一つも失われずに済んだのは、皮一枚の幸運でしかない。
あれと同様の殺意に晒されても、次は無事に切り抜けてくれるように。教師である土井半助はそう願う。学園という殻から出て一人巣立てば、己の身は己で守るしかないのだから。
「⋯⋯返却図書、確認できました」
普段より随分時間をかけて、返却手続きが終わった。しばらく借りっぱなしになっていたので傷みや虫食いがないか気になっていたものの、その心配は無さそうだ。
「ありがとう。じゃあ私はこれで⋯⋯」
「ですが、あと一冊。秋口からずっとお貸ししている本が、あるはずですが⋯⋯?」
ぎくり、と土井の体が強張る。どうしても読みたいと頼み込んで、誰よりも早く貸し出してもらった兵法書。それがまだ、全く手付かずのまま自室の机の上にある。融通してもらった手前、読まずに返却するのは憚られたのでどうにか誤魔化すつもりだったが、さすがに図書委員会委員長の目は欺けなかった。
「うっ⋯⋯すまない! だがど~~しても期限までに読めなくてな⋯⋯? あと一週間、いや三日だけ延滞させてもらう、というのは⋯⋯? ほら私、ずっと学園を不在にしていたわけだし⋯⋯」
「では明日」
「え?」
「明日の朝まで、です。今日はもう、図書室を閉める時間なので」
「えっ⋯⋯と、あー、うん、すぐに返さなくて良くなったのはありがたいんだが、今夜は一年は組のテストの採点があって⋯⋯」
「でしたら、今すぐに」
本の返却は早いめに、の張り紙を指で示されながらぴしゃりと告げられ、土井は深くため息をついた。教え子が規則を厳守する立派な良い子に育ってくれたのは嬉しいが、どうにもこだわりが強すぎる。
「松千代先生~、どうにかなりませんか
……
?」
本棚の奥に気配を感じ、助け舟が出ないかと目を遣れば、頭巾からはみ出た癖毛が書庫の隙間からちらりと覗く。
「⋯⋯土井先生。さすがに二ヶ月の貸し出しは長すぎます。私も中在家くんも図書委員会の子たちも、土井先生にお貸ししている本が返ってくるのを心待ちにしていたのですよ⋯⋯?」
「あ、あはは⋯⋯。そう、ですよね⋯⋯」
図書委員会顧問の松千代万先生。暗号や偽書偽印の知識を駆使し、ドクタケの謎の軍師と戦の展開を把握するのに尽力した人にこう言われてしまえば返す言葉もない。がっくり肩を落とす土井に、本棚から再び声がかかる。
「本は様々な人の手に渡りますが、決して逃げません。⋯⋯土井先生がこの学園にいらっしゃるうちは、いつでも読めますからね」
「⋯⋯ハイ」
図書委員会との二対一では到底勝ち目がなく、土井は首を縦に振るしかなかった。
図書室をしっかりと施錠した長次が、土井に向き直って頭を下げた。その背後で、恥ずかしがり屋の松千代先生が小さく身を縮めながら手を振っている。六年生の中でもかなり体格の良い方である長次であっても大柄な松千代先生の体を隠しきれていないのだが、双方とも特にそれを気にする様子もない。方向性の異なるマイペースさに見送られながら、土井は自室への足を速めた。
規則を守り、仲間を守り、情報を持ち帰る。そして時には慕う教員にさえも容赦なく駄目と言える強い意志。それらを備えている長次は、きっと一流の忍者になれるだろう。いざという時に身を挺してしまう優しさは決して欠点だけではなく、後進を導くことにも向いているはずだ。彼の卒業後は、戦場ではなく教壇で再会する未来もあるかもしれない。
それはさておき、と土井は机の上に置いたままの兵法書とテスト用紙の束に思いを馳せる。
目の検査のような採点をこなしてから兵法を理解するのが良いか、理路整然と書かれた内容を頭に流し入れてから胃が痛くなる回答を読み解くのがいいか。どちらにしろ、これからの予定は決まっている。
「⋯⋯さて、今夜は徹夜だな」
日の暮れた秋の空気は澄み、白んだ月が学舎を見守っていた。
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さらっと書いた軍師での松千代先生の働きは完全に捏造ですが、偽書偽印の術に長けるという設定がある先生なので、裏方に徹しつつバリバリに撹乱とか暗号解読とかしてたらいいなという願望です。松千代先生大好き
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