Hnyanko
2026-02-25 13:39:42
2180文字
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雨の日の悠アキ

前に書いてたやつ
体調不良🏹

雨は朝から、窓を叩くでもなく、ただ絶え間なく降り続けていた。薄いグレーの空が部屋の中にまでしみ込んできて、いつもなら笑って誤魔化す悠真の声を、最初から奪っている。

ベッドの端、身を起こすだけで、彼は苦しそうに喉を押さえた。

……っ、けほ、げほ……

咳は乾いていて、浅く、胸の奥のほうが痛い咳だった。息を吸うたびに空気がざらついているみたいで、無理やり吸っては吐いて、また咳に追い立てられる。

アキラは、言葉を先に出さなかった。
代わりにカーテンを少しだけ閉め、照明を柔らかい明るさに落とし、ベッドサイドに座る。指先が躊躇なく、でも丁寧に、悠真の背を探り当てた。

……今朝は、強いね」

背中をさする手は、撫でるというより、呼吸のリズムを一緒に整えるみたいだった。ここをこう押さえると楽になる、ここをこう撫でると咳が抜ける——アキラの手は、経験ではなく“観察”で学んだ手つきだ。

悠真は苦しそうに笑おうとして、失敗した。

……雨、最悪……

声が掠れて、すぐ咳に変わる。
アキラは何も責めず、枕を一つ増やして上体を少し起こし、コップにぬるい白湯を注いだ。

「一口だけでいい。飲めるかい?」

悠真は頷く代わりに、まぶたを伏せた。頷く力も今日はもったいないみたいに。
アキラはコップを支え、ほんの少しずつ傾ける。口に含ませて、喉が動くのを待つ。飲めたら「えらい」ではなく、ただ次の一口を用意する。

それが、やけに安心する。

咳が落ち着いた隙に、アキラはタオルを濡らして戻ってくる。額に当てると、悠真が小さく息を吐いた。

……冷たい」

「そう? じゃあ少し温めよう」

言って、すぐ温度を変える。悠真の“しんどい”は、言葉になるより先に顔に出る。それを見逃さない。
タオルを置き直してから、アキラは指先で前髪をよけた。そこだけは、看病の手つきじゃない。恋人の手つきだ。

悠真が、ぼんやりとアキラの手を目で追っていた。

……こういう時さ……

「うん」

……あんた、やけに、優しいよね……

アキラは笑った。声を立てない、静かなやつ。

「こういう時“こそ”だろう。君は普段、頑張り屋なんだから」

悠真は返事の代わりに、喉の奥で小さく笑って、また咳き込んだ。
今度は少し長く続いて、身体が勝手に震える。胸の奥が引きつるたびに、彼の顔色が薄くなる。

アキラは背中に片腕を回し、もう片方の手で、彼の指先を包んだ。冷えている。

……手、冷たい」

……へへ……

笑う元気はないくせに、誤魔化す癖だけは残っている。
アキラは、その“いつもの癖”にだけ、ちょっとだけ安心してしまって、胸がじんわりした。

「今日はね、僕が全部やる日。悠真は、呼吸だけしてて」

悠真の肩が、少しだけ落ちる。
張りつめてた何かが、ふっとほどける瞬間だった。

アキラは立ち上がり、テーブルに置いた薬と水、体温計、のど飴、加湿器の設定を確認する。カップには蜂蜜を少し落として、湯気が出る程度に温めた飲み物を用意する。
“治す”ためというより、“楽にする”ための準備。悠真の体が今ほしいのはそれだ。

戻ると、悠真はうとうとしていた。
眠りに落ちきれない浅いまどろみの中で、咳だけがまだ身体を揺らす。

アキラはベッドの端に腰かけ、指先で悠真の手を包み直す。自分の体温を分けるみたいに、指と指の間を丁寧に埋めていく。

雨の音が、一定のリズムで部屋を満たす。
悠真の呼吸が、その音に少しずつ追いついてくる。

やがて、咳が一つ、短く出て、途切れた。

悠真は目を閉じたまま、かすれた声で言う。

……命綱……みたい……

アキラの指が一瞬だけ止まる。
その言葉の重さを、アキラは知っている。知っているから、軽く扱わない。

だから、握る力をほんの少しだけ強くして、代わりに言う。

「じゃあ今日は、ほどけないようにしておく」

悠真が、笑ったのがわかった。
唇の端だけが、ほんの少し上がる。

……ずるい……

「ずるくないよ。僕は君の恋人だ」

言い切った瞬間、悠真の眉間から力が抜けた。
体調の悪さは消えていない。でも、怖さが少し減った顔。

アキラは悠真の額に手のひらを当て、熱を確かめる。
そのまま、指先でこめかみのあたりをゆっくり撫でる。雨の日の頭痛に効くような、効かないような、でも確実に心には効くやつ。

「眠れそう?」

悠真は、頷けなかった。
代わりに、アキラの手を握り返す。弱い力で、それでも必死に。

アキラはその手をほどかない。
ゆっくり、ゆっくり、呼吸を合わせる。

……起きたら、あったかいスープ作ろう。悠真の好きなやつ」

……うん……

言ったきり、悠真の意識が沈んでいく。
寝息はまだ浅い。けれど、さっきまでの“苦しい”だけの呼吸じゃない。

アキラは、悠真が完全に眠るまで、ただそこにいる。
雨の日に置いていかれないように。
痛いものを一人で抱えなくていいように。

窓の外は、相変わらず灰色だ。
でも、ベッドの上だけは、ゆっくりと、ぽかぽかしていく。

アキラの手のひらが、悠真の冷えた指先に、静かに熱を移していく。

まるで——今日一日の天気を、ここだけ書き換えるみたいに。