長い
汚血泣涙シンクレアの姿は人間になったり竜になったりする
昔、ある村の外れに一人の娘が暮らしていた。
娘は明るく正義感の強い性格で、困った人がいればすぐさま駆けつけるような面倒見の良さが取り柄だったが、
猪突猛進ゆえ周りが見えなくなるのが玉に瑕で、失敗することも多かった。
しかし実直な娘はいつも真っ直ぐ真剣に素直に謝るものだから、
ある者は呆れ、ある者は可笑しくなってしまって、最後には皆笑って許してしまうのだった。
ある日の嵐の酷い日、娘が村の様子を見に行こうとすると、空から巨大な生き物が落ちてくるのを発見する。
慌てて落ちていった麓の方へ行くと、そこにはボロボロの毛皮を纏った青年が倒れていた。
娘が家に連れて帰り看病してやると青年は目を覚ます。
青年は何百年も前にある願いを叶えるために空へ昇り、長い修行を経て遂に竜になったが、
地上へ降りようとしたところ、誤って空の神が織っていた星雲の反物を引き裂いてしまった。
怒った空の神が雷を落としたことで毛皮が焼け、地上に落ちてしまったという。
娘は青年を気の毒に思い、怪我が治って願いを思い出すまで面倒を見ることにする。
青年は礼として残った羽毛を娘に見せ、これで羽衣を誂え名のある貴族に献上すれば莫大な富が得られると言った。
しかし娘は治療中に羽毛を毟ってはあなたが益々風邪をひいてしまうと言って断った。
そこで青年は自分の鱗を見せ、これで耳飾りを作り着飾れば、誰もが振り向く美しさを手に入れられると言った。
しかし娘は華を得るより丈夫な身体であなたの食事を運ぶ方が重要だと言って断った。
そこで青年は自分の角を見せ、これで剣を鋳て振るえば国の誰にも負けぬ英傑になれるだろうと言った。
しかし娘は武勲をあげたいわけではなく多くの人を助けられるようになりたいのだと言って断った。
青年は娘の恩義に報いることができず落ち込んだが、大きな身体で娘の身体を温めて寝かせてやったり、
長い首を使って娘の苦手な水辺で魚をとってやったりしてやると大いに喜ぶので、
彼女を笑顔にするのも恩返しの一つだと考え、共に暮らすことにした。
娘の世話の甲斐があり、翼には怪我をする前と同じ見事な羽毛が生え揃った。
青年は娘に心からの礼を言い、明日天に帰る前に背中に乗せてあげようと喜んだが、
娘はなんだか歯切れ悪く祝福の言葉を言い置き、寝床へ入ってしまった。
何かあったのかと思いつつ一夜を明かすと、娘の姿はなく、枕元に一枚の置手紙が残されていた。
「ごめんなさい。あなたの旅立ちを見送ることができません。天で幸せになってください。」
驚いた青年が飛び回って辺りを探すと、山の麓近くに娘がいるのを発見する。
大きな声で呼びかけると娘は逃げ出してしまった。青年が急いで追い掛けると、
焦った娘は足を滑らせ、なんと川に落ちてしまった。
泳ぐのが苦手な娘は取り乱し、溺れて流されてしまう。
青年はすぐに川に飛び込んで助けようとしたが、 緻密に生え揃った羽毛はあっという間に水を吸い込んでしまい、
まともに腕を伸ばすことも出来ない。
絶体絶命の状況で沈んでゆく二人だったが、 長い間娘と青年を見守っていた川の神が滝壺に落ちた音を聞き、
これはいけないと濁流を起こして二人を岸辺に押しやり、青年はなんとか娘を陸に上げることができた。
娘は辛そうに息をしながら、弱々しく眼を開けて青年にここまでのことを詫びる。
「急にあなたの目の前から消えてしまってすまなかった。
あなたの回復を誰よりも願いながら、精力を取り戻して天への帰還に近づいていくあなたを見て、
再び寒い夜を一人で明かさなくてはいけないことを悟り、このままそばにいて欲しいと願うようになってしまった。
こんな気持ちではあなたの門出を祝福することができない。
いっそのこと消えてしまおうと思い、ここまで来てしまった。本当にすまなかった。」
その眼はいつもの稲穂の海のような金色ではなく、血のような赤々とした光を灯していた。
青年はその眼を見て遥か昔のことを思い出す。
今よりもはるか大昔、ある所に鬼たちが住んでいる島があった。
鬼たちは非常に強く逞しく、非情で、毎夜恐ろしい宴を開いて人間を食べて暮らしていた。
ある時鬼たちの長が人間を食べるのは止めにして友好関係を築いていこうと言い出した。
鬼たちの力関係は絶対のものであったから、初めは皆長の言うことをよく聞いていたが、
次第に飢えに苦しむようになった鬼たちは争いを始めてしまった。
その中の娘の一人は地獄のような殺し合いから生き残ったが、
長も仲間たちも愛していた娘は酷く嘆き悲しみ、何百年も孤独に暮らすことになった。
ある時村を守るために盗賊の一味と戦っていた少年に手を貸したことで知り合いになる。
少年が大変恩義を感じている一方で、鬼の娘は意図的に彼を遠ざけていたものの、
鬼という恐ろしい生き物にあった過去など関係なく懇ろに接してくる少年に絆され、次第に仲を深めていった。
懇意になるにつれいつまでも娘を守りたいと願うようになった少年は、
天に昇って功徳を積めば鬼と同じ不老長寿の精霊になれるという話を耳にする。
鬼の娘は不老長寿もあらゆる強さも要らないと言ったが、
自分のためだと強く抱きしめてくれる少年の意志を受け入れ、旅立つ彼を見送った。
ところが、愛した人を孤独に待ち続けるのは、一人で孤独に生き続けるより遥かに苦しいものだった。
空を見上げれば便りが落ちて来るということもなく、雨や風が彼の声を届けてくれるわけでもなく、
いくら雲の合間を目を凝らして見つめ続けても修行に励む彼の姿は見えなかった。それが何百年も続いた。
彼女にできるのはただ彼を信じて待つことだけであったが、
一度自分の周りから何もかもが消え去ってしまったことを経験した彼女の心は、
鬼の身体と同じように強く逞しくはいられなかった。
こんなにも辛く苦しいのは私が彼を信じられないせいだ、私は彼の高潔な志に相応しくない、
今の惨めな姿では竜になった彼に並び立つことはできぬ、しかしこうなってしまったのは他でも無い彼のせいだ、
彼は私のことが憎いからこんな仕打ちをするのだ、きっと天女たちに目移りでもして私のことを忘れたのだ、
許さない、私は彼に復讐せねばならない、ああ彼がそんなことをするはずがないのに私はなんて醜いのだ、
否、私のことをなんと思ってくれても良い、刹那でも良いから私を抱きしめて欲しい、
もう一生会えなくても良いから今すぐに愛してると言ってほしい、
嫌だ、一生会えなくなるなんて絶対に嫌だ。ただそばにいてほしい。ただそばにいてほしい。
狂った娘は、遂に鬼にとって最大の禁忌である大河に身を投げてしまった。
繊細で弱い心の鬼は、悲しいかな、身体だけは丈夫であったから、荒れ果てる嵐の中の激流でも、
記憶を失って遠くの土地へ流されただけで済んだのだった。
「ドンキホーテさん、ごめんなさい。僕はあなたに何もかもを与えようとして、あなたから何もかもを奪いました」
全てを思い出したシンクレアは大きな嗚咽とともに涙を流した。
抱きしめても抱きしめても濡れた羽毛は彼女を冷たくするだけで、
心臓だけ静かに鼓動している身体は再び眼を開けることを拒んでいるようだった。
シンクレアは死んでいった彼女の家族の魂たちに聞こえるよう大きく鳴いたが、
消えていく命の前で竜の力など意味がないことを悟り、暫くして止めた。
暗い滝壺の底を見下ろしながら朝の神が気の毒そうに去っていき、夜の神が顔を覗かせて来る。
シンクレアが咽び泣きながら彼女を抱きかかえて彷徨っていると、鬱蒼と茂った森の奥から何者かの声がする。
あれはきっと地獄の神だ。彼女は何も求めていなかったのに、
全てを手に入れれば彼女を幸せにできると考えていたこの貧しい強欲さが大罪だったのだ。
彼女を静かな安寧の地に横たえ安眠を見届けた後、もう二度と天に惑わされぬよう、
地の果てに堕ちて彼女の孤独と同じ時間だけ苦しみ死のう。
そう思いシンクレアは闇の中へ進んでいった。
もうどれだけ進んだか分からないくらい歩を進めると、突然温かな炎が二人を包んだ。
シンクレアが顔を上げると、奇妙な仮面を付けた者が立っている。
「あなたが地獄の神ですか。それとも炎の神ですか。僕を裁いてくださるのですか。」
シンクレアが問うと、仮面の者は頭から可笑しな音を響かせながらも、そのどれでもないと言う。
<その娘を助けることができるかもしれないけど、そのためには大きな代償を支払う必要がある。
きみは何もかもを差し出すことができる?>
シンクレアは頷くと、頭から角を抜き、全身に飾り立てられた鱗を取り去り、
厚く重ねていた羽衣や羽織を脱ぎ、その全てを渡した。
そこには粗末な着物を着た、ただの小柄な青年しか残らなかった。
<きみの勇気を見届けたよ。みんなが迎えに行くだろうから、少しだけ待っていて。>
仮面の者がそう言うと、突然二人の背後にとてつもなく大きな黒い扉が現れ、
開かれた扉にあっという間に飲み込まれてしまった。
「いたぞ、この下にいる。」
シンクレアが目を覚ますと、村人たちが険しい山肌を下ってこちらに来るのが見えた。
聞けば、村人たちはいつも喧しく働きまわるドンキホーテがいないことに気付き、
心配になって探しに来たのだと言う。ドンキホーテは誰にでも分け隔てなく助けの手を差し出していたから、
頭の冴える者、力自慢の者、伝手がある者など、様々な分野に心得のある者たちが集まり、
すぐに見つけることができたのだ。
「逆に迷惑を掛けられることも多かったですけど。長い付き合いですから」
運ばれていくドンキホーテを見ながら、彼女はもう既に独りではなかったのだと、シンクレアは悟ったのだった。
数日後、ドンキホーテは眼を覚ます。見慣れたかやぶき屋根の天井と、
ずっと会いたくて、ずっと共に暮らしていた愛する人の姿を見る。
シンクレアは金色の瞳に戻った彼女の手を取り、優しく微笑む。
「ドンキホーテさん。今の僕は何も持っていません。
大きな翼も、温かい羽毛も、美しい鱗もありません。ただ僕という人間だけです。
それでも僕はあなたを愛しています。ただ一つの願いをどうか聞いてください。
一生そばにいてください。」
ドンキホーテにも、もう鬼の強い身体は残っていなかった。
転べば傷つき、寒ければ凍え、寂しがりの心を持ったか弱い人間がそこにいた。
二人の間には飾り気のない小さな愛しかなかった。しかしそれで十分だった。
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後書きやメモ
色んな登場人物の設定をうまい具合に反映させたかったけど何とも言えない
汚血泣涙の設定はあくまでパロディのモデルということで
侵食の姿を見るにもともとモフモフの白い竜なのかなという感想があり
属性が暴食な所は強さや寿命を求めているからということにした
川の神はなんとなくバリあたりの意思を表したかった
仮面の者はダンテのイメージだけど、時代的に時計って無いかなと思い微妙な表現になっている
蘇生の象徴 詳しく決めてないけど神に近い存在というか、上位存在というか、みんなを見守っている存在
神的存在に近づいていたシンクレアは会うことができた
村人は囚人たち、ウーさんやグレゴールさんがこう 野外における救助の心得があるといいな
イシュメールも海とか川とかの仕事に精通しているので関わってほしい
力があり大柄な男たち、ホンル、ヒーさん、ムルソーが頑張ってほしい
頭の冴える者、イサン、ファウなど
世界観や時代背景は良秀が似合うね 助けられた直後のドンちゃんや村に加わったシンクレアにいろいろ教えてほしい
ロージャが一番先にドンちゃんがいないことに気付いてほしい
わからない
おわり
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