和綺
2026-02-23 22:40:50
2546文字
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贈る言葉

五歌ワンライ/ワンドロ
第30回:祝詞
術式、昇級に関して独自の解釈、捏造があります。怪我の描写があります。少しだけ歌誕。なんでも許せる方。

神様神様、ねぇ、いないことは知ってるの。


二級術師としてこなしてきた任務がちっぽけに思えるくらいだった。一級に推薦されて浮かれた心を引き締めて、かろうじて準一級としては認められたけれど、こうして対峙すると、やはり格が違った。単純に筋力が足りない細い腕に呪力を乗せても一撃必殺とはいかずに、逆にえぐられてしまった。
……っ」
ぼたぼたと流れ落ちる血を押さえて、ひとまず距離を取る。帳のなかで呪霊とふたりきりだ。時間をかけすぎた。最低でもこれを祓えなければ、一級どころか得たばかりの準一級すら危うくなるだろう。
術式は展開できない。歌姫の術式は、発動の間、誰かに守ってもらわなければならない。
じりじりと距離を開けたまま場所を移動していくと、顔と思われる部位が歌姫の動きに合わせて、ぎりり、と人形じみた動きを見せる。
あーあ、やだやだやだ、こんな、こんなことで死ぬことも、こんなやつらを倒せないことも、何もかもが反吐が出るくらいにいやだ。適材適所、身の程を知れ。ご立派な思考だ。
庵歌姫は、庵歌姫にしかなれない。
他の、歌姫の周りにいるどんなに強い術師にもなれない。そのひとたちに取って代わることはできない。
落として、放り投げて、壊れた呪具たちがあちこちに点在している。呪力はまだこの身に残っている。たとえすっからかんになったとしても、成しえなければならないことがある。それは昇級よりも大切で、当たり前のことだ。
「あんたらのせいで傷ついて泣いたやつがいんのよっ……!」
呪力を集めることは得意だった。力の流れを掴むこと、それこそが歌姫の術式の要だからだ。指先から、つま先から、血の一滴に至るまで、からだのすべてから呪力をかき集める。呪いを倒せるのは呪いだけ。
ききき、といびつな音を立てて、呪霊が首を傾げる。にぃ、と歪んだ笑みを象った口の奥に飲み込まれた体があることを知っている。あの顔を汚しているのは、あの呪霊以外の存在の体液だ。
呪霊の髪が伸びる。先程もあれで弾かれた。既に傷ついた腕だ、もう一度喰らっても構わないだろう。捨て身でしか向かえないことが悔しいけれど、要は祓えればいいのだ。一体でもこの世から呪霊を消し去れればいい。
「ぐっ……!」
髪の束が歌姫の左腕を貫いた。利き手じゃなくてラッキー、と霞む視界を叱咤して、唇を噛みきる。ぶらぶらと揺れる左腕のせいで重心が多少狂ったが、転がるようにして、歌姫は呪具を拾い上げることに成功した。そのまま間髪入れずに呪力を乗せる。ぶわりと、手の中で力が放射された。まだだ、もう少し、あいつの腹を切り裂いてやれるだけのありったけの呪力を込めなければならない。

神様神様、いないことは知っているの。なにもかもすべてを叶えてくれる万能の神様はいない。
どれだけ舞っても、どれだけうたっても、どれだけ祈っても、どれだけ捧げても、この身に宿るのは、誰かに宿るのは呪いの力だ。

「この場でお前を一番呪っているのは、この、私よ……!」
庵歌姫として、呪術師として、呪いを祓うためのありったけの呪いを。


ぴちょんと水音のような響きを奏でて、帳が晴れていく。
朝から始まったこの任務は、いつの間にか中天に太陽を連れてきている。ごろりと仰向けに転がった歌姫は降り注ぐ陽光を防ごうとして、両腕がぴくりとも動かないことに舌打ちをした。貫かれた左腕はともかく、なんで右肩を脱臼しているのかさっぱり記憶がない。
冬のコンクリートは冷たく、割れた破片が腰のあたりに刺さっている。足がひどくだるくて動かせない。感覚がないから、もしかしたらちぎれて吹っ飛んだのかもしれない。
帳が上がったということは歌姫が戦闘を終えたのがわかったということだ。補助監督だろうか。一級試験のため、推薦者である一級術師の引率はない。
「お疲れ~」
この場にそぐわない軽い声に、歌姫は咄嗟に意識を失ったふりをしようかと思った。それはそれであとで散々いじられることになるのだから、結局不快であることに変わりはない。いやな奴に、いやなところを見られた。
「うわ、満身創痍ってやつ?」
歌姫の顔に影がかかり、陽光が遮られる。出会ってから初めて、この相手に感謝に近い念を抱いた。
サングラス越しに、青い瞳が笑っている。白髪がはらりと零れて、先ほどまでの視界と色味が変わらない。青い空と白い雲。
ほこりひとつ浴びていませんという顔で歌姫を見下ろしている五条だって、任務だったはずで、こうして地に転がる羽目になっている歌姫とは雲泥の差である。
「準一級おめでと」
……イヤミかよ」
五条が告げるとおり、歌姫の実力では準一級で頭打ちだろう。すぐ死ぬ一級より長く保つ準一級の方が一生のトータルでは貢献度は高い、はずだ。そう思わせるだけの働きはしてやろうじゃないか。
「仲間が強くなるのは嬉しいよ」
当たり前のようにそんなふうに言って、傷ひとつない手を差し伸べてくる。きれいなそのお手てが歌姫の血で汚れてしまうことを厭うていない。気にも留めていない。
でも、どんなに特別でも、どんなに強くても、喪ったものを取り戻す術を持っている奴は、この世にはいない。
白い雲のなかで、青い空の上で、巫女服姿の歌姫がどんなに舞っても、どんなにうたっても、どんなに祈って捧げても、この世界には呪いしか宿らない。どんなに強くても、どんなに特別でも、傷もほこりもひとつも浴びていなくても、この世界にいるのはただの呪術師だ。
「私、今日誕生日なのよね」
体がぴくりとも動かせないということに気づいたのか、手を引っ込めた五条がへ~、と片眉を上げた。
「誕生日もおめでと。何かほしいものある?」
……力がほしい」
告げると、五条は大げさな仕草で噴き出してみせた。心底腹が立つが、握りこぶしひとつ作れない歌姫の手足はどこもかしこも動かない。どくどくと血は失われ続けている。
神様神様、いないことは知っているの。
だから歌姫は神にことばを捧げない。贈る相手はいつだって、同じ世界の同じ呪術師だ。
「絶対に強くなってみせるんだから」
白と青を見上げて告げたことばに、五条はひどく機嫌がよさそうに笑う。
「楽しみにしてる」